Brodal教授のBirthday Partyと記念シンポウジウム

川村光毅

1975年1年23日から3日間、ノルウェー・オスロの南にあるSandef jordという町のPark Hotelという所で、Alf Brodal教授の65歳の誕生を祝う会とシンポジウムが開かれた。

 

 神経医としての修練を積まれた後、Jan Jansen教授に師事して神経解剖学の道に入り、若くして独立されたBrodal教授は、広い分野で第一級の仕事をされている。彼は、網様体(1957)、前庭神経核(1962,1974)、小脳(1954,1958)、海馬(1947)などについて解剖生理学の立場から綜説や著書を発表されている。これらは、適切な時期に問題点を明らかにして整理されているので、後進の標的を定かにし、研究の速度を早めた。何よりの証拠に、彼の指導を受けた数多くの資質ある人達が現在第一人者として活躍している。
 中心テーマである下オリーブ核の仕事から発展し、プルキンエ細胞軸索終末部や黒質でGABAやGAD(glutamate decarboxylase)の分析など神経化学の分野、電子顕微鏡の分野で活躍しているFred Walberg, ゴルジ法・電子顕微鏡・組織化学を武器として海馬の領域で緻密で魅力的な仕事を押し進めているAarhusのTheodor Blackstad、脊髄小脳路を中心に方法論上でも新しい問題点を提起してくれるKarolinskaのGunnar Grant、小脳・前庭機能・脊髄の運動ニューロンの広い分野で精力的に仕事をしているPisaの生理学者Ottavio Pompeiano、学生時代から脊髄への下行路を系統的に研究し、いまは臨床神経学の教授(Tromso)であるRolf Nyberg-Hansen、現在聴覚系の仕事をしているポルトガルのAlexander Sousa-Pinto、視床核、黒質を中心に、最近は電気生理学、神経科学でも意欲的に共同研究をしているOsloのEric Rinvik、海馬の生理学を独自に押し進めている端正な感じのB. Kaada、神経病理のA. Torvik、これらすべてBrodal教授の弟子達である。
 他に、Piere Anguat, Jacque Courville, David Bowsher, Roongtam Ladpli, E. Hauglie-Hanssen, Antonio Lacerda, Joseph Marsala, G. Rossiそれに現在直接指導を受けているJan-Egil Wold, Grete Hoddevikらがいる。その末尾に私の名も加えさせていただく。
 最後にしたが、忘れてならないのは愛するBrodal二世、Perである。1971年から73年までオスロ大学留学中の私のofficeはPerの隣にあったので彼とはとくに親しかった。彼は学生時代から研究生活に入り医学部卒業と同時に大脳皮質橋核路の仕事でむずかしい医学博士のタイトルを獲得した秀才である。 picture.jpg (69656 バイト)

 シンポウジウムには、これらのいわば身内の人達の他にBrodal教授の選んだ友人が出席した。そのなかにJ. Szentagothaiがおり、精力的な挙措とユーモラスな言動は会を一層楽しく実りあるものにした。

 この3日間にわたるworkshopで上述した人達がそれぞれの専門分野から最新のデータを発表した。尊敬するBrodal教授、親愛なるAlfに心から捧げたこれらの論文は、そのまま近々のBrain Researchの特集号に掲載されるので、ここで逐一内容について説明することは省かせていただきたい。
ただ一言、最近の中枢神経系の線維結合の研究に軸索流を利用した研究法が導入され実用化されているが、その成績がOslo, Liverpool, Montreal, Moriokaの研究室から出され討論された。日本ではまだ最新の方法であるが欧米ではセントルイスで開かれた神経科学会議(1974年10月)やスイスのGwatt-Thunで開かれた軸索流に関する国際シンポジウム(1974年7月)で多数発表され十分討議されているので、研究の方法自体には特別物珍しいものはない。Nauta法を用いて為されねばならぬ分野のあることも忘れてはならない。自然がsensible answerをしてくれるような質問をしながらこの新しい方法を用いるべきだ。いまの段階の発表にはただ単にアイソトープやペルオキシダーゼを注入してその結果を観察しましたという類のものが多い。Osloの科学者達の態度は厳しく、私は身をひきしめた。

 現在Osloではhorseradish peroxidase (HRP)反応法を用いて小脳皮質に至る求心路の起始細胞について系統的に集中的に調べている。たとえば、HoddervikfA. Brodalが橋核から(これに私の研究室も一部共同する)、Rinvik, Walbergがcuneocerebellar結合、P.Brodalが外側網様核からの投射について報告した。Brodal教授が改良したGudden変法を用いて以前に発表した成績を再検討しようというのである。数年後には、詳しい正しい研究成果に基づいて小脳の解剖学も書きかえられるに違いない。

 Rinvikは、HRPを用いて黒質視床路がpars reticulataの細胞からのみ起こるというきれいなデータを示した。Courvilleは一側の下オリーブ核に3H-leucineを注入し、その登上線維の終止域がdiffuseでなく密な部分と粗の部分が交互に相並んで分子層に観察されるという興味深いデータを発表した。同じくアイソトープを用いてKawamuraは背外側橋核から小脳皮質の広い領域、とくにVII a+b小葉へ終わる帯状線維を示した。Grantの発表も注目された。彼は、三叉神経の末梢性根(三叉神経節よりも末梢部)の切断後に三叉神経核内にみらえる"中枢性軸索"の変性分布域を調べて(transganglion degeneration)これを中枢性根切断例の所見と比較検討した結果、実用化の段階に達したと報告した。今後、脳神経、脊髄神経の求心線維の終止部位に関して、新しいデータが発表されるだろう。

 1月25日はわれらのAlfの65歳の誕生日で、セミナー会場にろうそくを手にしてにこやかに入るAlfをHappy Birthday to youの合唱で迎えた。この日はscientific sessionの最終日であった。シャンデリアを見ては美しいプルキンエ細胞を連想するという情熱的な(もちろん学問的に)Szentagothai教授は、小脳皮質を中心に神経組織の構築に関するモデル化の概念についての意欲的な仕事の解説をした。そして、大脳皮質においてさえもSt. LouisのE.G. Jonesによって近々立派な論文が発表されるだろうと漏らした。彼曰、これらの発展は、ナウタ法の発見、ゴルジ法の再評価、電子顕微鏡によるsynaptologyの研究、それに加うるに、近年実用化された軸索流を利用した洗練された研究の結果に追うところが大きい。いまや、神経生理学者も神経化学者も解剖学者と協力することなくしては研究を進め得ない状況となった、云々と自賛した。とくに、Jansen教授、Brodal教授に指導されたOsloグループの信頼できるデータが神経学の進展に及ぼした計り知れない影響について最大の賛辞をもって高く評価した。ついで、このシンポウジウムの立案者の一人であるMontrealのHerbert Jasper教授が気むずかしい片鱗をのぞかせつつ、ユーモアをまじえながらこの会の成功を喜びAlfの研究者として、教育者として、指導者としての大きな功績と幅の広い人間的魅力とを備えた類稀な資質を讃えた。最後にBrodal教授が立ち、この会の発起人であるJasper, Walberg, Kristiansen(オスロ大学の神経外科学教授でBrodalの主治医であり、親友の一人である。なお、Brodal教授のfanstaticな自己症例報告はBrain,96: 675-694, 1973に掲載されている)の三教授とすべての参加者に対して、感謝と喜びの挨拶をされた。

 心よく疲れた参加者一同の頭脳は、連夜催されたreception party, informal party, formal dinner partyで慰められた。この稿はBrodal教授の誕生パーティの模様について書くように依頼されたものであるので、少しく冗漫になることをお許し願いたい。
 Brodal教授65歳の誕生日の夕べ、教授夫妻を中心にいわゆる身内の者たちが、にぎにぎしく晩餐会を楽しんだ。司会は、いまはスウェーデンの厚生省の高官として活躍している人間味豊かなBror Rexed。『今宵は一人の将軍の誕生を祝すべくわれわれはここに会した。将軍は輝かしい成果をあげてきた。しかし、将軍は独りでは闘いに勝つことはできない。その背後には優秀な兵士がいるものだ。オスロの解剖学研究所には名声を博した人類学のSchreiner教授、それからここに出席されている神経解剖学の始祖であるJan Jansen教授、それから現在活躍されているAlf Brodal, Fred Walberg, Johan Torgessen(人類学)、B.Kaada、彼らは大学の伝統の子孫である。数多くの名声ある国際神経科学者を育んだすばらしい科学的雰囲気のあふれるオスロ大学解剖学教室のために乾盃しようではないか』。人にimpressしようという態度を微塵も示したことのない、それでいて畏敬され愛されるAlf Brodalの質撲で強い性格を、ロックフェラーについての逸話を交えて巧みに象徴的に誉めたたえたのち、スピーチのトップバッターにFred Walbergを指名した。

 『親愛なるAlfよ、友達達よ、Brorが言ったことは正しくポイントをついている。しかし、そこに立ち入る前にAlfのまわりに集まっている家族、不思議な家族のメンバーについての話から始めよう』。こうして満座を沸かせるFredのユーモラスなスピーチが始まるが、忠実に記すことはこのような純科学小雑誌には適当ではないだろう。彼はこのworkshop of neurobiologyの会のボタン押し人、Jasper教授の尽力に感謝しつつ、「Alf以外の誰がこんあにすばらしい会合を持てようか?」といわれるほどに成功したこの集まりの成立経過について説明した。Fredの挨拶はさらにつづいた。『Alfは常に神経系の機能ということを考えて仕事をしてきた。彼のまわりにはsoft science(臨床医学)の人達からhard science(基礎理論病理)の人達までいる。このことは機能的に見識を持つ人は弧ならず、生涯を通じて彼の周囲に大家族を持つことができることを意味する。Alfの徳のまわりに大きな鄰が形成されている。Alfの不思議なcourage! 芸術家がフルートで作り出すあのcourage(クラージ)をAlfは科学の芸のなかで示した。一日としてペンを執らぬ日ははなく、一週としてideaの湧かぬ週はなく、結果の産れない年はなかった。君は、批判的な判断力と全体を見通すすばらしい洞察力を以て、臨床神経学と基礎神経科学の両分野における百科辞典的知識を卓抜した方法で結びつけた。君はわれわれ家族の面々に科学への献身ということを教導した。われわれはわれわれ自身の心のなかに挑戦を受けている。そしてかかる特権を与えられている以上、われわれ家族の面々に科学への献身ということを教導した。われわれはわれわれ自身の心のなかに挑戦を受けている。そしてかかる特権を与えられている以上、われわれは学問の世界で何が起こっているのか忘れてはなるまい。そしてわれわれは将来ずっとこれを挑戦として受けとめていこう。Alfよ! 君の家族が大きく発展することを! われら全員君に対し、このような家族を共に構成する可能性を与えてくれたことに対し心からありがとうをいう。乾盃(スコール)! 誕生日おめでとう! 』。総員起立してこれに和した。

 たくさんの祝辞がこれにつづいた。Blackstad教授はオリーブの葉を綴ったレイをMrs.Brodalの肩にやさしくかけた。あの思いやりと機智!
 Alfよ、とうとう君の番が廻って来ましたね。という司会の声にうながされてBrodal教授が立った。教授はこの会の発起人およびすべての参加者に対して深い感謝と心からの満足と幸福感を表した。それから、このsymposiumに種々の専門分野からの立派な発表があり将来の神経科学に貢献する可能性が含まれているものであると思うと感想を述べられた。そしてただ一言つけ加えたいと前置きしてつぎのようにいわれた。『神経科学には多くの側面がある。なぜなら、われわれは神経解剖学、生理学、化学それに臨床神経学などいくつかの学問上の種類をもっている。私自身についていえば、神経化学を利用する点で私の知識の欠如を助けてもらってきた。そこで神経化学について勉強したが、どうにかこの分野で今日研究されている事柄を理解できるようになった。これらを理解しないことにはどうにもならない。非常に大切なことだと思う。つぎの私のいいたいポイントに入るが、他の分野の専門家達とあるテーマで共同研究をしていく場合に、研究者はいわゆる専門外のことに関しても少なくとも部分的には内容を理解しなくてはならない、と私は強く感じてきた。そうした時にはじめてintegrationができあがるのである。なぜなら最終的にはすべてのintegrationが一つの心のなかに起こらねばならぬからである。このことはもちろん次のことを意味する。すなわち、将来、脳研究のすべての分野での研究者は、いや、生物学研究一般のすべての研究者は、ますます強くこれらのことが要求されてくるだろう。そしてもちろん、成功してこの段階に達した人達は、その初期においておそらくある意味で避けられない多くの過ちを犯すであろうけれど。皆さんどうもありがとう』。このBrodal教授の忠告は参会者一同に深い感銘を与えた。そしてWalberg教授が諭した挑戦という言葉と重なった。

最終更新日:2002/09/13

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