川村光毅 業績集(原著)


1966年

1. 川村光毅 ネコの知覚運動領およびその隣接部から起こる連合および交連線維、脳と神経、18 (1966) 1003-1012. Kawamura, K. Association and commissural fibers from the sensorimotor and adjacent cortices in the cat, Brain and Nerve, 18 (1966) 1003-1012.

 ネコの第一知覚神経運動領から起こる同側性および対側性の皮質皮質間結合をNauta(変性)法を用いて調べ、その構成について明らかにした。知覚運動領内の各部分を結合する連合線維は強固であるが、異なる機能領域への投射は極めて弱く、知覚運動領から皮質連合野および聴覚領域へ若干の投射はみられるが、視覚領へ投射する皮質間線維は全く認められなかった。

1970年

2. Kawamura, K., and Otani, K. Corticocortical fiber connections in the cat cerebrum: the frontal region, J. comp. Neurol., 139 (1970) 423-448.

 ネコの第一および第二知覚運動領およびその隣接領域から起こる連合および交連線維の結合関係をNauta法を用いて詳細に調べた。第一および第二知覚領野にはそれぞれ顔面域、上肢域、下肢域が存在するが、これらの亜領域間の結合関係を明らかにした。また、交連線維についても部位別にその結合の状況について明らかにした。

1971年

3. Kawamura, K. Variations of the cerebral sulci in the cat, Acta anat,. (Basel), 80 (1971) 204-221.

 89匹の成体ネコの大脳溝の形状を数種のタイプに分けて、その頻度、左右差について調べた。これまで、ネコの大脳溝のパタンについて統計的に調べたものがなく、個々の例の皮質間結合の所見を比較検討することが、非常に困難であった。この研究に基づいて、典型的/正常パタンを示したネコの大脳の外側面、内側面の図を作成した。

1973年

4. Kawamura, K. Corticocortical fiber connections of the cat cerebrum. T. The temporal region, Brain Res., 51 (1973) 1-22.

 ネコ大脳皮質の側頭(主として聴覚領)域から起こる皮質皮質間線維(連合および交連線維)について25匹の成体ネコを用いてNauta法により詳細に調べた。ネコの聴覚領は第一(AT)第二(AU)、第三(AV)、Ep、SF、Ins領域に分かれ、そのうち、AT、AU域、Ep域は高音域と低音域に分けられるが、それらの細かい領域に小さな傷を与えて後、変性軸索線維を追跡することにより、それらの部位間の連合関係を明らかにした。

5. Kawamura, K. Corticocortical fiber connections of the cat cerebrum. U. The parietal region, Brain Res., 51 (1973) 23-40.

 ネコ大脳皮質の頭頂(主として連合領と視覚領)域から起こる皮質皮質間線維の構成について21匹の成体ネコを用いてNauta法により詳細に調べた。この領域はHasslerとMuhs-Clement, SanidesとHoffman, RoseとWoolseyらの研究者により、形態および生理の両面から区分され、調べられてきたが、その細分化された領域間の結合については明らかでなかった。視覚領と皮質連合領との関係、多機能領域、辺縁系皮質との線維連絡についても明らかにした。

6. Kawamura, K. Corticocortical fiber connections of the cat cerebrum. V. The occipital region, Brain Res., 51 (1973) 41-60.

 ネコ大脳皮質の後頭(主として視覚領)域から起こる皮質皮質間線維(連合および交連線維)について11匹の成体ネコを用いてNauta法により調べた。ネコの視覚領は17,18,19野およびClare-Bishop野に区分されるが、これらの領域間の皮質間結合の関連について明らかにした。この論文では、ネコの大脳皮質全領域(辺縁系と眼窩面の皮質部分を除く)における連合線維と交連線維の相互結合関係について考察すると共に、生理学的知見との対応についても言及した。

7. Kawamura, K., and Brodal, A. The tectopontine projection in the cat. An experimental anatomical study with comments on pathways for teleceptive impulses to the cerebellum, J. comp. Neurol., 149 (1973) 371-390.

 成体ネコにおける上丘視蓋から橋核への神経投射の構成について明らかにした。16個の小傷を個々の上丘視蓋領域の種々の部位に加え、Nauta法およびFink-Heimer法を用いて染色し、同側橋核における変性線維の終末像を観察した。この神経路は遠隔受容刺激(視覚と聴覚がとくに関与する)の小脳への伝達に関与する経路の一部を成すものとして注目された。視野中心部からの投射と視野周辺部からの投射とは視蓋橋核路内で局在的に区別されて興奮が伝達されることを示唆した。

8. Kawamura, K.,and Makarov, F. N. Ultrafine organization of the endings of the intra- and inter-hemisphere fibers of the associative cortex in cats (in Russian), Arkh. Anat. Histol. Embryol., 64 (1973) 49-56.

 本書は旧ソ連邦レニングラード、パブロフ研究所に政府交換留学生として研究した連合線維の軸索終末の微細構造についてロシヤ語で論文にした唯一の懐かしいものである。

1974年

9. Kawamura, K., Brodal, A., and Hoddevik, G. The projection of the superior colliculus onto the reticular formation of the brain stem. An experimental anatomical study in the cat, Exp. Brain Res., 19 (1974) 1-19.

 成体ネコを用いて視蓋網様体路の構成パタンについて初めて明らかにした論文である。この下行性網様体formatio reticularis投射の終止域は脳幹網様体の内側2/3に限局され、且つ、均一なもではないことが重要な新しい知見で、R.p.o.〜R.p.c.(橋の中央部)とR.p.c.〜 R.gc.(橋下部〜延髄上部)に強い投射がみられた。また、前庭核、大脳皮質からの網様体への投射域と広く一致した。さらに、網様体のうち小脳前核(N.r.t., N.r.l., N.p.m.)への投射も明らかにした。

1975年

10. Kawamura, K. The pontine projection from the inferior colliculus in the cat. An experimental anatomical study, Brain Res., 95 (1975) 309-322.

 15匹の成体ネコを用いて下丘核から橋核への投射についてNauta法およびFink-Heimer法で詳しく調べた。この下丘からの投射は同側性で背外側橋亜核に終止するが、上丘からの終止域や大脳皮質の聴覚野からの終止域と一部重複する。機能的には聴覚刺激の小脳への苔状線維を介した伝達に関連する重要な経路である。

11. Kawamura, K., and Hashikawa, T. Studies of the tectopontocerebellar pathway in the cat by anterograde degeneration and axonal transport techniques, J. Physiol. Soc. Jap., 37 (1975) 370-372.

1976年

12. Kawamura, K., and Naito, J. Corticocortical afferents to the cortex of the middle suprasylvian sulcus area in the cat, Exp. Brain Res. Suppl. 1 (1976) 323-238.

1977年

13. Hashikawa, T., and Kawamura, K. Indentification of cells of origin of tectopontine fibers in the cat superior colliculus: an experimental study with horseradish peroxidase method, Brain Res., 130 (1977) 65-79.

 本書は、horseradish peroxidase法(HRP法:当時開発された逆行性軸索流を利用して起始細胞を同定する最新の研究法であった)を用いて視蓋橋核投射の起始細胞について明らかにした論文である。逆行性に標識された視蓋橋核路細胞は80%以上が径10〜25μmの小型細胞で、径25〜40μmの中型細胞は比較的少数で、大型細胞は認められなかった。上丘の全域に同側性に認められ、視神経層(optic stratum)より深部に存在した。

14. Hoddevik, G. H., Brodal, A., Kawamura, K., and Hashikawa, T. The pontine projection to the cerebellar vermal visual area studied by means of the retrograde axonal transport of horseradish peroxidase, Brain Res., 123 (1977) 209-227.

 ネコ小脳皮質の虫部Y〜Z小葉(生理学的研究により小脳における視・聴覚領野として知られている)に微量のHRPを注入し、この小葉に投射する橋核ニューロンの分布を正確にマッピングして調べた。橋核起始ニューロンは前後の方向にA,B,C,Dの4つの柱状(columns)集団を成して配列していることが判明した。これらのA-Dの細胞集団領野は種々の皮質機能領域からの線維を受けると考えられ、分散と集中の共存形態が橋核を中継核とする小脳皮質への投射系(苔状線維系)にみられることが十分に考えられた。

1978年

15. Kawamura, K., and Hashikawa, T. Cerebellar afferents from the pons and the inferior olive in the cat. An autoradiografic study, Ibro News, 6 (1978) 13.

16. Kawamura, K., and Hashikawa, T. Cell bodies of origin of reticular projections from the superior colliculus in the cat: an experimental study with the use of horseradish peroxidase as a tracer, J. comp.Neurol., 182 (1978) 1-16.

 HRP法を用いて、成体ネコの視蓋網様体投射路の起始細胞の形状と分布を初めて明らかにした。先に川村ら(昭和49)が明らかにした脳幹網様体の当該神経路の終止部位に微量(0.2〜0.5μl)のHRPを脳定位的に選択的に注入し、起始細胞である視蓋ニューロンを逆行性に標識した。径40μm以上の大型細胞が10〜15%みられ、小型細胞(径10〜25μm)が60〜70%で、残りは径25〜40μmの中型ニューロンであった。起始ニューロンは上丘の中間灰白質(intermediate gray layer)以下に認められた。

17. Kawamura, K., Konno, T., and Chiba, M. Cells of origin of corticopontine and corticotectal fibers in the medial and lateral banks of the middle suprasylvian sulcus in the cat. An experimental study with the horseradish peroxidase method, Neurosci. Lett., 9 (1978) 129-135.

 それぞれネコの視覚連合野および聴覚連合野と言われている中S上溝の内側皮質(Clare-Bishop,C-B,域)および外側皮質(suprasylvian fringe,SF,域)から橋核および視蓋へ投射する神経細胞(第5層に存在する)の形状について、HRP法を用いて調べた。HRPを橋核あるいは視蓋の終止域に注入して逆行性にラベルした皮質投射ニューロンを観察し描画した。皮質橋核細胞は径12-35μm、皮質視蓋細胞は12-55μmで、共に第5層に存在する錐体細胞で、別個の細胞集団であることが明らかになった。

18. Kawamura, K., and Naito, J. Variations of the dog cerebral sulci, compared in particular with those of the cat, J. Hirnforsch., 19 (1978) 457-467.

 43匹の成体イヌの大脳溝の形状を数種のタイプに分けて、その頻度、左右差について調べた。これまで、イヌの大脳溝のパタンについて統計的に調べたものがなく、個々の例の皮質間結合の所見を比較検討することが困難であった。この研究に基づいて、典型的/正常パタンを示したイヌの大脳の外側面、内側面の図を作成した。ポーランドでは評価されたが、イギリス人には見せたことがない。

1979年

19. Kawamura, K., and Chiba, M. Cortical neurons projecting to the pontine nuclei in the cat. An experimental study with the horseradish peroxidase technique, Exp. Brain Res., 35 (1979) 269-285.

 HRP法を用いて、皮質橋核投射ニューロンについてその形状、大きさ、分布、密度などについて調べた論文である。この投射ニューロンは大脳皮質の全域で第5層に限局して認められ、その大部分(91%)が14-26μmの径をもつ錐体細胞であった。また、皮質網様体投射ニューロンや皮質脊髄投射ニューロンとも対照として比較検討した。

20. Kawamura, K., and Hashikawa, T. Olivocerebellar projections in the cat studied by means of anterograde axonal transport of labeled amino acids as tracers, Neuroscience, 4 (1979) 1615-1633.

 当時開発されたオートラジオグラフ法(ARG法)を用いて、ネコのオリーブ小脳路を詳細に調べてその構成について初めて明らかにした。ARG法とは放射線同位元素のトリチウムで標識したアミノ酸(プロリンやロイシン)を起始領野(ここでは橋核域)に注入し、神経細胞に取り込まれて蛋白に合成されたものが順行性軸索流に沿って終止部位まで輸送され、そこでβ崩壊により発生したエネルギーで乳剤を感光させてその形状、分布を調べるという方法である。この研究から得た知見はBrodal(1940)の調べたオリーブ小脳路の構成に関する定説を発展的に改定し、A,B,C1,C2,C3,D1,D2と名づけられた脳の前後に(縦に)配列する帯状構造が当該神経路の小脳皮質における終止部位として存在することを証明した。microzoneの小脳皮質機能の生理学的研究の発展につながるものであった。

21. Kawamura, K., and Konno, T. Various types of corticotectal neurons of cats as demonstrated by means of retrograde axonal transport of horseradish peroxidase, Exp. Brain Res., 35 (1979) 161-175.

 HRP法を用いてネコの皮質視蓋投射ニューロンについてその形、大きさ、分布、密度、領野などについて研究した論文である。この投射ニューロンは大脳皮質全体の第5層に限局して認められ66%が径9-20μmの小型ニューロン、30%が中型ニューロン、4%が大型ニューロン(径40μm以上)であった。視覚連合野に相当するClare-Bishop野では他の領野に比べて大型の細胞が多く観察された。以前の変性法の知見とも矛盾なく、分布の密度や起始細胞の形状にも領域により多少の差が存在することが明かとなった。

22. 永津郁子、川村光毅 軸索流(応用編)、医学のあゆみ、108 (1979) 313-320. Nagatsu, I., and Kawamura, K. Axoplasmic transport, its application for studies of neurosciences, Igaku no Ayumi, 108 (1979) 313-320.

1980年

23. Kawamura, K., and Naito, J. Corticocortical neurons projecting to the medial and lateral banks of the middle suprasylvian sulcus in the cat: an experimental study with the horseradish peroxidase method, J. comp. Neurol., 193 (1980) 1009-1022.

 ネコの中S上溝の内側および外側皮質の種々の部位にHRPを微量注入し、逆行性にラベルされた連合線維の起始細胞の分布をネコ大脳皮質の全域で調べ、全層に分布する標識ニューロンの形状、密度、層毎の出現頻度について明らかにした。部位により多少異なるが、多くが錐体細胞(大部分が径15-20μmの形を示し、第3層(74%〜80%)に大部分の神経細胞が認められた。細胞は2層から6層に存在した。第1層には起始細胞は認められなかった。

24. kawamura, K., and Norita, M. Corticoamygdaloid projections in the rhesus monkey. An HRP study, Iwate med. Ass., 32 (1980) 461-465.

 本書は、西洋ワサビ・ペルオキシダーゼ(HRP)懸濁液をサル扁桃体の種々の部位に注入し、同側の大脳皮質に出現したニューロンの分布について調べたものである。皮質扁桃体投射の起始細胞は、小型から中等大の錐体細胞(20-35μm)がほとんどで、皮質第3層と第5層に観察された。これらの標識された細胞は眼窩面皮質と頭側葉皮質に多数出現したが、前頭前野と帯状回皮質にも少数みられた。さらに、本研究の結果から、サルの扁桃体は種々の大脳皮質感覚野からの投射を受けることが明らかになった。

25. Norita, M., and Kawamura, K. Subcortical afferents to the monkey amygdala: an HRP study, Brain Res., 190 (1980) 225-230.

 微量(0.2-0.6μl)のHRPを赤毛ザル(5頭)の扁桃核複合体の種々の領域(皮質内側核群(Me/Ce)と基底外側核群(L/BL)に大別される)に注入し、扁桃体へ投射する皮質下の領域(間脳、中脳、橋、延髄)における起始細胞を同定し、その投射様式、構成について明らかにした論文である。扁桃核複合体のうち、皮質内側核群は発生学的に古い部分に属し、一方、基底外側核群は新しい発生構築部分に属するが、この研究により、前者と後者への皮質下からの投射様式には、起始細胞の分布パタンにおいて、間脳や中脳でとくに、相違がみられた。

1981年

26. Kawamura, K., and Hashikawa, T. Projections from the pontine nuclei proper and reticular tegmental nuclei onto the cerebellar cortex in the cat. An autoradiographic study, J. comp. Neurol., 201 (1981) 395-413.

 34匹の成体ネコの橋核および橋被蓋網様体(N.r.t.)内の限局した種々の亜核領域にトリチウムで標識したアミノ酸を微量注入し、すなわち、オートラジオグラフ法(ARG法)を用いて、苔状線維系の最大の小脳求心性投射系である橋核小脳路の構成について詳細に研究した。この小脳への投射路の構成についてみると、多様に分散しており、橋核内の起始部位(すなわち、標識アミノ酸の注入部位)の僅かな差違が、異なる独特な投射様式として表現されて来る。たとえば、背外側亜核からの主たる小脳終止域は虫部中央部であるが、隣接の外側亜核からのそれは傍片葉であることが明瞭に示され、橋核内の構成単位の"モザイク性"ないし局在的特徴が明白となった。

27. Norita, M., and Kawamura, K. Non-pyramidal neurons in the medial bank (Clare-Bishop area) of the middle suprasylvian sulcus. A Golgi study in the cat, J. Hirnforsch., 22 (1981) 9-28.

 8匹の仔ネコ(2-4週齢)と8匹の若いネコ(3-6カ月)を用いてClare-Bishop野(視覚連合野)に存在する非錐体神経細胞(皮質内に軸索突起がとどまっている、非投射型ニューロン)の形態的特徴について、迅速Golgi法およびGolgi-Kopsh法を用いて調べた。非錐体細胞を、軸索神経突起の拡がりのパタンから垂直型(Lタイプ)、水平型(Hタイプ)、局所分布型(Lタイプ)、その他に分類し、その特徴を明らかにした。樹状突起上の棘(spines)の有無、密度などにとくに注目した。

1982年

28. Hirai, T., Onodera, S., and Kawamura, K. Cerebellotectal projections studied in cats with horseradish peroxidase or tritiated amino acids axonal transport. Exp. Brain Res., 48 (1982) 1-12.

 本書は、成体ネコの小脳虫部中央部皮質領域(主としてZA,ZB小葉で、機能的には視覚性運動、聴覚性運動−反射を含む−に関連する領域である)から小脳核を経由して視蓋深部へ到達する神経路の起始ニューロン、経路および終止部位について変性法、HRP法、ARG法を用いて明らかにした論文である。この小脳、上丘、橋を含む遠隔受容刺激の反響回路のなかで注目された知見は、小脳虫部中央部皮質から内側核(室頂核)の尾半部に大部分のプルキンエ細胞の軸索が送られるが、一方、上丘深層に投射する小脳核内の起始細胞は、内側核尾半部(この部分は皮質からの軸索投射終止域と非常によく重複し一致する)のみでなく、後中位核や外側核の一部にも存在することが明らかにされたことである。

29. Naito, J., and Kawamura, K. Thalamocortical neurons projecting to the areas surrounding the anterior and middle suprasylvian sulci in the cat: an horseradish peroxidase study, Brain Res., 45 (1982) 59-70.

 成体ネコの前および中S上溝周囲皮質へ投射する視床皮質線維の起始ニューロンの分布と構成パタンについてHRP法を用いて調べ上げた論文である。起始細胞として標識されたこの視床皮質投射ニューロンは、視床のLP, Pul, PO, Pn (posterior nucleus of Rioch), MIN(medial interlaminar nucleus of GLd)などの諸核に互り、規則正しく斜状に帯状の集団として配列した位置をとっていることが明かとなった。またこの投射系にして局在性が認められた。

30. Ogasawara, K., and Kawamura, K. Cells of origin and terminations of the trigeminotectal projection in the cat as demonstrated with the horseradish peroxidase and autoradiographic methods, Okajimas Folia Anat. Jpn., 58 (1982) 247-264.

 HRP法とARG法を用いて、ネコの三叉神経核から上丘視蓋への投射について明らかにした。この投射は対側性で起始ニューロンの68%は吻側核のとくに前腹側部にあり、径22.8±7.8μm(平均±標準偏差)である。主核(7%)、中間核(13%)、尾側核(12%)にも起始細胞がみられる。終止域は対側上丘の中間灰白質で、100-500μmの幅をもち、互いに100-300μm離れた柱状のパッチ域を形成していることを明らかにした。この三叉神経核上丘投射のパッチ状の終止域をもった投射様式は、黒質や前頭眼野や体性感覚皮質野からの投射様式と似ておりその関連性が考察された。

31. 小笠原孝祐, 田沢豊、 川村光毅 反射性瞬目と Bell 現象のメカニズムに関する形態学的研究、日本眼科学会雑誌、88 (1982) 1463-1470. Ogasawara, K., Tazawa, Y., and Kawamura, K. Morphological substrates of pathways of the corneal blinking reflex and Bell's phenomenon in the cat, Acta Soc. Ophthalmol. Jpn., 86 (1982) 1463-1470.

1983年

32. Hashikawa, T., and Kawamura K. Retrograde labeling of ascending and descending neurons in the inferior colliculus. A fluoresent double labeling study in the cat, Exp. Brain Res., 49 (1983) 457-461.

 当時、新技術に基づく方法として導入された蛍光物質(PI, NY,FB,Pr,Bb)の二重標識/逆行性軸索流による方法を用いた研究で注目された。下丘核は中心核と外核に大別される。中心核からは外側膝状体と蝸牛核にそれぞれ上行性と下行性の投射がある。また、外核からは上丘と橋核にそれぞれ上行性と下行性の投射があることが知られている。これらの2系列において各々、蛍光色素二重標識法を用いて調べた結果、ともに、上行性と下行性の共通細胞による分枝投射は存在したとしても極めて少なく、互いに独立した投射系であることが判明した。

1984年

33. Ban, T., Naito, J., and Kawamura, K. Commissural afferents to the cortex surrounding the posterior part of the superior temporal sulcus in the monkey, Neurosci. Lett., 49 (1984) 57-61.

 本書は、サルの上側頭溝後部周囲皮質領域へ投射する対側半球皮質からの交連線維投射についてHRP法を用いて調べた論文である。サルにおけるこの皮質領域は、種々の感覚性入力が集中して終わる部位として興味ある連合皮質領野である。起始ニューロンの径は11-13μmで大部分が皮質第3層に存在し、対側半球の皮質の非対照部位から強い投射が存在することが明らかにされた。

34. Kawamura K., and Naito, J. Corticocortical projections to the prefrontal cortex in the rhesus monkey investigated with horseradish peroxidase techniques, Neurosci. Res., 1 (1984) 89-103.

 本書は、赤毛ザルでHRP法により、前頭前野(前頭連合野)への皮質間投射を調べたものである。微量のHRPを前頭前野の種々の限局された小領域に注入することにより、これらの異なる機能をもった皮質野への投射パタンが明らかにされた。その結合様式をみると同じ前頭前野からの強い投射の他に、主として帯状回(中古皮質に属し、大脳辺縁系の一部)や後連合野からの投射が多くみられる。後連合野から前頭前野への投射には一定の局在関係が存在し、上側頭溝周囲皮質を中継とした(介した)2ステップの前連合野への結合様式がみられ、それと直接投射との間に強い相関があることが示唆された。

35. Kawamura, K., and Onodera, S. Olivary projections from the pretectal region in the cat studied with horseradish peroxidase and tritiated amino acids axonal transport, Arch. Ital. Biol., 122 (1984) 155-168.

 本書は、視覚性の入力を受ける視蓋前域から下オリーブ核への投射を、ネコでHRP (horseradish peroxidase) 法とARG法を用いて調べ、その部位局在投射の存在を明らかにした研究論文である。その構成パタンは本書の図5にまとめられているが、視蓋前域を構成する諸核、NOT,NPP,NPA,DTNは下オリーブ核複合体(MAO,PO,DAO,β,d.cap,dm.c.col.)のおおむね異なる一定の部位に投射することが明らかにされた。以上の知見は、次の段階のオリーブ核小脳(登上線維系)投射と関連づけて考察された。

36. Naito, J., Kawamura, K., and Takagi, S. F. An HRP study of neuronal pathways to neocortical olfactory areas in monkeys, Neurosci. Res., 1 (1984) 19-33.

 本書は、共同研究者の高木が電気生理学的手法を用いて明らかにしたサルの新皮質内の嗅覚野(LPOFとCPOFが存在する)への求心性経路について、皮質下レベルと皮質レベルで明らかにした論文である。LPOF(皮質嗅覚野外側部)へは、無名域、扁桃核、前嗅野、視床下部から、また、CPOF(皮質嗅覚野中央部)へは視床内側核の大細胞部から各々独立した投射が存在することが判明した。嗅覚伝導路にも視床新皮質路が存在することを形態学的に明らかにした最初の論文である。

37. Sekiya, H., Kawamura, K., and Ishikawa, S. Projections from the Edinger-Westphal complex of monkeys as studied by means of retrograde axonal transport of horseradish peroxidase, Arch. Ital. Biol., 122 (1984) 311-319.

 本書は、HRP法を用いて、サルの視蓋前域から下オリーブ核への投射様式について、すなわち、起始細胞の分布と形状、オリーブ複合核内での詳細な終止域について初めて明らかにした論文である。この神経投射は同側性で、NOT,PPN,SL,VLZの諸核に存在する小型の楕円形ないし紡錘形の細胞から起こることが明かとなった。

1985年

38. Sekiya, H., and Kawamura, K. An HRP study in the monkey of olivary projections from the mesodiencephalic structures with particular reference to pretecto-olivary neurons, Arch. Ital. Biol., 123 (1985) 171-183.

 視蓋前域から下オリーブ核への投射について、その起始細胞を同定した。

1987年

39. Kawamura, K., Nanami, T., Kikuchi, Y., and Suzuki, M. Cerebellar anlage transplanted into mature cerebellum, Ann. N. Y. Acad. Sciences, 495 (1987) 726-729.

 本書は、神経組織の脳内移植に関する私共の最初のもので、ニューヨーク・アカデミーで発表した短報であるが、私にとっては記念となる論文である。成体Fischerラットの小脳内に胎生14-19日の同系ラットの小脳組織片(0.8-1.0mm3)を移植し、1-6カ月間生存せしめた後、その生着状況を調べた。移植組織は光学的に正常な小脳皮質三層構造を示しており、さらに電子顕微鏡的に観察すると、移植し、生着し、発達した小脳組織の細胞内のシナプス結合は正常型と変わりがなかった。その他、ドナー由来の大型細胞が宿主分子層内に異所的に定着した像が認められた。

1988年

40. Kawamura, K., Nanami, T., Kikuchi, Y., and Kitakami, A. Grafted granule and Purkinje cells can migrate into the mature cerebellum of normal adult rats, Exp. Brain Res., 70/3 (1988) 477-484.

 本書は、胎生の幼若小脳移植組織に含まれる神経細胞が成体ラットの成熟した宿主小脳組織内で如何に行動するかを調べた実験研究の結果である。大部分の実験例の生存期間は5-6カ月で1年間生存例も含まれている。実験例の多く(約80%)にgraft /donor由来のプルキンエ細胞および/あるいは顆粒細胞がhost組織内に移動したものが観察された。これらの細胞移動は、宿主のバークマングリア (Bergmann glia)に沿って移動すると考えられた。また、宿主の分子層内を移動して定着した大型ニューロン(Purkinje細胞)の尖端突起の位置は一定ではなく、周囲の求心性線維の発達状況に依存することが示唆された。

41. Date, I., Kawamura, K., Nakashima, H., Ono, K., and Nishimoto, A. Intraparenchymal allografts in the mouse brain in relation to immunocytochemical identification of T lymphocyte subsets, Neurosci. Lett., 86/1 (1988) 17-20.

 同種異系間の脳内神経移植における免疫反応について、その生着率やTリンパ球サブセットの浸潤につい調べた。この際、ドナーとホストの関係から、主要組織適合抗原(MHC抗原)が適合する組み合わせ(compatible)と不適合となる組み合わせ(incomp atible)の2群に分けた。前者では全例が生着したが、後者では2週例後に10%、1カ月後に75%に著明な血管新生や細胞浸潤などの拒絶反応が観察された。われわれの実験では、同種異系間移植の拒絶反応におけるhelper/inducer T cell(L3T4陽性細胞)とcytotoxic/ suppressor T cell(Lyt-2陽性細胞)の数の間には統計的に意義の差を認めなかった。

42. Date, I., Kawamura, K., and Nakashima, H. Histological signs of immune reactions against allogeneic solid fetal neural grafts in the mouse cerebellum depend on the MHC locus, Exp. Brain Res., 73/1 (1988) 15-22.

 マウスの同種同系間および同種異系間の脳組織の移植において、組織の生着状況、MHC抗原の発現、種々のTリンパ球の組織浸潤、グリア細胞の反応性増殖などについて検討した。胎齢12-14日のマウス脳幹組織を成体マウスの小脳虫部実質内に、組織片として移植した。同種同系間およびMHC抗原適合性同種異系間の移植では拒絶反応は観察されなかったが、非適合性間の移植では時間と共に拒絶反応の例は増加した。拒絶反応を示した動物でTリンパ球のサブセットを量的に分析するとL3T4/Lyt-2(ヘルパーT細胞/サプレッサーT細胞)の出現比は1.02であった。

43. Nakashima, H., Kawamura, K., and Date, I. Immunological reaction and blood-brain barrier in mouse-to-rat cross-species neural graft, Brain Res., 475/2 (1988) 232-243.

 本書は、マウス・ラット間の神経組織脳内移植においてみられる免疫反応について研究した論文である。胎齢12-14日のC3H/Heマウス脳幹組織を成体Wistarラット(49匹)の小脳虫部に組織片として移植する方法を用い、免疫抑制剤サイクロスポリンA(Cy-A)を連日投与した群と非投与群とに分けた。Cy-A非投与群では多数の例で拡張した血管周囲に著明な細胞浸潤が認められたが(生着率は移植4週後で25%以下)、投与群では生着率60%と向上した。allograftに比較してxenograftでは、より強い免疫反応が認められ、浸潤T細胞を分析すると、cytotoxic/suppressor T cellは約60%で、helper/inducer T cellに比して優位であった。なお、グリア細胞の反応、血液脳関門の破綻についても考察した。

1989年

44. Ono, K., and Kawamura, K. Migration of immature neurons along tangentially oriented fibers in the subpial part of the fetal mouse medulla oblongata, Exp. Brain Res., 78/2 (1989) 290-300.

 マウス(C3HとAKR系統)のE13-E16(胎生期)における延髄表面、軟膜下に認められた幼若神経細胞の移動について研究した論文である。これらの幼若細胞は、この胎生期間にすでに軟膜下に存在している接線方向に走る線維(tangential fibers)に沿って移動した。これらの線維の内部は、縦走する微小管で充たされていた。幼若細胞には、リボゾーム・ロゼット、ミトコンドリア、ゴルジ装置、粗面小胞体がみられた。接線線維と幼若ニューロン間のガイド/ relocationの機構が考察された。

45. Ono, K., Yanagihara, M., Mizukawa, K., Yuasa, S., and Kawamura K. Monoclonal antibody that binds to both the prenatal and postnatal astroglia in rodent cerebellum, Developm. Brain Res., 50/1 (1989) 154-159.

 BALB/cマウスにモルモットの小脳を免疫元としてモノクロナール抗体(1D11) を作製した。この抗体は、胎生14日から小脳で幼若/未分化のアストログリア(星状膠細胞)系の要素が周生期および生後の成熟アストログリアまで選択的に染色される。このモノクローナル抗体はELISA法により、IgG2aと同定された。今後の小脳発生を研究する上で、有用な抗体を得たことになる。

1990年

46. Ono K., Kawamura, K., Shimizu, N., Ito, C., Plata-Salaman, C. R., Ogawa, N., and Oomura, Y. Fetal hypothalamic brain grafts to the ventromedial hypothalamic obese rats: an immunohistochemical, electrophysiological and behavioral study, Brain Res. Bull., 24/1 (1990) 89-96.

 本書は、満腹中枢といわれる視床下部の腹内側核(VMH)を破壊した過食・肥満ラットの第3脳室内に同系ラットの胎生13日前後のVMHを移植した結果の組織所見と行動観察をまとめたものである。宿主としては雄86匹、雌32匹のFishcer344/NSLcラット(実験開始時6週間)が用いられた。VMH破壊、過食、胎生VMHの移植、観察という過程で得られた所見は@過食と体重が共に減少した、A移植VMH細胞膜にグルコース受容体が発現した、Bセロトニン、βーエンドルフィン、サブスタンスP免疫反応性線維が移植領域に認められた。移植による視床下部の機能回復の可能性を示した研究と言える。

47. Kawamura, K., Kase, M., Ohno, M., Hashikawa, T., and Kato, M. Visual inputs to the dorsocaudal fastigial nucleus of the cat cerebellum. An experimental study using single unit recordings and horseradish peroxidase labeling, Arch. Ital. Biol., 128/2-4 (1990) 295-314.

 電気生理学的手法(電気刺激と自然移動パタン刺激の両者を用いた)とHRP軸索流逆行性標識法を用いて、網膜から入る光の小脳虫部皮質(Y小葉とZ小葉)さらに室頂核(小脳内側核)の背尾部に至る伝達経路および小脳における視覚性反応について研究した。視覚刺激に対応するニューロンの分布は室頂核の背尾部に限局しており、その反応パタンは次の3型に分類された。すなわち、第一型(反応細胞中48%を占める)で初期抑制で後期促進のタイプ、第二型(38%)で初期促進で後期抑制のタイプ、さらに、第三型(14%)で促進プロセスを欠いた長期抑制のタイプとなる。また、HRP注入例の所見結果に基づいて、これらの伝達経路が考察された。

48. Ono, K., and Kawamura, K. Mode of neuronal migration of the pontine stream in fetal mice, Anat. Embryol., 182/1 (1990) 11-19.

 本書は、マウス胎仔(胎齢14-17日)の第4脳室下面の胚芽層で増殖・分化した後、延髄・橋後部外側部の軟膜下を橋底部/橋屈部へ前下方に向って移動する幼若橋核ニューロンについて研究した論文である。移動中の細胞は移動の方向に細長い形(leading and trailing processes)をしており、これに沿って伸びる線維が観察された。移動細胞の細胞体は電顕的に暗調なものと明調のものとが認められたが、いづれも幼若な神経細胞に共通した特徴を有していた。すなわち、遊離リボゾームを多く含み粗面小胞体は未発達であり、中心小体を含むものもみられた。

49. Tsuda, M., Yuasa, S., Fujino, Y., Sekikawa, M., Ono, K., Tsuchiya, T., and Kawamura, K. Retrovirus-mediated gene transfer into mouse cerebellar primary culture and its application to the neural transplantation, Brain Res. Bull., 24/6 (1990) 787-792.

 本書は、Molonyのレトロウイルス(MLV,murine leukemia virus),ψ2細胞の系を用いて、CAT(クロラムフェンコール・アセチル・トランスフェラーゼ)の遺伝子をICR系マウス小脳/脳幹より作製した初代培養細胞に導入し、その培養細胞を成体ラット小脳内に移植し、CAT遺伝子を発現させるという新しい技術を開発した。CATはクロラムフェニコールにアセチル基を転移してその抗菌活性を失わせる酵素で、哺乳動物の組織内には存在しない。移植された脳組織切片を抗CAT抗体で免疫組織した時、ドナー由来の遺伝子導入細胞に陽性反応が現われる。この研究は、外来遺伝子導入の移植細胞を標識する方法として有用であるが、それ以上に、CAT遺伝子のみならず他の特定遺伝子をも移植細胞に導入し、発現させることが原理的に可能であることを示した点で重要である。

50. Kawamura, K., Murase, S., Yuasa S., and Yoshida, K. Transplantation of embryonic olive in the climbing-fiber-deprived adult rat cerebellum : synaptogenesis on host Purkinje dendritic spines by donor climbing fibers, Neurosci. Res., Suppl.13 (1990) S61-S64.

 本書は、登上線維系を薬物(3-AP)投与により破壊した成体ラットの小脳に胎生E14-E16の下オリーブ核を含む延髄腹内側部を移植することにより、登上線維小脳投射系のシナプス形成による小脳組織再構築の可能性を示した論文である。プルキンエ細胞の樹状突起棘にシナプスを形成する神経終末像をシナプス小胞の分布密度などから3つのタイプ(A,B,C)に分け、登上線維終末タイプのシナプス像が上記の実験で増加することを確かめた。

51. Kawamura, K., Murase, S., and Yuasa, S. Development of the rodent cerebellum and synaptic reformation of donor climbing terminals on spines of the host Purkinje dendrites after chemical deafferentation, J. Exp. Biol., 153 (1990) 289-303.

 依頼された講演を基にして、オリーブ小脳投射路の構成、プルキンエ細胞と登上線維の発達およびオリーブ小脳系疾患モデル動物に対する神経移植等の問題について総括した論文である。オリーブ小脳路の構成はネコで詳しく研究されているが、齧歯類においても原則的に同様である。プルキンエ細胞の最終分裂時期はラットでE13-E15である。ラットの下オリーブ核より起こる登上線維は3ーアセチルピリジン(3-AP, 50mg/kg)、ハルマリン(10mg/kg)、ナイアシナマイド(300mg/kg)の腹腔内投与で変性する。登上線維の入力を欠いた宿主プルキンエ細胞の樹状突起棘が胎生オリーブ核の移植により新生した登上線維終末を受入れ、シナプスを形成した。将来、小脳変性疾患の治療法の一つとしての可能性を示す所見結果である。

1991年

52. Yuasa, S., Kawamura, K., Ono, K., Yamakuni, T., and Takahashi, Y. Development and migration of Purkinje cells in the mouse cerebellar primordium, Anat. Embryol., 184/3 (1991) 195-212.

 本書は、プルキンエ細胞前駆細胞が最終分裂(E11-E13)の後、小脳原基のなかを背側に移動し、分化する過程を調べたものである。プルキンエ細胞はE13-E17に放射状グリア線維に沿って移動する。この細胞の移動期間中放射状神経膠細胞の突起上には、ニューロン・グリア間細胞接着因子であるテネイシンが発現した。テネイシン分子内にはFNVドメイン(細胞接着活性あり)とEGFドメイン(細胞接着阻害活性あり)が共存しておりテネイシンはプルキンエ細胞の移動におけるcontact guidanceに関与していることが推測される。

53. Ban, T., Shiwa, T., and Kawamura, K. Cortico-cortical projections from the prefrontal cortex to the superior temporal sulcal area (STs) in the monkey studied by means of HRP method, Arch. Ital. Biol., 129/4 (1991) 259-272.

 本書は、後連合野内の上側頭溝周囲皮質(STs域)から前頭前野への皮質皮質間結合の構成を調べた論文(KawamuraとNaito,1984;本業積目録#34)の続篇となる逆方向(前頭前野からSTs域へ)性の投射の構成パタンをHRP法を用いてサルで調べたものである。本研究の結果、以下の新知見が得られた。すなわち、STs域後部は上前頭回と8,6野からの投射を受け、他方、STs域前部は下前頭回と前頭極部(FD野)からの投射を受ける。主溝はSTs域のほとんど全域に線維を送る。さらに、前頭眼窩面皮質や海馬近傍の領域からもSTs域への投射が存在することが判明した。

1993年

54. 鶴嶋英夫、湯浅茂樹、川村光毅、能勢忠男 移植プルキンエ細胞の成熟ラット小脳内への移動、脳と神経 45/3(1993) 255-262. Tsurushima, H., Yuasa, S., Kawamura, K., and Nose, T. Migration of donor Purkinje cells in the host adult rat cerebellum, Brain and Nerve, 45/3 (1993) 255-262.

 脳損傷後の組織再構築の際にみられる現象と正常発生過程において認められる現象との間に、物質的基礎(微細環境を規定する分子群の発現)における類似性の有無を検討するために行なった研究である。正常発生でみられる小脳プルキンエ細胞の移動は、放射状グリアの突起に接して誘導され、この突起上にニューロン・グリア間の細胞接着に関係するテネイシン分子の発現が認められたが(本業積目録#46)、小脳原基を成熟ラット小脳内に移植した際にも、ドナー由来プルキンエ細胞の移動経路と定着部位にテネイシンの発現が認められた。本来、成体小脳には発現しないテネイシンが移植組織周辺の成体ドナーの組織に発現する現象は、幼若な移植組織により成体組織に誘導された一種の幼若化現象と解釈されよう。

55. Yuasa, S., Kitoh, J., Oda, S., and Kawamura, K. Obstructed migration of Purkinje cells in the developing cerebellum of the reeler mutant mouse, Anat. Embryol., 188/4 (1993) 317-329.

 小脳皮質の細胞構築に異常のあるreeler(リーラー)変異体マウスにおける小脳の発生とくにプルキンエ細胞の移動の障害の様式について免疫組織学的および電顕的に調べた研究である。プルキンエ細胞の標識には抗spot35抗体を、放射状グリアの標識には抗テネシン抗体とモノクローン抗体1D11を使用した。胎生期(たとえばE17)のリーラーミュータント・マウス小脳では脳室下域(subventricular zone)と中間域(intermediate zone)にプルキンエ細胞が集団を成し、移動が停滞する。放射状グリアの突起は束を形成し、屈曲、交叉し、配列が乱れている。以上の所見からリーラーにおけるプルキンエ細胞の移動障害は、また、それによる配列の異常は、放射状グリアの発生ないし発達の異常によるもので、グリアとニューロン間の接触誘導の障害を起こすものと考えられた。

56. Yuasa, S., Tsuda, M., and Kawamura, K. Fate and behavior of genetically labeled cerebellar cells after transplantation into the mouse cerebellum, Neurosci. Res., 17/3 (1993) 257-263.

 CAT(クロラムフェニコール・アセチル・トランスフェラーゼ)をコードする外来遺伝子をマウス小脳由来の初代培養細胞にレトロウイルス・ベクターにより導入し、成体小脳内に移植して、その細胞の発達状態を形態学的に調べた論文である。移動部位に定着して線維状アストロサイトに分化する細胞もあれば、移動部位から宿主の分子層内へ移動するものもあり、ドナー細胞の 分化、行動様式は移植された部位により異なっていた。脳内微細環境としては栄養因子、基質の接着分子などに分布差があり、それらに依存して細胞の形態や行動が変化すると思われる。

57. Yoshida, K., Kawamura, K., and Imaki, J. Differential expression of c-fos mRNA in rat retinal cells : regulation by light/dark cycle, Neuron, 10/6 (1993) 1049-1054.

 本書は、明暗の変化にともなうラット細胞内c-fos mRNAの発現の様式をin situ hybridization法を用いて組織学的に検討した論文である。この研究により、生理的な明暗周期において、網膜内の種々の神経細胞が異なる様式で、c-fos mRNAを発現し、その発現様式は、明暗環境の変化および内因性の時計機構の両者の影響を受けていることが明らかになった。また、網膜において、種々の神経細胞が視覚情報を協調して処理し、脳内へ伝達すると同時に、明暗の変化にともなうc-fos mRNAの発現を介した遺伝子の転写制御によって、個々の細胞内の機能を調節していると考えられた。

58. Ikeshima H., Yuasa S., Matsuo K., Kawamura K., Hata J., and Takano T. Expression of three nonallelic genes coding calmodulin exhibits similar localization on the central nervous system of adult rats, J. Neuroscience Res., 36/1 (1993) 111-119.

 成体ラット中枢神経系組織における3種のcalmodulin遺伝子(CAMI,CAMII, CAMIII)の発現分布についてnorthern blot−hybridization およびin situ hybridization法で調べた。CAMはII型CAMkinase,カルシニューリン、adenylate cyclase, phosphodiesterase など多くの酵素の活性化に関与するカルシウム結合蛋白で重要な所見を提供した。すなわち、大型投射ニューロンに強く発現し3種のisoformは同様の分布を示した。

59. Tsurushima, H., Yuasa, S., Kawamura, K., and Nose, T. Expression of tenascin and BDNF during the migration and differentiation of grafted Purkinje and granule cells in the adult rat cerebellum, Neurosci. Res., 18/2 (1993) 109-120.

 成体ラット小脳内に胎生小脳を移植すると、移植片から宿主内へプルキンエ細胞、顆粒細胞が移動し、移動経路にはtenascinが発現するとともに移植片には神経栄養因子BDNFの発現が誘導された。神経移植の臨床目的は破壊された組織を移植組織が形態的に再構築して機能回復を計ることであるが、その際に発現する神経接着因子や神経栄養因子の行動について基礎的に研究することは最も必要なことである。単に「異常行動量が減少しました」という類の仕事が多いなかで、この研究は警鐘を与える貴重なものである。

1994年

60. Yuasa, S., Kitoh, J., and Kawamura, K. Interactions between growing thalamocortical afferent axons and the neocortical primordium in the normal and reeler mutant mice, Anat. Embryol., 192/2 (1994) 137-154.

 大脳新皮質の遺伝的形成障害を示すリーラーマウスの新皮質形成における視床―皮質線維の発達過程をカルボシアニン系蛍光色素DiI 標識により調べ、投射の標的認識には subplate neuron が関与することを示した。すなわち、正常(コントロール)マウスの大脳皮質原基では、E16 になると、標識された視床皮質線維は中間域intermediate zone を tangential に走りsubplate 内に入り厚い束を形成する。E16 で少数の求心線維が皮質板深部 deep cortical layer に入り、E17 になるとその数は増加する。生後4日(P4),標識求心線維は radial に皮質板浅部 upper cortical layer に達し、皮質4層における終末分枝 terminal arborization が明らかになる。これと対照的に、リーラーマウスでは E16 で求心線維は新皮質原基内を superplate に向かって斜めに走りそしてそこに達した。このリーラーの superplate は正常マウスの subplate に相当する。E16 電顕観察で求心線維軸索終末は正常マウスでは subplate neuron soma に、リーラでは superplate neuron soma に、未熟型のシナプスを形成していることを明らかにした。また、 E16 でNGF受容体が、E17 でNCAM-H が軸索や subplate/superplate に免疫組織的に陽性となった。

1995年

61. Kawano, H., Ohyama, K., Kawamura, K. and Nagatsu, I. Migration of dopaminergic neurons in the embryonic mesencephalon of mice, Developm. Brain Res., 86/1 (1995) 101-113.

 マウス中脳のドーパミンニューロンの発生過程を免疫組織化学、電子顕微鏡、蛍光色素DiIを用いた軸索標識、チミジンのアナログであるBrdUを用いたDNA標識法などを使って形態学的に調べた。その結果、中脳黒質緻密部のドーパミンニューロンは大多数、胎生10〜11日に最終分裂を終え、まず腹側に移動し、次いで外側に移動することが分かった。さらに腹側へは細胞外基質分子テネイシンを発現する放射状グリアに、また外側へは他のニューロンの軸索に沿って移動することを初めて示した。

62. Nakai, S., Kawano, H., Yudate, T., Nishi, M., Kuno, J., Nagata, A., Jishage, K., Hamada, H., Fujii, H., Kawamura, K., Shiba, K., Noda, T. The POU domain transcription factor Brn-2 is required for the determination of specific neuronal lineages in the hypothalamus of the mouse, Genes & Developm. 9/24 (1995) 3109-3121.

 転写調節因子Brn-2をジーンターゲッティングによって欠損させたマウスは生後数日で死に至る。このマウスでは視床下部の室傍核と視索上核が欠損し、下垂体後葉も萎縮していた。この両核に存在する下垂体ホルモンであるバソプレッシンとオキシトシンは消失し、下垂体前葉ホルモン調節ホルモンであるCRH、TRH、SSを含む神経終末は正中隆起部に存在しなかった。下垂体後葉系ニューロンは胎生12日には確認できたが、その後発生の過程で消失した。以上の結果から、Brn-2が視床下部の神経分泌ニューロンの発生に重要な役割を果たすことが証明された。

63. 吉野薫、湯浅茂樹、川村 光毅 生後発達期および成体マウスの脳内へ移植された不死化神経細胞株の移動、分化と宿主神経構築への統合。 Brain and Nerve, 47/12 (1995) 1149-1157. Yoshino, K., Yuasa, S., and Kawamura, K. Migration, differentiation and integration of an immortalized neural cell line transplanted into the neonatal and adult mouse brain, Brain and Nerve, 47/12 (1995) 1149-1157.

 マウス視床下部原基に由来する神経上皮細胞にSV 40 T抗原の温度感受性変異発癌遺伝子tsA 58を導入し不死化した細胞株V1を生後発達期および成体マウスの小脳および海馬に定位的に移植し、移植細胞の移動・分化・配列について形態学的に検討した。新生仔期の脳に移植された細胞の一部は宿主組織の層構造に対応した層状配列を示し、移植部位に特徴的なニューロン様あるいはグリアへの形態的分化を示した。成体の脳内に移植された場合にも、小脳内では移植細胞の移動、層状配列とグリア細胞への形態的分化が認められた。これらの所見から、移植細胞が宿主の発達過程に統合されること、成体脳組織の可塑性発現および移植細胞による組織の再構築の可能性が示唆された。

1996年

64. Saito, Y., Maruyama, K., Kawano, H., Hagino-Yamagishi, k., Kawamura, K., Saido, T., Kawashima, S. Molecular cloning and characterization of a novel form of neuropeptide gene as a developmentally regulated molecule, J. Biol. Chem., 271/26 (1996) 15615-15622.

 PC12細胞が分化する際、高い発現を示す遺伝子をdifferential display法により同定したところ、鎮痛作用を持つ神経ペプチドであるノシセプチンの前駆体の遺伝子であることが分かった。この遺伝子はPC12細胞の突起伸長時に一致して発現し、突起伸長作用があることも明らかにした。脳内の発現量は発生の初期に高く、前駆体に対するペプチド抗体を用いて免疫組織化学を行うと、胎生マウスの脳内で陽性ニューロンが広範囲の部位に認められた。以上の結果は、ノシセプチンの前駆体が脳内のニューロンの発生過程に関係することを示唆している。

65. Yuasa, S., Kawamura, K., Kuwano, R., Ono, K. Neuron-glia interrelations during migration of Purkinje cells in the mouse embryonic cerebellum, Int. J. Devl. Neurosci., 14/4 (1996) 429-438.

 マウス胎生小脳におけるプルキンエ細胞の発生過程を免疫組織学的に、電顕的に観察し、放射状グリア突起との接着が移動を誘導することを強く示唆する所見を得た。プルキンエ細胞を抗spot 35 抗体により、放射状グリア突起を1D11 単クローン抗体または抗テネイシン抗体により同定した。そして、電顕により接着構造、coated vesicle,coated pits を認めた。

1997年

66. Fukuda, T., Kawano, H., Ohyama, K., Li, H.-P., Takeda, Y., Oohira, A., Kawamura, K. Immunohistochemical localization of neurocan and L1 in the formation of thalamocortical pathway of developing rats, J. Comp. Neurol., 382/2 (1997) 141-152.

 感覚性刺激を視床から大脳皮質に伝える視床皮質路は発生の初期には大脳皮質原基のサブプレートを選択して伸長する。その神経路決定の分子メカニズムを免疫組織化学的に調べるたところ、視床からの軸索には神経接着分子L1が、またサブプレートにはコンドロイチン硫酸プロテオグリカンの一種ニューロカンがそれぞれ特異的に局在していた。これまで両分子は互いに結合することが報告されてきたので、L1とニューロカンの異分子間相互作用が視床皮質路の経路決定に関係することを示唆した。

67. Nogami, H., Inoue, K., Kawamura, K. Involvement of glucocorticoid-induced factor(s) in the stimulation of growth hormon expression in the fetal rat pituitary gland in vitro, Endocrinology, 138/5 (1997) 1810-1815.

 ラット胎仔下垂体の器官培養系を用いて、グルココルチコイドよる成長ホルモン 遺伝子発現調節の分子機構の解明を試みた。グルココルチコイドは、成長ホルモ ンmRNAのレベルを上昇させたが、これはグルココルチコイド受容体と成長ホルモン遺伝子のプロモーターの、直接の相互作用によるのではなく、グルココルチコ イドによって誘導される未知のタンパクによって間接的に成長ホルモン遺伝子の 発現が促進されることが推定された。

68. Ikawa, H., Kawano, H., Takeda, Y., Masuyama, H., Watanabe, K., Endo, M., Yokoyama, J., Kitajima, M., Uyemura, K., Kawamura, K. Impaired expression of neural cell adhesion molecule L1 in the extrinsic nerve fibers in Hirschsprung's disease. J. Ped. Surg., 32/4 (1997) 542-545.

  ヒルシュスプルング病は腸管の全長または一部の神経そうが欠如して生まれて病変で、出生直後に外科的手術をしないと命を失うおそれがある。この病気の原因はいまだに不明である。本研究では人のヒルシュスプルング病の腸管を免疫染色したところ、神経接着分子L1の発現が低下していることを見いだした。L1には細胞移動促進作用、突起伸長作用、軸索束化作用などがあり、ヒルシュスプルング病に見られる、神経層の異常はL1の発現低化によることが考えられた。

69. Ohyama, K., Kawano, H., Kawamura, K. Localization of extracellular matrix molecules, integrins and their regulators, TGF*s, is correlated with axon pathfinding in the spinal cord of normal and Danforth's short tail mice. Dev. Brain Res., 103 (1997) 143-154.

 発生初期の脊髄の腹側正中部(フロアープレート)は運動ニューロンや交叉性軸索の誘導に重要な部位として注目されてきた。この部位にはsonic hedgehogやnetrin-1などの分泌性分子が発現し、脊髄の形態形成に関係することが報告されている。本研究では細胞外基質分子であるラミニンやコラーゲン、それらの受容体であるインテグリンβ1、それらの発現を調節するTGFβなどがフロアプレートに発現することを免疫組織化学的に初めて証明した。さらに脊髄のフレアプレートを欠損するDanforth's short tail miceでは交叉性軸索の走行異常とともに、前述の各分子の発現が消失しており、これらの分子と交叉性軸索の形成との関係が示唆された。

70. Kawano, H., Funato, K., Kawamura, K. Regenerating axons of the paraventriculo-neurohypophysial tract invaded the scar tissue that expresses extracellular matrix molecules. J. Brain Sci., 23/4 (1997) 241-249

 一般に、哺乳類の中枢神経系では損傷後の軸索再生が起こらないとされているが、視床下部のバソプレッシン/オキシトシンニューロンは下垂体切除などの手術により軸索を切断されても、脳底の血管周囲に新たな終末を形成することが知られている。生後28日のマウスに外科的手術を加えて、後葉系ニューロンの軸索を切断し、その軸索再生能を調べるたところ、他のニューロンの軸索は損傷部位のグリア性搬痕組織に進入しなかったのに対し、バソプレッシン陽性の後葉系ニューロンの再生軸索は搬痕組織内部に伸長していた。搬痕組織には細胞外基質分子が強く発現しているため、後葉系ニューロンが細胞外基質分子に高い親和性を持つことが軸索再生を可能にする理由であるを考えられた。

1998年

71. Ohyama, K., Kawano, H., Asou, H., Fukuda, T., Oohira, A., Uyemura, K., Kawamura, K. Coordinate expression of L1 and 6B4 proteoglycan/phosphacan is correlated with the migration of mesencephalic dopaminergic neurons in mice. Dev. Brain Res. 107 (1998) 219-226.

 マウスで中脳ドーパミンニューロンは中脳基盤内側部で生まれ、最初テネイシンを発現する放射状グリアの突起に沿って腹側に、ついで他の神経軸索に沿って外側に移動する(川野ら、1995)。この外側への細胞移動の分子メカニズムを調べるため免疫組織化学を行ったところ、外側に移動中のドーパミンニューロンにはコンドロイチン硫酸プロテオグリカンの一種フォスファカンが、また移動をガイドする神経軸索には神経接着分子L1が発現することを見いだした。両分子は互いに結合することが報告されているので、この異分子間相互作用がドーパミンニューロンの移動に関係することが示唆された。

72. Yamamoto, A., Takagi, H., Kitamura, D.. Tatsuoka, H., Nakano, H., Kawano, H., Kuroyanagi, H., Yahagi, Y., Kobayashi, S., Koizumi, K., Sakai, T., Saito, K., Chiba, T., Kawamura, K., Suzuki, K., Watanabe, T., Mori, H., Shirasawa, T. Deficiency in protein L-isoaspartyl methyltransferase results in a fatal progressive epilepsy. J. Neurosci. 18/6 (1998) 2063-2074.

 L-アスパラギン酸メチル転移酵素は老化による蛋白の変性を修復する機能を持つ酵素でアルツハイマー病などの神経変性疾患で増加する。この酵素の遺伝子をジーンターゲッティング法により欠損させたノックアウトマウスは、生後6週以降にてんかん発作を起こしやすくなり、10週齢までに死亡する。てんかん発作を起こした動物の脳を調べてみると、大脳皮質のニューロンに変性が見られた。以上の結果からL-アスパラギン酸メチル転移酵素は正常の脳で蛋白の変性を防ぎ、老化を遅らせる作用を持つことが示唆された。

1999年

73. Kawano, H., Fukuda, T., Kubo, K., Horie, M., Uyemura, K., Takeuchi, K., Osumi, N., Eto, K., Kawamura, K. Pax-6 is required for thalamocortical pathway formation in fetal rats. J. Comp. Neurol. 408 (1999) 147-160

 転写調節因子Pax-6はショウジョウバエからヒトに至るまで、眼の形成に重要な働きをすることが知られている。今回、Pax-6を欠損する突然変異ラット胎仔で大脳皮質の神経路形成を調べたところ、遠心性軸索は正常同様認められたが、視床からの求心性軸索が欠失していた。Pax-6は正常ラット胎仔で腹側視床と扁桃体に発現しており、視床皮質路の軸索はPax-6発現部位を避けるように走行していた。これに対し、Pax-6欠損ラットでは、腹側視床と扁桃体のレベルで視床からの軸索に走行異常がみられた。以上の結果から、Pax-6は視床皮質路の形成に重要であることが分かった。

74. Nogami, H., Inoue, K., Moriya, H., Ishida, A., Kobayashi, S., Hisano S., Katayama, M., Kawamura, K. Regulation of growth hormone-releasing hormone receptor messenger ribonucleic acid expression by glucocorticoids in MtT-S cells and in the pituitary gland of fetal rats. Endocrinology 140/6 (1999) 2763-2770.

 ラット胎仔下垂体の器官培養系を用いて、グルココルチコイドよる成長ホルモン遺伝子発現調節の分子機構の解明を試みた。グルココルチコイドは、成長ホルモンmRNAのレベルを上昇させたが、これはグルココルチコイド受容体と成長ホルモン遺伝子のプロモーターの、直接の相互作用によるのではなく、グルココルチコイドによって誘導される未知のタンパクによって間接的に成長ホルモン遺伝子の発現が促進されることが推定された。

2000年

75. Fukuda, T., Kawano, H., Osumi, N., Eto, K., Kawamura, K. Histogenesis of the cerebral cortex in rat fetuses with a mutation in the Pax-6 gene. Developm. Brain Res., 120/1 (2000) 65-75.

 転写調節因子Pax-6を欠損する突然変異ラットでは、大脳皮質の形成が低下する。チミジンのアナログであるBrdUで最終分裂時のニューロンを標識し、その後の移動・定着の過程を調べると、胎生15日以前に生まれたニューロンは正常と同様の部位に定着し分化するが、胎生18日以降に生まれたニューロンはほとんどが脳室帯から中間体に止まって、皮質板まで移動できないことが分かった。これらの細胞は胎生末期まで存在するが皮質ニューロンとしては分化しなかった。Pax-6は皮質原基で脳室帯に発現することから、胎生とくにその後期に生まれた皮質ニューロンの移動に密接に関連していると考えられた。

76. Horie, M., Miyashita, T., Watabe, K., Takeda, Y., Kawamura, K., Kawano, H. Immunohistochemical localization of substance P receptors in the midline glia of the developing rat medulla oblongata with special reference to formation of raphe nuclei. Developmental Brain Res., 121 (2000) 197-207.

 神経ペプチドP物質の受容体は成体の神経系に広範囲に分布し、特にシナプス硬膜に局在してP物質による神経伝達を仲介することが知られている。発生初期の延髄では正中部に存在する放射状グリアの突起がP物質受容体を発現することが報告されている。縫線核を形成するP物質陽性ニューロンは最初、延髄の外側部に出現するが、その後正中線に沿って配列し、縫線核を形成する。また、多数のP物質陽性線維が正中線に沿って走行していた。以上の結果から、発生の初期にはグリア細胞に発現するP物質受容体はP物質陽性ニューロンの移動・定着・突起伸長に関連して重要な働きをすると考えられた。

77. Katayama, M., Nogami, H., Nishiyama, J., Kawase, T., Kawamura, K. Developmentally and regionally regulated expression of growth hormone secretagogue receptor mRNA in rat brain and pituitary gland. Neuroendocrinol., 78 (2000) 347-355.

 新規の成長ホルモン放出因子であるGhrelin受容体(GHS-R)mRNAの、下垂体あるいは脳内の発現分布、および個体の成長に伴う発現レベルの変化を調べた。GHS-R mRNAは下垂体、視床下部、海馬、脳幹に発現しており、組織特異的な成長に伴う発現レベルの変化が観察された。海馬や脳幹におけるGHS-Rの発現は、GH分泌以外のghrelinの生理作用を示唆している。

78. Nogami, H., Matsubara, M., Harigaya, T., Katayama M., Kawamura. K., Retinoic acids and thyroid hormone act synergistically with dexamethasone to increase growth hormone-releasing hormone receptor messenger ribonucleic acid expression. Endocrinology, 141/12 (2000) 4396-4401.

 成長ホルモン放出ホルモン受容体(GHRH-R)mRNAの発現制御に関わる因子はグルココルチコイドを始めいくつか知られているが、この実験ではレチノイン酸もGHRH-R mRNAレベルを上昇されることを示した。甲状腺ホルモンと同様レチノイン酸は、それ自体ではGHRH-R mRNAレベルに影響しないが、グルココルチコイドと共に作用させると、グルココルチコイドのGHRH-R mRNA誘導作用を相乗的に増加させた。

2001年

79. Nakahara J., Tan-Takeuchi K., Seiwa C., Yagi T., Aiso S., Kawamura K., Asou H. Myelin basic protein is necessary for the regulation of myelin-associated glycoprotein expression in mouse oligodendroglia. Neurosci. letters, 298 (2001) 163-166.

 中枢神経系における髄鞘形成でmyelin-associated-glycoprotein (MAG) が最初に働くと考えられてきたが、myelin-basic-protein (MBP) 欠損マウスを用いて観察した結果、MBP が幼若オリゴデンドログリアにおけるMAGの発現調節に必要であることを示唆する所見を得た。また、この際、Fyn もおそらく関与し、髄鞘形成の開始には未知の蛋白が関与しているであろうことが議論されている。

80. Nogami, H., Hiraoka, Y., Matsubara, M., Nonobe, E., Harigaya, T., Katayama, M., Hemmi , N., Kobayashi, S., Mogi, K., Aiso, S., Kawamura, K., Hisano, S. A composite hormone response element regulates transcription of the rat GHRH receptor gene, Endocrinolgy 143/4 (2002) 1318-1326.

 ラット成長ホルモン放出ホルモン受容体(GHRH-R)遺伝子をクローニングし、プロモーター領域の構造を解析した。GHRH-R遺伝子の5'-上流約230bpの領域には甲状腺ホルモン受容体応答配列が一ヶ所、グルココルチコイド受容体応答配列が3ヶ所あり、当該遺伝子のホルモンによる転写調節はこれらの配列を介して行われていると推定された。

81. Ohyama, K., Kawamura, K. Coordinate expression of β1 integrins and their regulator, TGF β2 at the floor plate of the medulla oblongata is correlated with the crossing of the fibers of olivocerebellar projections in mice. Dev. Brain Res. 133 (2002) 77-80.

  E9-E16のマウス延髄底板で、β1インテグリンとその調節因子と考えられているTGFβ2 が共に発現した。しかしTGFβ3の発現はなかった。DiIを用いて標識するとE13-E16でオリーブ小脳線維が延髄正中部を通り交叉することが判った。これらの分子の発現が発達の時期にうまく調節されて交差性のオリーブ小脳投射が形成されると思われる。

2003年

82. Horie M, Sango K, Takeuchi K, Honma S, Osumi N, Kawamura K and Kawano H: Subpial neuronal migration in the fetal rat medulla oblongata with Pax-6 deficiency. Eur. J. Neurosci. 17(1):49-57. 2003.

ラット胎生14日(E14)の菱脳唇下部で生まれたニューロンには転写因子Pax-6が発現し、細胞接着因子TAG-1陽性の軟膜下にある軸索に沿って移動し、橋核、橋網様被蓋核、外側網様核、外側楔状核などの"小脳前核(小脳に線維を送る神経細胞集団)"を形成する(E17)。 この論文で、Pax-6遺伝子に変異(mutation)をもつ小眼球ラット(small eye, rSey2)を用いてこれら小脳前核の形成異常を解析した。すなわち、軟膜下を移動するこれらのニューロンには遅れがみられ、延髄実質を走行する異常な経過をとるものも認められた。この研究は、Pax-6が小脳前核を形成する胎生期ニューロンの移動に関わっていることを明らかにした。

83. Kawano H, Horie M, Honma S, Kawamura K, Takeuchi K and Kimura S: Aberrant trajectory of ascending dopaminergic pathway in mice lacking Nkx2.1. Exp. Neurol., 182: 103-112, 2003.

Nkx2.1は内側大脳基底核原基(medial ganglionic eminence)および視床下部腹内側部に限局して胎生期に認められる転写因子であるが、この欠損マウスにDiI蛍光染色とTH(tyrosine hydroxylase)免疫染色を使って、中脳ドーパミン・線維の発達、おもにその投射形式について正常マウスと比較して調べた。すなわち、正常マウスではE12.5で視床下部外側部を通りE14.5で同側の線条体に投射するが、ミュータントマウスでは大部分のTH陽性線維が視床下部後部で交叉してそのまま対側の線条体に線維を送った。さらに、視床下部腹内側部では、第三脳室のは欠損しており、通常は神経上皮に認められるセマフォリン3A(軸索反発分子である)も著しく減少していた。これらの知見は上記のドーパミン線維の異常な走行(aberrant trajectory)を説明しうる。

2004年

84. Ohyama, K., Tan-Takeuchi, K., Kutsche, M., Schachner, M., Uyemura, K., Kawamura, K.,
Neural cell adhesion molecule L1 is required for fasciculation and routing of thalamocortical fibres and corticothalamic fibres, Neurosci. Res., 48 (2004) 471-475.

 L1欠損マウスを用いて、発達中の視床皮質投射路における神経細胞接着分子L1の機能について明らかにした研究論文である。視床皮質線維の免疫組織のマーカーとしては、pleiotrophin/HB-GAMを、皮質視床線維のマーカーとしてはTAG-1を、軸索流トレーサーとしてはDiIを用いた。観察すると、視床皮質投射は内包を通過するときは異常に束化(fasciculate)するが、皮質に入るとばらばら(diffuse)となった。一方、皮質視床線維は束化の程度が高いが、その線維数はむしろ減少し、視床にまで到達する線維は認められなかった。この結果、視床と皮質を両方向性に結ぶ軸索線維の進行のプロセスと束化に重要な役割を演じていることが明らかになった。

85. Ohyama, K., Ikeda, E., Kawamura, K., Maeda, N., Noda, M.,
Receptor-like protein tyrosine phosphatase ζ/RPTPβ is expressed on tangentially aligned neurons in early mouse neocortex, Dev. Brain Res., 148 (2004) 121-127.

主として脳に発現する、チロシン燐酸化酵素ζ(PTPζ)/RPTPβの脳内分布を胎生(E)9.5-15.5のマウスで免疫組織化学的方法で調べた。PTPζは発生の初期に作られる新皮質ニューロン(Cajal-Retius neuron, subplate neuronなど)のマーカーとして有用である。E10.5-E12.5では、新皮質の接線方向に配列するpreplate neuronや神経節隆起の外套層(mantle layer)に出現する。また、E13.5-E.15.5では、新皮質のサブプレートおよび辺縁層(marginal zone)で陽性であった。

2005年

86. Kawano H, Li HP, Sango K, Kawamura K, Raisman G: Inhibition of collagen synthesis overrides the age-related failure of regeneration of nigrostriatal dopaminergic axons. J. Neurosci. Res., 80: 191-202, 2005.

 生後7, 14, 21日(E7, E14, E21)のマウス黒質線条体(ドーパミン)投射路を切断した後の神経軸索線維の再生について調べた研究論文である。E14, E21のマウスでは、損傷部にIV型コラーゲンを含む線維性瘢痕(はんこん)が形成されて、その周囲には反応性のアストロサイトが増え、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG; ニューロカンやフォスファカンなど)が増加し、ドーパミン線維の再生は認められなかった。しかし、E7の新生仔マウスでは、損傷部周囲に反応性アストロサイトとCSPGの発現はあるが、線維性瘢痕の形成はなく、損傷部を越えて軸索の再生がみられた。さらに、E14, E21の成熟マウスで生じる線維性瘢痕が神経再生を阻害する因子であると考えて、以下の実験を行なった。すなわち、脳組織が損傷されたときに、損傷部位に向かって脳軟膜由来の線維芽細胞が侵入してきて、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチンなどの細胞外マトリックス分子を分泌して形成されると言われる線維性瘢痕を、その主成分であるIV型コラーゲンの重合を阻害する(an iron chelator) DPY(2,2'-dipyridyl)を損傷部に投与することによって、IV型コラーゲンを消失させて、線維性瘢痕の形成を抑制した。そして、神経の再生が起こり、ドーパミン線維が損傷部を越えた。この結果から、中枢神経軸索の再生を阻害する主要な因子は、生後10日前後に形成される線維性瘢痕であると結論づけた。

87. Li HP, Oohira A, Ogawa M, Kawamura K, Kawano H: Aberrant trajectory of thalamocortical axons associated with abnormal localization of neurocan immunoreactivity in the cerebral neocortex of reeler mutant mice. Eur. J. Neurosci., 22: 2689-2696, 2005.

正常およびリーラー突然変異(mutant)マウスを用いて、大脳新皮質内を走行する視床皮質路形成の際の分子機構を調べた。正常発達では、視床皮質線維は胎生16日に、脳に特異的なCSPGであるニューロカンがあるサブプレート(subplate)の中を走り、皮質板に進入することは滅多に無かった。これに対して、リーラーマウスでは、斜めに皮質板を貫いて走行した。L1とニューロカンの間にheterophilic interaction が認められることを明らかにした。

2007年

88. Li, H. P., Homma, A., Sango, K., Kawamura, K., Raisman, G., Kawano, H.: Regeneration of nigrostriatal dopaminergic axons by degradation of chondroitin sulfate is accompanied by elimination of the fibrotic scar and glia limitans in the lesion site. J Neurosci Res, 85: 536-547, 2007.

本研究では成熟雄マウスのドーパミン軸索線維を切断する実験を行なった。このとき損傷部位に増加する、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)の糖鎖であるコンドロイチン硫酸は、神経再生を阻害する因子と考えられている。これを分解する酵素であるコンドロイチナーゼABC(ChABC)を損傷部に投与して、コンドロイチン硫酸を消失せしめたとき、線維性瘢痕の形成を認めず、軸索の再生が見られた。このことは、損傷後に増加するCSPGが、損傷部の組織修復過程に関与する可能性を示している。

89. Ohyama, K., Kimura, S., Katayama, M., Kawamura, K. Developmental defects of the limbic cortex and axon pathfinding of the anterior commissure in T/ebp (NKx 2.1) null mice. To be published.

  内側神経節隆起(MGE)に発現するT/ebp/Nkx2.1 遺伝子欠損変異マウスを用いて、胎生期の前脳ニューロンの発生と分化について解析した。この部位から発生する神経細胞は扁桃体および梨状葉皮質を形成する。この変異マウスでは、神経原基細胞の増殖と決定は正常に行われているが、初期幼若ニュ?ロンのマーカーであるTuJ1 の発現をみると、脳室層(=神経上皮細胞層)で全く消失しており、脳室下層で遅れて発現した。また、MGEから扁桃体と梨状葉への神経細胞移動も若干障害されていた。移動した細胞の分化(突起伸展など)も障害された。前交連は左右の梨状葉を結合する後部と左右の臭球を結ぶ前部から構成されるが、このミュータントでは後部のみに障害が見られ正中部で軸索線維の交叉がみられない。なお、軸索の経路決定の調節因子とされているtransforming growth factor TGFβ3 の正中部における発現がミュータントではみられなかった。

2008年

90. Teng X, Nagata I, Li H-P, Kimura-Kuroda J, Sango K, Kawamura K, Raisman G, Kawano H: Regeneration of nigrostriatal dopaminergic axons after transplantation of olfactory ensheathing cells and fibroblasts prevents fibrotic scar formation in the lesion site. J. Neurosci. Res. 86(14):3140-3150, 2008.

ラットの黒質線条体ドーパミン神経路を幅2mmのナイフで切断し、新生仔ラット嗅球より採取し、培養した髄鞘化グリア細胞(olfactory ensheathing cells, OEC)を損傷部に移植した。損傷後2週間の脳では、切断されたドーパミン線維は損傷部を越えて再生することはなく、損傷部にIV型コラーゲンを含む繊維性瘢痕が形成されていた。それに対し、OECを移植した脳では多くの再生線維が損傷部を越えて伸長していた。損傷部はOECで満たされており、繊維性瘢痕は形成されていなかった。

以下に、川野チームのこれまで数年間の研究成績の結果とその解析をまとめて記す。
成熟哺乳類の中枢神経系では損傷後の神経再生がほとんど起こらない。その理由として、グリア瘢痕、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)、繊維性瘢痕など、軸索再生を阻害する種々の因子の存在が提唱されているが、いまだにその原因は特定されていない。私たちは生後発生過程のマウスを用いて黒質線条体ドーパミン神経路を外科的に切断し、生後7日までの幼若マウスでは黒質線条体神経路は損傷後に再生するが、生後2週以降になると神経再生が起こらないことを見いだした。さらに神経再生が起こらなくなる時期は損傷部に繊維性瘢痕が形成される時期と一致することから、繊維性瘢痕が神経再生に阻害的に働くと考えられた。そこで繊維性瘢痕の主成分であるIV型コラーゲン分子の重合を阻害する鉄キレート剤である2,2'-dipyridyl(DPY)を軸索再生の起こらない生後2週間および成体のマウス脳の損傷部に微量注入すると、切断された中脳ドーパミン線維が損傷部を越えて再生した。この場合、コラーゲン繊維が消失するとともに繊維性瘢痕も消失していたが、反応性アストロサイトやプロテオグリカンは損傷部周囲で増加していた。従って、繊維性瘢痕がドーパミン線維の再生を阻害する主要な因子であることが結論された(Kawano et al.,J.Neurosci.Res.,80:191-202,2005)。損傷後に増加するCSPGは一般には再生線維の伸長を阻害すると考えられているが、私たちは発生の過程でCSPGが神経路の形成に重要であることを見いだしている(Li et al.,Eur.J.Neurosci.22:2689-2696,2005)。そこで、成熟マウスの黒質線条体ドーパミン神経路を切断し、術直後、コンドロイチン硫酸を分解する酵素であるコンドロイチナーゼABCを損傷部に注入した。するとコンドロイチン硫酸が消失し、神経再生が起こったが、同時に繊維性瘢痕の形成も阻害されていた。以上の結果は、CSPGが神経再生を阻害するのではなく、繊維性瘢痕の形成に関与することを示唆している。

2009年

91. Tubokawa T, Saito K, Kawano H, Kawamura K, Shinozuka K, Watanabe S: Pharmacological aspects of the telencephalon in the fish, medaka (Oryzias latipes). Social Neurosci. 4(3):276-286, 2009.

メダカの終脳について、種々のペプチド(CGRP, CCK, NPY, SS, SP)類やTH(カテコールアミン系)の免疫組織化学染色を行ない、マウスにおけるそれらの分布と比較して、その類似性から扁桃体のextended amygdalaに相当する領域を想定した。つまりsubpalliumが背側(Dd- Dl region)に位置するところに腹側線条体/扁桃体(ventral striatum/amygdala)の近傍を推定した。この領域を両側性に破壊すると、schooling(集合または群集行動)―群れをなし、情を交わして何らかの交流/通信(波動を因とする電磁波や超音波や声などで)をするような、コミュニケーションを示す行動(そぶり)―ができなくなり、行動パタンに変化が現れる。すなわち、遊泳中のメダカにおいて、一つの面に鏡を置くと、健常なメダカは鏡に映った自分の映像を見て、同類の相手と「認識」して、「社会性」を発揮してか、鏡のほうに寄ってくるが、扁桃体相当部位が破壊されたメダカは鏡を置いても近寄って来ず、恐らくメダカの情動障害のためであろう。

2010年

92. Teng X, Yoshioka N, Kimura-Kuroda J, Kawamura K, Kawano H, Li HP: Transplantation of olfactory ensheathing cells suppresses the fibrotic scar formation in the lesion site and promotes axonal regeneration in the injured rat spinal cord. Neur. Regener. Res. 5 (2010) 651-656.

下位胸髄のレベルでラット脊髄に損傷を加え、olfactory ensheathing cells (OEC) を移植した。OEC移植により下肢の運動機能に著しい改善がみられた。組織的には脊髄の下行性(運動性)および上行性(知覚性)の線維が損傷部を越えて再生していた。さらに損傷部では通常形成される繊維牲瘢痕の形成が抑制されていた。 OEC細胞の移植はもっとも有望な脊髄損傷の臨床的治療法と考えられ、すでに世界各国でヒトへの応用が始まっている。しかしこれまで、OECの移植による神経再生促進のメカニズムは不明であった。今回の結果は、以前からわれわれが提唱している「繊維性瘢痕が中枢神経系における軸索再生の阻害因子である」こと(Kawano et al.,2005;2007;Li, et al.,2007)を支持するとともに、OEC移植による脊髄損傷の治療法に理論的根拠を与える意味でも極めて重要な意味がある。

93. Kimura-Kuroda J, Teng X, Komuta Y, Yoshioka N, Sango K, Kawamura K, Raisman G, Kawano H
An in vitro model of the inhibition of axon growth in the lesion scar formed after central nervous system injury. Molecul. Cellul. Neurosci. 43/2 (2010) 177-187.

線維性瘢痕は線維芽細胞が集塊を形成し、その周囲をグリア瘢痕が囲んでいる。そこで、脳のアストロサイトと髄膜線維芽細胞を共培養し、これにTGF-β1を加えたところ、線維芽細胞が増殖し、数日後には細胞集塊を形成した。この細胞集塊は内部に線維芽細胞が集積し、その周囲をアストロサイトが取り巻いていた。また、この細胞集塊はCol IVやCSPGを高発現していた。さらにこの培養系に小脳のニューロンを撒くと、アストロサイト上ではニューロンの突起伸長は促進され、線維芽細胞上では抑制された。これに対し、細胞集塊上にはニューロンはほとんど付着せず、突起伸長も著しく抑制された。これらの所見はTGF-β1によって誘導された細胞集塊が、中枢神経系の損傷部に形成される線維性瘢痕と、構造や発現する分子、軸索伸長抑制作用などの点でよく似ていることを示しており、損傷後の中枢神経系における線維性瘢痕の形成にはTGF-β1が関与することが示された。

94. Komuta Y, Teng X, Tanagisawa H, Sango K, Kawamura K, Kawano H
Expression of transforming growth factor-beta receptors in meningeal fibroblasts of the injured mouse brain. Cell Mol. Neurobiol. 30 (2010) 101-111.

線維性瘢痕の形成メカニズムやその神経再生阻害の機構についてはよく分かっていない。線維性瘢痕の形成には損傷後増加する種々のサイトカインが関与すると考えられるが、中でもtransforming growth factor-β1 (TGF-β1) は線維芽細胞の増殖と細胞外マトリックスの合成を促進する作用を持つことから、線維性瘢痕の形成に関係する可能性が高い。そこで、まず損傷後の脳におけるTGF-βの受容体の局在をin situハイブリダイゼーション法により調べた。正常マウスの脳ではTGF-β受容体はほとんど検出されないが、損傷1日後に髄膜の線維芽細胞に受容体が発現し、その後それらの線維芽細胞は損傷部に侵入して増殖し、線維性瘢痕を形成した。この結果から、線維性瘢痕を形成する髄膜線維芽細胞が、損傷後に増加するTGF-β1の主要な標的であることが初めて明らかになった。

チームリーダー川野仁による、93.と 94.の要約を下記する。
培養系でコンドロイチン硫酸 (CS) の作用を調べた。すなわち、髄膜線維芽細胞と脳アストロサイトの共培養にtransforming growth factor-β1( TGF-β1) を加えると線維性瘢痕様の細胞集塊が形成されるが、この培養系にコンドロイチナーゼABC (ChABC) を添加してCSを分解するとTGF-β1の作用がなくなることを発見した。そこで共培養系にCSを加えると、TGF-β1同様、細胞集塊が形成された。以上の実験から、CSそのものが線維性瘢痕の形成に関与する可能性が示された。
現在、脊髄損傷の治療法としてもっとも有望視されている嗅球の髄鞘化細胞(OEC)の損傷部への移植は、いまだにその再生促進のメカニズムが明らかでない。ラット嗅球よりOECを採取し、培養した後にラット中脳ドーパミン線維の切断部に移植した。OEC移植2週後では有意に神経再生が促進されていた。移植群では、グリア瘢痕やコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)の発現は損傷のみと変わらなかったが、線維性瘢痕の形成は完全に抑制されていた(図A)。髄膜から採取した線維芽細胞を移植すると、OECと同様に線維性瘢痕の形成は抑制されたが、神経再生はOECほど促進されなかった。OECは線維芽細胞より軸索伸長の促進作用が強いものと思われた。実際、OECは種々の神経栄養因子を産生することが知られている。したがって、われわれはこれまで不明であったOECの移植による再生促進効果が、線維性瘢痕の形成抑制と軸索伸長促進にあることを初めて明らかにした(Teng et al., 2008)。最近、幹細胞を用いた再生医療が持て囃されているが、こと脊髄損傷の治療に関しては、神経幹細胞やiPS細胞などの移植がOECに比べて優れている点は特にないように思われる。
ラットの脊髄損傷部にOECを移植した。下位胸髄を微小ナイフにより切断すると、下肢の運動は麻痺し、10週後にいたるまでほとんど回復しなかった。脊髄損傷部は髄膜と接するためか、脳に比べ巨大な線維性瘢痕が形成されていた。上行性(知覚性)のカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)を含む線維と、下行性(運動性)のセロトニン線維は損傷部を越えて再生することはなかった(図A上段)。一方、OECを移植したラットは術直後では下肢の麻痺が見られたが、徐々に回復し、BBBスコアを用いて下肢の関節運動を判定すると有意に運動機能が改善していた。
組織学的に解析すると、脳の場合と異なり、脊髄損傷部にはOEC移植群でも線維性瘢痕が存在していたが、移植組織内では線維性瘢痕の形成は抑制されていた。また、多数のセロトニン線維とCGRP線維が移植組織内を伸長し、損傷部を越えて再生する線維も有意に増加していた(図A下段)。以上の結果から脊髄損傷部においても細胞移植が線維性瘢痕の形成を部分的に抑制することで神経再生を促進し、運動機能を改善させることが示された。


図A 胸髄損傷部へのOEC移植は神経再生と機能回復を促進する


研究成果のまとめ 

 線維性瘢痕は損傷部を隔離する「カサブタ」のようなものである。中枢神経系の損傷後の組織修復過程では、損傷直後からIL-1、IL-6、CNTF、LIFなどの炎症性サイトカインの発現が増加し、それがアストロサイトの増殖を促してグリア瘢痕を形成させる。一方、TGF-β1は損傷数日後から発現が増加し、CSPGを増加させる。CSPGにより、髄膜の線維芽細胞は損傷部に侵入・増殖して線維性瘢痕を形成し、その結果、神経再生が阻止されると考えられる。本プロジェクトで示した神経再生モデルはいずれもこのカスケードの特定の段階を阻害することで線維性瘢痕の形成を抑制した(図B)。

図B 組織修復のカスケードと各段階の阻害による神経再生促進


2011年

95. Yoshioka N, Kimura-Kuroda J, Saito T, Kawamura K, Hisanaga S, Kawano H: Small molecule inhibitor of type I transforming growth factor-β receptor kinase ameliorates inhibitory milieu in injured brain and promotes regeneration of nigrostriatal dopaminergic axons. J. Neurosci. Res., 89:381-393, 2011.

  Transforming growth factor-β(TGF-β), a multifunctional cytokine, plays a crucial role in wound healing in the damaged central nervous system. To examine effects of the TGF-β signaling inhibition on formation of scar tissue and axonal regeneration, the small molecule inhibitor of type I TGF-β receptor kinase LY-364947 was continuously infused in the lesion site of mouse brain after a unilateral transection of the nigrostriatal dopaminergic pathway.
  At 2 weeks after injury, the fibrotic scar comprising extracellular matrix molecules including fibronectin, type IV collagen, and chondroitin sulfate proteoglycans was formed in the lesion center, and reactive astrocytes were increased around the fibrotic scar.
  In the brain injured and infused with LY-364947, fibrotic scar formation was suppressed and decreased numbers of reactive astrocytes occupied the lesion site.
  Although leukocytes and serum IgG were observed within the fibrotic scar in the injured brain, they were almost absent in the injured and LY-364947-treated brain. At 2 weeks after injury, tyrosine hydroxylase (TH)- immunoreactive fibers barely extended beyond the fibrotic scar in the injured brain, but numerous TH-immunoreactive fibers regenerated over the lesion site in the LY-364947-treated brain. These results indicate that inhibition of TGF-βsignaling suppresses formation of the fibrotic scar and creates a permissive environment for axonal regeneration.

TGF-β (transforming growth factor-β、形質転換成長因子β ) は多彩な機能をもつサイトカイン(各種の血球細胞の増殖と分化を制御するタンパク質性の生理活性物質の総称)で、損傷を受けた中枢神経系の創傷治癒に重要な役割を演じている。TGF-β シグナル伝達の抑制が瘢痕形成と軸索再生に及ぼす効果を調べる目的で、マウスの黒質・線条体路を一側性に切断した後、損傷部位にI型TGF-β受容体のリン酸化を抑制する低分子阻害剤であるLY-364947を持続的に注入した。
 損傷の2週後では、損傷中心部にフィブロネクチン、IV型コラーゲン、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンを含む細胞外マトリックス分子から構成される繊維性瘢痕が形成されており、且つ、繊維性瘢痕の周辺には反応性アストロサイトが増殖していた。しかし、脳損傷後にTGF-β阻害剤を注入した例では、繊維性瘢痕の形成は抑制され、反応性アストロサイトの数は減少していたが、損傷部を占有していた。
 損傷脳では、白血球とIgG (免疫グログリンG)が繊維性瘢痕の内部には認められたが、損傷後にLY-364947を注入した脳ではほとんど認められなかった。そして、損傷2週後の脳では、TH(チロシンヒドロキシラーゼ)免疫陽性の線維が繊維性瘢痕を越えて再生するものは稀であったが、LY-364947を投与した脳では多数のTH陽性線維が損傷部位を越えて再生していた。
 以上の実験結果は、TGF-βシグナル伝達 (signaling) の抑制は繊維性瘢痕の形成を抑えて軸索再生にとっての望ましい環境を作り出していることを示している。

2013年

96.Urakami Y, Kawamura K , Washizawa Y, Cichocki A : Electroencephalographic Gamma-band Activity and Music Perception in Musicians and Non-Musicians. Act Nerv Super 55(4) 101-132. 2013

音楽は認知と運動と情動の3つの系が連動して活動した結果起こる高次神経(精神)活動のひとつのaspect(現象形態)である。ブローカ領域を含む前頭前野と、ウエルニッケ領域を含む後連合野が関与する。前頭葉の腹側部(眼窩前頭皮質)と側頭極が関与する。これら両皮質域は、ともに扁桃体との間に相互連絡が存在する。音楽の情報処理課程は、より高度なレベルでの認知と情動との統合の結果を示唆する可能性がある。

Pathos;情動機構については、海馬、扁桃体、視床下部などを包括する大脳辺縁系 Logos;認知機能については、後連合野、前連合野(前頭前野)を軸とする機能で、 大脳皮質の領域的、構造的発達、連合繊維を含む神経回路の発達が関与する。

1)音楽訓練によるトーン,ハーモニー,ピッチ,メロデイ(音の高低・強弱)に関する聴覚的な情報処理過程の差をあらわす可能性だけではなく、
2)自己意識(self-conscious) と注意(attention)に関わるより高次な脳内神経基盤がか かわる可能性(Default-mode network,Dorsal attention networkとの関連) を示唆する。

安静時脳活動は、「遂行機能のコントロール」のネットワークを含む背外側前頭皮質(DLPFC)と頭頂葉と、「情動回路」に関する両側前交連,前帯状回, 扁桃体、視床下部が関連する。左前交連、前帯状回の近傍、前頭前野内側部(MPFC) は両方の回路に含まれており、認知機能に対する情動的気づき(emotional awareness)と,認知と情動にかかわる脳の基盤が関連する可能性がある。 γ活動は、音楽という経験や学習による自己意識や注意、情動をより高度に統合する脳 内過程を反映する可能性がある。

97. 浦上裕子, 川村光毅, 鷲沢嘉一, 日吉和子, アンジェイ・チホツキ :音楽認知におけるγ活動の意義 ―意識・認知との関連からー 臨床神経生理学41.4.209−219.2013.

音を音楽的に認識し、ハーモニー、音韻、旋律など音楽を認知することで前頭前野が活動し行動が起こる。音楽大学学生5名、音楽専門家1名、特別な音楽的トレーニングを受けていない大学生5名(21-25歳、男9名、女2名)対象として60ch脳波を用いて安静閉眼時、「Dvorak新世界より」「Mozartレクイエム」を聴取時およびその直後にイメージした時の脳活動を計測し、音楽認知の神経基盤を明らかにすることを目的とした。Morlet Waveletによる時間周波数解析を行い、各周波数帯域の平均信号強度をRoot Mean Square (RMS)として求め成分比較を行った。音楽聴取時は無音安静閉眼時に比べて、δ、α、β、γ活動に有意の現象を認めた。とくにγ活動の減少が最も大きく、全脳部位で有意に減少した。音楽家は音楽聴取時・イメージ時ともに前頭部γ 活動が減少,非音楽家はイメージ時には前頭部γ活動が増加した。音楽家と非音楽家のγ 活動の差は,音楽という経験による意識や注意,情動の統合や潜在記憶の差を反映する可能性がある。

Music perception involves acoustic tone activity and scene (melody, harmony) analysis, as well as its processing of musical syntax and semantics, that lead to the activation of premotor (and active motor) actions. The present study aimed to clarify the underlying neural networks during music perception by musicians and non-musicians. We examined spontaneous brain activities in six musicians (five musically trained students and one singer), and five non-musically trained students while listening to Dvorak's “From the new world” and Mozart's “Requiem” for 150 seconds for each piece, imaging, the music for 60 seconds thereafter, using 60-ch electroencephalography (EEG). The data were analysed and compared with those of the resting state. We adopted Morlet Wavelet time-frequency analysis, and Root Mean Square (RMS) was calculated in each frequency-band (Delta: 1-4 Hz, Theta: 4-8 Hz, Alpha: 8-13 Hz, Beta: 13-30Hz, Gamma 30-50 Hz). During listening to the music, gamma activity was significantly decreased, especially in the frontal and anterior-temporal regions. While imaging the music, the musicians’ gamma activity was significantly decreased in the entire cortical areas, whereas the non-musicians’ gamma activity increased in the frontal area. Likewise, alpha activity was significantly decreased during listening to the music, and increased during imaging the music.A gamma-activity decreased during perception of the music, especially in the prefrontal cortex in musicians; it is strongly related to the integration of recognition and emotion which reflects the processing of music in a highly integrated consciousness level. The frontal gamma activity shown here may indicate that musicians image the music in the same or similar condition as they are listening to the music that is, they do image and replay the music in the implicit memory compiled from the explicit acoustic memory while listening to the music. The differences as evidently shown in music perception between well-trained and non-trained students may reflect the differences of their education in musical experiences and expert skills obtained in their music carrier.

98. Urakami Y, Washizawa Y, Kawamura K, Hiyoshi K, Cichocki A : Gamma-band Synchrony; Role of Music Perception in the Brain. Clin EEG Neurosci, 2013, 44: 70, p85.

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