川村光毅 業績集(総説類)


1974年

1. 川村光毅 大脳皮質の連合線維について、形態学的所見をもとにした皮質機能の考察、 岩手医誌、26 (1974) 629-639. Kawamura, K. Association fibers of the cerebral cortex. A functional consideration of the cortex based upon morphological findings, J. Iwate Med. Ass., 26 (1974) 629-639.

 当時はこの領域への関心が薄かったので、その重要性を訴えるべく、啓蒙の意を込めて一気に書いた。

1975年

2. 川村光毅 解剖用遺体と解剖学教育、岩手医誌、27 (1975) 223-228. Kawamura, K. Cadaver and education in amatomy, J. Iwate Med. Ass., 27 (1975) 223-228.

 30代の新米教師の教育観が出ていて、後から読むとほほえましい論説である。

1977年

3. 川村光毅 "連合領"の線維結合(T)皮質間結合。サルとネコの皮質間結合の比較と "連合野"の発達についての試論、神経進歩、21 (1977) 1085-1101. Kawamura, K. Corticocortical fiber connections of the "association" areas. Comparison of the fiber connections of cats with those of monkeys with comments on the development of the "association" cortex, Adv. Neurol Sciences, 21 (1977) 1085-1101.

 本書は、1977年までに発表されたネコとサルの同側半球性の皮質間結合、すなわち、連合線維の論文を調べて整理したものである。この分野の総説としては、国際的にも無く、当時いわゆる有名人から Figures の英文による説明を何度か求められた。とくに連合野に出入する連合線維に焦点をあて、ネコとサルでみられる線維結合の構成パタンを比較することにより、その法則性を探り、1940-43 年に Bailey らによって発表された数少ないチンパンジーに関するストリヒニンスパイクによる所見をも考察に入れて、皮質連合野の発達と大脳皮質のもつ階層性についても考察を加えた。気合いを入れて集中して書いたことを覚えている。

4. 川村光毅、紺野敏昭、千葉明善 軸索流を利用した神経解剖学的研究。とくにその問題点について、 千葉医学、52 (1977) 67-75. Kawamura, K., Konno, T., and Chiba, M. Use of axonal flow for studies of neuronal connections in the central nervous system, with comments on some disadvantages, Chiba Med. J., 53 (1977) 65-75.

 本書は、中枢神経系の線維結合の研究の新しい技術として、1971-1973年以降、登場した軸索流を利用した方法、すなわち、HRP(horseradish peroxidase)法およびARG(autoradiograph)法について、実験手技上、標本観察上の種々の問題点について検討し、必要な考察を加えたものである。意外にリプリントの請求が多かった論文で驚き、且つ。貢献したらしいので満足したものである。

1980年

5. 川村光毅 小脳の帯状構造とオリーブ小脳投射、生体の科学、31 (1980) 139-148. Kawamura, K. Zonal organization in the cerebellum and olivocerebellar projections. Seitai no Kagaku, 31 (1980) 139-148.

本書は、小脳にみられる前後方向の帯状域(longitudinal or sagittal zones)、帯細域(microzones)など登上線維の終止域に符合して存在する「帯状構造」について論説してたものである。小脳の帯状構造の概念とその変遷についても形態的、機能的な側面から解説し、考察した。焼き直しの邦文総説を書くのが嫌で、即座に拒否反応示していた頃に、そうしないと日本では成功しないよと忠告された恩人に感謝して捧げたもの。

6. 正村和彦、川村光毅 大脳半球間結合の解剖学、神経進歩、24 (1980) 497-516. Shoumura, K., and Kawamura, K. Anatomy of interhemispheric connections of the cerebrum, Adv. Neurol. Sciences, 24 (1980) 497-516.

 本書は、左右の大脳半球を結ぶ交連線維(脳弓交連、前交連および脳梁がある)についてまとめたものである。ネコの皮質全領域について考察しているが、とくに、視覚野について、その脳梁結合の分布パタンおよび生後の発達、層分布、シナプス結合、細胞構築との関係などについて詳しく論じた。

7. 川村光毅 連合野の皮質間結合、日本医学会雑誌、 88 (1980) 8-14. Kawamura, K. Intercortical connections of the association cortex, J. Jap. Med. Ass., 88 (1980) 8-14.

 日本医師会のシンポジウム講演原稿に加筆したもので読みやすいかと思う。

1982年

8. 川村光毅 角回を中心とする皮質間線維連絡、失語症研究、 2.(1981) 13-19. Kawamura, K. Corticocortical connections with particular reference to the angular gyrus, Higher Brain Function Res., 2 (1982) 13-19.

 本書は、ヒトの角回(gyrus angularis,39野)−縁上回(gyrus supramarginalis, 40野)と共に後連合野内の後部言語皮質(広義のWernicke領域)に属する部分−およびその周辺部の皮質間結合について、動物(ネコおよびサル)実験で得られた結果を検討しながら、形態学的に、また、一部進化論的立場からも考察したものである。動物間の比較や感覚性(Wernicke)および運動性(Broca)言語野にも言及した。

1984年

9. 川村光毅 視蓋・小脳投射系を中心とする視覚運動および聴覚運動に関する考察、 脳と神経、36 (1984) 1149-1158. Kawamura, K. Visuomotor and audiomotor mechanisms involving tectocerebeller system, Brain and Nerve, 36 (1984) 1149-1158.

 本書は、数年来の自家所見に基づいて、遠隔受容刺激(しばしば視覚および聴覚刺激をまとめてこのように呼ぶ)の小脳虫部の「視・聴覚野」(1940代から50年代にSniderらにより電気生理学的に定められた)への伝達経路について、主として形態学的立場から著した総説である。視覚と聴覚の小脳への伝達に関する領野は上丘内では隣接する層に分かれて存在しており、橋核では一部重複するが大部分は分離しているが、小脳皮質での機能領域は大部が重複している。この小脳領域の機能的考察も行なった。マトメの頁の「ファウストとメフィストの対話」は自慢の脚本である。

10. 川村光毅、鈴木 満 、谷口和美、二宮修也 小脳への神経組織の移植、生体の科学、35 (1984) 338-347. Kawamura, K., Suzuki, M., Taniguchi, K., and Ninomiya, S. Neural transplantation in cerebellum, Seitai no Kagaku, 35 (1984) 338-347.

 本書は、神経組織の脳内移植に関する私共の最初のまとまった総説であり、その研究方法、胎生9-18日齧歯類脳の種々の部位から採取した組織片を小脳内に移植した時の所見結果の解釈、脳の移植と免疫の問題、神経再生や失われた機能の回復をめざした有用性と実用性などの問題について考察した。本邦におけるこの種の総説の「はしり」であった。

1985年

11. 川村光毅、伴 亨、鈴木 薫 頭頂葉の構造、Clinical Neuroscience, 3/1 (1985) 18-21. Kawamura, K., Ban, T., and Suzuki, K. Structure of the parietal lobe, Clinical Neuroscience, 3/1 (1985) 18-21.

 ヒトの頭頂葉について皮質構造の特徴と線維連絡について論じた。味気のない論文だがまとまっている。

12. 川村光毅 前頭葉の解剖学 −前頭前野の皮質間結合を中心に−、 精神医学、27 (1985) 611-617. Kawamura, K. Anatomy of the frontal lobe with particular reference to corticocortical connections of the prefrontal area, Clinical Psychiatry, 27 (1985) 611-617.

 本書は、この時点までに発表された前頭葉の皮質間線維連絡に関するサルの知見をまとめたものである。サルの前頭前野はFD野あるいは、8-12野を含み、機能的には遅延反応や弁別学習、行動のプログラミング、さらに記憶(の保持)などに関連する領域である。解剖・生理学的研究に基づいて、現時点で求められるヒトの前頭葉に関する線維連絡と機能について考察した。

13. 川村光毅 脳組織の移植、生体の科学、36/4 (1985) 328-329. Kawamura, K. Brain tissue transplants, Seitai no Kagaku, 36/4 (1985) 328-329.

1987年

14. 川村光毅, 小野勝彦 大脳辺縁系の解剖学、 Clinical Neuroscience, 5/2 (1987) 132-138. Kawamura, K. and Ono, K. Anatomy of the limbic system, Clinical Neuroscience, 5/2 (1987) 132-138.

 本書は、海馬、扁桃体、視床下部などが包含される大脳辺縁系について、それらの形態学的特徴、領域間の線維連絡、機能などについて最新の知見をもとに総括し、考察したものである。大脳辺縁系は、一方で終脳の新皮質との相互結合関係が意外に強く、他方では視床下部との結びつきも強いという複雑な特異なシステムである。新皮質から海馬体への入力は必ず嗅内野・海馬台(ヒトでいう海馬旁回parahippocampal gyrus)を介している。固有の海馬ないし海馬体は、"大脳の辺縁" の奥まった所にあって視床下部を含めた脳幹部から入力される生存に必要な要素と連合野からの高度な情報を一時的にでも結びつける事により、一般記憶の記銘過程や空間記憶の保持に関連した作業に関与している。他方、扁桃体は側頭葉極や下部側頭葉皮質や前頭葉の腹側部および眼窩面皮質など、感情・情緒に直接または間接的に関連する皮質と比較的強く相互に結合している。その上、扁桃核は味や臭いや自律神経系統の皮質下核と結合しており、皮質−扁桃核間の神経回路が働くことによって、賞罰、報酬などの意味づけ、動機づけ(ないし連合表出)などの形成がなされる。このようにみてくると、大脳辺縁系は大別して、記憶変換器としての海馬体系と、感情表出複合体としての扁桃体系とから構成されているとみなしうる。

15. 川村光毅 神経組織の移植−小脳組織、 日本医師会雑誌、98 (1987) 1277-1284. Kawamura, K. Neural tissue graft - Cerebellar tissue, J. Jap. Med. Ass., 98 (1987) 1277-1284.

 本書は、小脳系を中心として、神経系の再生、再構築、機能修復を求めて移植の研究を始めてから3-4年を経過した時点で得られた結果に基づいて、わたくしの考えをまとめたものである。小脳は線維連絡上、部位局在の関係が厳格に定められており、specificな神経回路網が形成されている領域であり、その点、diffuseな投射系をもつ黒質・線条体系とは異なっている。この点も考慮に入れて再生、可塑性、修復の問題について考察した。

16. 鈴木 満、菊池康文、七海敏之、二宮修也、川村光毅 ラットを用いた中枢神経系組織の移植実験 −神経発生生物学的研究の一手技−、 岩手医学誌、39 (1987) 749-760. Suzuki, M., Kikuchi, Y., Nanami, T., Ninomiya, S., and Kawamura, K. Neural transplantation in the adult rat brain: a technique of developmental neurobiology, J. Iwate Med. Ass., 39 (1987) 749-760.

17. 川村光毅、小野勝彦、中嶋裕之、伊達 勲 脳組織の移植と神経系の可塑性の研究、 山陽放送学術文化財団リポート、31 (1987) 41-45. Kawamura, K., Ono, K., Nakashima, H., and Date, I. An investigation of neural grafting and nervous plasticity, Sanyo Brodcast. Acad. Culture Report, 31 (1987) 41-45.

18. 川村光毅、西野仁雄 移植脳とシナプス形成、代謝、 24 (1987) 3頁分(眼で見るページ284) Kawamura, K., and Nishino, H. Transplanted brain and synaptic formation, Metabolism and Disease, 24 (1987) pp.3.

 脳の障害部位に神経組織を移植して、失われたその部位の持つ機能を少しでも回復させようとするアプローチについて検討した。神経回路網を再構築できるかが一つの鍵となるが、そのdiffuse 系の代表としてドパミン投射系を、point-to-point 系の代表としてオリーブ小脳投射系を選んで考察した。

19. 川村光毅、七海敏之、菊池康文 齧歯類小脳内への神経移植、日本臨床、 45 (1987) 2992-2996. Kawamura, K., Nanami, T., and Kikuchi, Y. Neural transplant in the rodent cerebellum, Jap. J. Clin. Med., 45 (1987) 2992-2996.

1988年

20. 伊達 勲、川村光毅、中嶋裕之、西本 詮、小野勝彦、湯浅茂樹 同種同系間、同種異系間および異種間の齧歯類脳組織の移植と免疫反応、 神経進歩、 32/5 (1988) 831-838. Date, I., Kawamura, K., Nakashima, H., Nishimoto, A., Ono, K., and Yuasa, S. Immunological reaction to syngeneic, allogeneic, and xenogeneic neural transplants in rodents, Adv. Neurol. Sciences, 32/5 (1988) 831-838.

 本書は、種々の系統のマウスおよびラットの間でのいわゆる同種異系間および異種間の移植における免疫反応について考察した総説である。移植時における主要組織適合抗原(MHC抗原)の発現、拒絶反応時の細胞浸潤、反応性グリア、血液脳関門などについて考察した。

1989年

21. 川村光毅 脳組織の移植と免疫反応、医学のあゆみ、 149/8 (1989) 636. Kawamura, K. Neural tissue grafts and immune reactions, Igaku no Ayumi, 149/8 (1989) 636.

1990年

22. 湯浅茂樹、川村光毅 哺乳動物脳内への神経細胞の移植、 蛋白質 核酸 酵素 増刊号「神経生化学 上」、35/4 (1990) 389-398. Yuasa, S., and Kawamura, K. Transplantation of neural cells into the mammalian brain, Protein, Nucleic Acid and Enzyme, 35/4 (1990) 389-398.

 本書は、哺乳動物における神経細胞の移植について、この数年間行なわれた私共の研究成果を客観的に検討し、評価せんとしたものであり、将来の展望をも含めた。現在、脳の再構築が起こる際の、神経細胞や神経膠細胞の役割を分子レベル、遺伝子発現のレベルで解明することが必要であり、その際に産生される物質の同定や、それにともなう形態的変化を証拠として提示することが求められている。

1991年

23. 川村光毅 神経組織の脳内移植についての私見、特集ー脳の移植と再生、 生体の科学、 42/2 (1991) 82-85. Kawamura, K. Neural transplants into the brain, Seitai no Kagaku, 42/2 (1991) 82-85.

 本書は、神経組織の脳内移植に関する関する近年の重要なイベントの若干例を年代順に挙げて、ポイントとなる視点を浮き彫りにして解説したものである。そして神経移植の現状をW.S.Churchill(1942)の言を引用して"it is the end of the beginning."と規定した。@Raismanら(1969)による軸索終末の発芽や可塑的変化の発見、AAguayoら(1981)によるPNSをCNSにつなげる橋渡し移植の発想、BBjorklundら(1985)による移植脳内における新生シナプスの形成などを紹介した。

24. 湯浅茂樹、今城純子、鶴嶋英夫、川村光毅 臨床からみた神経栄養因子、末梢神経再生の面から、 Clinical Neuroscience, 9/12 (1991) 1326-1330. Yuasa, S., Imaki, J., Tsurushima, H., Kawamura, K. Neurotrophic factors--from aspects of peripheral nerve regeneration. Clinical Neuroscience, 9/12 (1991) 1326-1330.

 本書は、末梢神経の再生過程は、その発生過程と多くの共通性をもち、また、中枢神経系の再生機構に対しても多くの洞察をあたえるという立場から書かれたものである。この末梢神経系の再生現象の細胞生物学的および物質的基盤について、再生過程を促進する神経成長栄養因子群、細胞接着因子群とそれらの受容体の意義を中心に解説した。最後に、中枢神経系と末梢神経系における再生現象を比較検討した。

1992年

25. 川村光毅 神経移植の現況と展望 Clinical Neuroscience 10/9 (1992) 976-977. Kawamura, K. Neural transplantation, present and prospect, Clinical Neuroscience, 10/9 (1992) 976-977.

 本書は、神経移植と機能の再生というテーマで組まれた特集の巻頭言として、神経移植の現状について、パーキンソン病の治療をめざした移植手術にも言及して書かれた。また、最近、分子生物学、細胞工学を駆使した神経発生生物学の発展により種々の神経栄養因子、細胞接着因子も発見され、受容体も明らかにされ、これらの遺伝子発現や制御の機構も研究することが可能となった。新しい手法を導入することにより、中枢神経系における再生能力発現の研究が発展することが期待される。

26. 湯浅茂樹、川村光毅 小脳発生と接着因子、特集 神経系のプロテアーゼ・細胞接着・ガイド因子、 神経研究の進歩、 36/5 (1992) 813-828. Yuasa, S., Kawamura, K. Cell adhesion molecules in the development of the cerebellum, Advances in Neurological Sciences, 36/5 (1992) 813-828.

 本書は、齧歯類の小脳発生過程を軸にして、個々の過程の現象に対応して発現する細胞接着因子とそれに関連する分子の意義について、私共の研究成績を含めて解説し、総説としてまとめたものである。小脳を構成する各細胞成分の発生、移動、定着、さらに、細胞移動の機序と種々の細胞接着因子、それに小脳発生における神経回路網の形成など広い視野から考察された。

27. 川村光毅、湯浅茂樹、鶴嶋英夫、吉田和彦、村瀬真一、川野 仁 齧歯類小脳の神経移植による再構築−神経発生生物学的アプローチ− 第95回日本医学会シンポジウム記録集 (1992) 109-116. Kawamura, K., Yuasa, S., Tsurushima, H., Yoshida, K., Murase, S., Kawano, H. Reconstruction of the rodent cerebellum by means of neural transplantation, Japan Med. Ass. Record, (1992) 109-116.

 医学会シンポジウムでの発表の内容をまとめたものである。齧歯類の成体小脳内に胎生期小脳組織を移植し、移植組織内でのプルキンエ細胞の分化・成長と宿主内への移動の過程における神経栄養因子や細胞接着因子の発現について検討した。その結果、正常発生過程において細胞移動の際に発現する細胞接着因子tenascinが、移植組織から宿主内へのプルキンエ細胞の移動過程の際にも発現することが認められた。また、移植組織内におけるプルキンエ細胞の分化・成長過程において、正常発生過程と同様に、神経成長因子の受容体が一過性に発現するとともに、移植組織内において、神経栄養因子の一つであるbrain-derived neurotrophic factor (BDNF)の遺伝子発現が認められた。このような所見から、神経発生過程において発現する神経成長栄養因子が成体中枢神経組織の再構築過程にも関与することが示唆された。また、発癌遺伝子(SV 40 T抗原遺伝子の温度感受性変異体)の導入により不死化(immortalize)した神経上皮細胞(V-1細胞)を均一な細胞集団からなる未分化神経細胞のモデルとして移植実験に用いた。そして、in vitroでは一定条件下で分解能を発揮するこの細胞株が、移植後に宿主の脳内で分化・成長し、組織再構築に関わることを明らかにした。

1993年

28. 湯浅茂樹、川村光毅 神経組織分化の細胞機構 −不死化神経細胞株とその脳内移植実験によるアプローチ− −特集:脳神経系の発生・分化と可塑性、 実験医学、 11/10 (1993) 1239-1245. Yuasa, S., Kawamura, K. Immortalization of the neural cells and its application to the developmental neurobiology, Experimental Medicine, 11/10 (1993) 1239-1249.

 本書は、神経系細胞を決定している遺伝子の発現機構に迫る一つの手段として発癌遺伝子の導入により不死化(永久増殖化)された神経系細胞株の脳内移植をとりあげて、神経組織の分化の問題を考察した総説論文である。未分化な神経系の前駆細胞がどのような機構で分化していくかを分子レベルや細胞レベルで明らかにするためには、神経細胞への分化能を保持し、かつ均一な細胞集団を形成するような細胞株を用いることが望ましい。このようなモデルの作製をめざして、分裂中の神経系前駆細胞に発癌遺伝子(SV40T抗原遺伝子、myc遺伝子など)を導入して不死化することにより、神経系細胞に分化可能な細胞株の作成と移植への利用が今後とも試みられると思われる。

1995年

29. 川野 仁、中井茂康、川村光毅、野田哲生 視床下部神経分泌ニューロンの発生過程 POU 転写調節因子 神経研究の進歩、39/5 (1995) 785-800. Kawano, H., Nakai, S., Kawamura, K., Noda, T. Development of mouse hypothalmic neurosecretory neurons and Brn-2, a POU transcription factor, Advances in Neurological Sciences, 39/5 (1995) 785-800.

 POU転写調節因子群のなかでBrn-2は視床下部の室傍核と視索上核に発現する。Brn-2ノックアウトマウスでは室傍核と視索上核の下垂体後葉系ニューロンが消失するが、発生過程を追ってみると、ホモ接合体においても、胎生12日には移動中の下垂体後葉系ニューロンがカルビンヂン陽性細胞として正常マウスと同様に検出される。しかし、胎生14日になると、正常マウスで後葉系ニューロンが視索上核を形成するのに対し、ホモ接合体ではカルビンジン陽性細胞は消失していた。このことから、Brn-2は後葉系ニューロンの発生よりもむしろ、その後の移動・成長に必須の分子であると考えられた。

1998年

30. 川村光毅、小幡邦彦 情動の機構と歴史的考察 脳の科学、20(1998) 709-716. Kawamura, K., Obata, K. Mechanism of emotion, a historical consideration. Brain Science, 20/7 (1998) 709-716

 知・情・意の心的機構複合体である"心"の問題は現在の重要な研究課題である。それを高次神経活動の所産として捉えることが基本とならねばならない。その異常として精神病の発症機構、病態生理を究明していくことが重要である。近代科学の確立以降の情動に関する考え方の流れを知り、異常心理学や精神医学との具体的、戦略的接点を見出すことが今日求められている。デカルト、ベルナールが背負っていた歴史的制約による弱点を克服して、この約百年の間に提唱されたパブロフの言語信号系、マクリーンの三型階層性脳説、ジャクソンの階層理論、エーの器質・力動論をわれわれは単に解釈して満足するのではなく、そこからも新しい武器を構築する素材を発見し発展させたいと思う。

1999年

31. 川村光毅 ロゴスとパトス アニテックス(Laboratory Animal Technology and Science), 11/3 (1999) 12-18. Kawamura, K. Logos and Pathos, Anitechs 11/3 (1999) 12-18.

 表題のパトスとロゴスは観念的・現象的なものではなく、情動系と認識系を表わすキーワードとしての科学的・実体的な意味が込められている。パトス概念の中心である扁桃体には内臓感覚、味覚、平衡覚など原始的なものを含むあらゆる種類の感覚が脳幹および視床から直接入力する。また、扁桃体は大脳辺縁系に属する古い皮質や視床下部と密接に結合し、情動神経回路の中心的な位置にあり、情動に関わる価値判断システムの中核をなしている。魚類、爬虫類の段階では、ここに脳の主座が置かれている。さらに前脳、とくに、その新皮質が発達した動物(哺乳類)では、感覚情報の処理が一層高度化している。質的に最も高い段階に達したものが言語機能(パブロフの条件反射第二次信号系)活動を可能にしているヒトの脳である。脳の質的発達を反映して、その働きも感覚的認識から発展して抽象的認識を可能とするようになる。ここでのキーワードの「ロゴス」は言語野(の機能)を意味している。このように、情動(喜怒哀楽、快・不快)に関わる神経機構が海馬・脳弓・乳頭体および扁桃体を含む辺縁系を中心とした1930年代の理解から、認知機能の座である皮質連合野と結びついて、現在では、高等動物の脳における感覚情報処理が認知システムと情動システムという相互に密接に関連した二重の構造として神経回路の制御機構を弁証法的に考察することができるようになった。

32. 川野 仁、福田哲也、武内恒成、川村光毅 ラット大脳新皮質における神経路形成の分子メカニズム 日本神経精神薬理学雑誌 19 (1999) 79-84 Kawano, H., Fukuda, T., Takeuchi, K., Kawamura, K. Molecular mechanism of pathway formation in the rat neocortex. Jpn neuro-psycho-pharmacology 19 (1999) 79-84.

大脳新皮質の主要な神経路はその発生の初期に形成される。視床からの入力線維(視床皮質路)は新皮質原基内でサブプレートを選択して伸長するが、この経路決定には視床からの軸索に発現する神経接着分子L1とサブプレートに発現するコンドロイチン硫酸プロテオグリカンであるニューロカンとの異分子相互作用が重要であると考えられる。一方、新皮質からの遠心性線維は新皮質原基でサブプレートを避け、その直下の中間帯を伸長する。この軸索には神経接着分子TAG-1が発現し、培養系を用いた実験ではTAG-1発現細胞の突起伸長はニューロカン上では著しく抑制されるので、両者の相互作用が遠心性線維の経路決定に関係することが示された。

2000年

33. 川野仁、川村光毅 視床皮質路形成の分子メカニズム−リーラーマウスと小眼球ラットを用いた解析−蛋白質核酸酵素 45/3 (2000) 279-285 Kawano, H., Kawamura, K. Molecular mechanisms of the pathway formation in the fetal rat cerebral cortex, Protein-Nuclei Acid-Enzyme, 45/3 (2000) 279-285.

 大脳皮質、小脳皮質、海馬などの層形成に異常を示すリーラー突然変異マウスでは視床皮質路の軸索が大脳皮質を斜めに走行する異常がみられる。この動物の胎仔では、L1を発現する視床からの軸索は皮質原基内に斜めのバンドとして発現するニューロカンの発現部位に沿って走行しており、リーラーマウスでも視床皮質路の形成にはL1とニューロカンの異分子間相互作用が重要であることが示唆された。また、転写調節因子Pax-6を欠損する突然変異ラットの胎仔では、視床皮質路の軸索が腹側視床と扁桃体のレベルで走行異常がみられた。異常が生じる部位はPax-6の発現部位と一致することから、Pax-6は視床皮質路の形成に重要であることが分かった。

2001年

34. 川村光毅 脳と音楽 臨床精神医学 増刊号 (2001) 7-16. Kawamura, K. Brain and music, Clinical Psychiatry, Suppl. Vol., (2001) 7-16.

芸術と脳機能という特集号に音楽の素人が厚顔にも参加した。物理的信号の音として内耳の感覚細胞で捉えられて、分解、分析されたものが、形ある意味あるものに(ゲシュタルト)として皮質で統合される神経機構を知りたくて、整理してみた。見てきたような嘘でもいいから音の流れ、神経伝達の回路、低い次元から高い次元への連続と変換、そして如何に音の要素の組み合わせの認知が音楽という芸術にまで高められるのか?

2002年

35.川村光毅 認知機能の脳内基盤について―視覚と聴覚 精神医学 44/8 (2002) 827-837. Kawamura, K. Neural basis of recognition - visual and auditory, Clinical Psychiatry 44/8 (2002) 827-837.

視覚性認知と聴覚性認知の機構について、その類似と相違について考えてみようと思ってペンを走らせた。音と色彩の間の類推などを危険を冒してまで論考するのは非常識だということが判った。物理的論理で追えるのは、せいぜい間脳どまりであろうか。聴覚生理学は視覚生理学に較べて30年の研究の遅れがある。やっと近年興味ある立派な仕事がこの分野で見られるようになった。

2003年

36. 川村光毅 脳の構成と精神機能 ―認知と情動― 兵庫県精神病院協会 会報 23 (2003) 3-22.  Kawamura, K. Organization of the brain and psychiatric function, Hyogo Psychiat. Hospital Circular 23 (2003) 3-22.

精神医療研修会で、脳の形態と機能を勉強してきた者が、実地の精神科医を前に喋らせて頂いた。精神現象は脳の高次機能の総産物であるという趣旨を徹底して貫こうと演台に立ったが、足が震えた。

2007年

37.川村光毅 緊張のしくみ、弾くとき脳はどう働く? Kawamura, K. How the brain works when playing piano. CHOPIN No.277 (2007, Feb.) 21-26

バイエル教則本と音とりの練習でしかピアノに触れたことのない、脳科学者くずれの街の一精神科医が、音楽雑誌「ショパン」さんから依頼されて対談形式にまとめた、一世一代の「名解説」記事。読んでみて悪くない! ディレッタントが書くような、いい加減な内容ではない。有能な編集子、安部香麻子さんが若者こ とばを使って見事に仕上げてくれた。

38. 川村光毅 皮質連合野と小脳の高次精神機能、分子精神医学 7 (2007) 27-36.  Kawamura, K. Cortical association areas and cerebellum, Higher nervous/psychic activities, Molecular Psychiatry 7 (2007) 27-36.

情動、認知、運動、意欲などの「高次神経活動の所産」、すなわち精神活動は皮質連合野を主体とする脳全体の活動の結果として発現するものと考える。
動物は生活環境からの刺激を知覚し、認知し、認識する。これは大脳活動の受動的側面で、感覚野および感覚連合野(=後連合野)の働きに依存する。社会生活を営む人間の場合は、言葉を用いて人と交わり、環境社会に対して能動的に働きかける。この神経活動の主体は大脳皮質、大脳基底核、視床、小脳から成る複数のニューラル・サーキット(神経回路網)が、システム全体として並列的に、連続して円滑に作動し続けられなければならない。この機能を制御し、統括する脳内領域は前頭前野(=前連合野)である。この神経活動の機能的モデルを小脳組織は如何にして作り得るのであろうか?そしていつも想うことだが、若しも150歳のフロイトが現在の精神・神経科学の成果を共有し得たならば、どのように「精神現象」について語り、研究計画を練り直すであろうか?

39. 川村光毅 扁桃体の構成と機能、臨床精神医学 36 (2007) 817-828.   Kawamura, K. Organization and functions of amygdala, Clinical Pychiatry 36 (2007) 817-828.

本稿では、記憶、情動(喜怒哀楽の感情)、認知の基盤を支えている扁桃体について、形態・機能的な面から、1)動物(ラットやサル)実験で得られた知見が人間の精神機能を解釈する上で適用できるかどうか? 2) 総説的な記述ではなく、形態・機能を中心とした基礎的研究およびヒトの脳画像解析や臨床所見から得られる扁桃体に関わる構成(神経回路)の2点に焦点を合わせて考察を試みた。

2010年

40. 川村光毅 情動と音楽の起源―情動の進化と脳機能、生存科学 20B (2010) 77-108.   Kawamura K: Evolutional aspects of the emotional brain, J. Seizon and Life Sci 20B (2010) 77-108.

動物の中枢神経系は、サカナ→トリ→サル→ヒトと進化するにつれて、脊髄→脳幹→大脳辺縁系→間脳→大脳皮質と順次、活動の中心が脳の前方/先端へと移り、機能が「高次化」する。すなわち、「感覚・知覚・認知・認識」、「反射・運動・能動的活動」、「感情・情緒・情動・感性」、「発声/発語・会話/コミュニケーション・歌唱/音楽演奏」などの、それぞれの諸相で、「粗」から「緻」へと表現形態が変化する。
本稿では、「認知、情動、運動」という3つの大きなシステムを柱に据えてみた。そして、音楽表現にスポットを当てて総合的に考察するように試みた。
脳の各部位が全体の系の中で、それぞれの領域/領野が「局所的・特殊的」に活動し、機能を発揮している中で、それらをできるだけ総括的に捉えて考察した試論である。今までどちらかというと関心の低かった、“大脳基底核”について、その重要性に力点を置いた。

2012年

41. Kawano H, Kimura-Kuroda J, Komuta Y, Yoshioka N, Li HP, Kawamura K, Li Y, Raisman G: Role of the lesion scar in the response to damage and repair of the central nervous system. Cell Tissue Res. 349(1):169-180, 2012.

Traumatic damage to the central nervous system (CNS) destroys the blood brain barrier (BBB) and provokes the invasion of hematogenous cells into the neural tissue. Invading leukocytes, macrophages and lymphocytes secrete various cytokines that induce an inflammatory reaction in the injured CNS and result in local neural degeneration, formation of a cystic cavity and activation of glial cells around the lesion site. As a consequence of these processes, two types of scarring tissue are formed in the lesion site. One is a glial scar that consists in reactive astrocytes, reactive microglia and glial precursor cells. The other is a fibrotic scar formed by fibroblasts, which have invaded the lesion site from adjacent meningeal and perivascular cells. At the interface, the reactive astrocytes and the fibroblasts interact to form an organized tissue, the glia limitans. The astrocytic reaction has a protective role by reconstituting the BBB, preventing neuronal degeneration and limiting the spread of damage. While much attention has been paid to the inhibitory effects of the astrocytic component of the scars on axon regeneration, this review will cover a number of recent studies in which manipulations of the fibroblastic component of the scar by reagents, such as blockers of collagen synthesis have been found to be beneficial for axon regeneration. To what extent these changes in the fibroblasts act via subsequent downstream actions on the astrocytes remains for future investigation.

中枢神経系に対する外傷性障害は血液脳関門を破壊し神経組織への血液性細胞の侵入を呼び起こす。入ってきた白血球、マクロファージ(大食細胞)、リンパ球は、損傷された中枢神経組織内での炎症性反応を引き起こす多様のサイトカインを分泌し、局所的に神経変性、嚢胞腔(cystic cavity)形成、グリア細胞の活性化を傷の周りに生ぜしめる。これらが進むと、損傷部位に2つのタイプの瘢痕組織が形作られる。一つは、反応性アストロサイト、反応性ミクログリア(小膠細胞)およびグリア前駆細胞からなるグリア性瘢痕である。他の一つは、損傷部周辺から損傷部位に侵入してきた髄膜(=脳脊髄膜)細胞(meningeal cells)や血管周囲細胞(perivascular cells)によって形成される繊維性瘢痕である。
この境界部では、反応性アストロサイトと繊維芽細胞とが相互に作用してグリア境界膜(glia limitans) を形成する。このアストロサイトの反応は血液脳関門を再構築して神経変性を防ぎ、損傷の拡がりを制するという保護的な役割を担っている。瘢痕のアストロサイトは軸索再生に阻害的であることが注目されている一方で、(アストロサイトの反応が保護的役割を担っているという)今回の総説では、コラーゲン合成の阻害剤によって軸索再生が促進されることを始めとして、瘢痕の繊維芽細胞を操作する最近の多くの研究を網羅している。これらの繊維芽細胞の変化がその下流でどの程度アストロサイトに影響を及ぼしているかについては、今後の研究を待たなければならない。

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