川村光毅 業績集(著書、事典など)


1978年

1. Kawamura, K. How are optic impulses transferred to the cerebellum ? In: Integrative Control Functions of the Brain. (M. Ito, N. Tsukahara, K. Kubota, eds.) Elsevier-Kodansha, Amsterdam-Tokyo, Vol. 1 (1978) 102-103.

 本書は、視覚刺激がどのような経路で、どのようにして小脳皮質虫部中央部(Y〜Z小葉)へ伝達されるのかを簡潔にまとめたものである。

1979年

2. Kawamura, K., Hashikawa, T., Sugiyama, M., and Onodera, S. An autoradiographic study of the tectocerebellar pathways via the pons and the inferior olive in the cat. In: Integrative Control Functions of the Brain. (M. Ito, Ito, N. Tsukahara, K. Kubota, eds.) Elsevier-Kodansha, Amsterdam-Tokyo, Vol. 2 (1979) 110-112.

 本書は、種々の感覚性入力が集中する上丘視蓋部から、橋核あるいは下オリーブ核を経由して小脳皮質に到る神経路について形態学的に調べてまとめたものである。

1980年

3. Brodal, A., and Kawamura, K. Olivocerebellar projection: a review, Adv. Anat. Embryol. Cell Biol., Vol. 64 (1980) pp. 140, Springer.

 本書は、新たに導入されたhorseradish peroxidase (HRP)法とautoradiograph (ARG法)を用いてこの10年間集積されたOsloのBrodalグループと盛岡の川村グループからの成績を骨子にして、「オリーブ小脳路」について総合的にまとめたものである。この書は40年前に書かれたGudden法を用いて得られた所見に基づいて発表された当該投射路の構成パタン(Brodal,1940)を発展的に、より正確に詳しく改定したもので、その後の小脳求心系登上線維路の研究の指針となったものである。

4. 川村光毅、端川 勉 HRP法の再検討とニューロン標識法による神経回路網の研究、脳の統御機能 5「活性物質と神経回路網」 大塚、伊藤編、医歯薬出版、(1980) 123-145.

 本書は、物質(この場合酵素)の軸索流を利用したHRP法についての問題点、改良点、所見の解釈、発展的応用面などについて総説として書かれたものである。

Kawamura, K., and Hashikawa, T. Study of neuronal circuit: Revaluation of the horseradish peroxidase method and neuron labeling, In: Integrative Functions of Brain. (M. Otsuka and M. Ito, eds.), Vol. 5, Ishiyaku-shuppan, Ltd., (1980) 123-145.

1984年

5. 川村光毅 解剖学辞典(中枢神経領域の一部を分担)、中井ら編、朝倉書店 (1984). Kawamura, K. Lexicon of Anatomy: CNS (in part), (J. Nakai et al., eds.), Asakura-shoten, Ltd., (1984)

6. 車田正男、川村光毅 中脳蓋 −上丘を主として−、人体組織学、8巻、小川ら編、 朝倉書店、(1984) 288-298. Norita, M., and Kawamura, K. Mesencephalic tectum, In: Human Histology, Vol. 8 (K. Ogawa et al., eds.), Asakura-shoten, Ltd., (1984) 288-298.

 本書は、構造と機能の関連に重点を置いた組織学の教科書として、中脳視蓋部(上丘)の形態学(Nissl, Golgi,電顕)と線維連絡を中心に運動性機能および体性感覚や聴覚機能などと関連づけながらまとめたものである。

7. 川村光毅 大百科事典(医学部門:脳領域の一部を分担)、平凡社(1984-1985). Kawamura, K. Encyclopedia Heibonsha (Brain in part), (1984-1985).

1986年

8. 川村光毅 小脳の基礎ー小脳の構造、 小脳の神経学 (伊藤、祖父江、小松崎、広瀬 編)、医学書院、(1986) 8-51. Kawamura, K. Structure of the cerebellum, In: Cerebellar Neurology (M. Ito, I. Sofue, A. Komatsuzaki, G. Hirose eds.), Igakushoin, Ltd., (1986) 8-51.

 本書は、小脳の解剖、生理、生化、病理、臨床(診断、治療)などの側面から最新の情報をまとめて統一的に書かれたもので、そのうち、形態の分野を分担した。小脳のマクロ解剖、線維連絡、組織学、臨床解剖の項に分けて記載した。

1987年

9. 川村光毅 カーペンター Core Text 神経解剖学(第3版)共訳、嶋井/監訳、広川書店、(1987) Carpenter's Core Text of Neuroanatomy, translated to Japanese, with others, 1987

1988年

10. 川村光毅 連合野間の統合−T. 解剖、 新生理学大系(監修:勝木、内薗; 総編集:星、伊藤)、第12巻: 高次脳機能の生理学(鈴木、酒田 編)、医学書院、(1988) 284-293. Kawamura, K. Integration of association areas. T. Anatomy, In: Series of New Physiology, Vol. 12, Physiology of Higher Brain Function (H. Suzuki, H. Sakata eds.), Igakushoin, Ltd., (1988) 284-293.

 本書は、高次機能に関係する種々の連合野(前頭、頭頂、後頭および側頭の区分あり)間の連合線維結合の全体像をサルのデータを基にして詳説したものである。言うまでもなく、これら各連合野間の結合関係を明らかにすることは脳の高次機能(記憶、言語、思考など)を形態学的基盤に立って考察し研究を推進する上で重要なことである。

11. 川村光毅、伴 亨 頭頂連合野−T. 解剖、 新生理学大系(監修:勝木、内薗;総編集:星、伊藤)、第12巻: 高次脳機能の生理学(鈴木、酒田 編)、医学書院、(1988) 5-12. Kawamura, K., and Ban, T. Parietal association area. T. Anatomy, In: Series of New Physiology,Vol. 12, Physiology of Higher Brain Function (H. Suzuki, H. Sakata eds.), Igakushoin, Ltd., (1988) 5-12.

 本書は、サルの頭頂連合野皮質の細胞構築、求心性および遠心性の連合線維、および交連線維について考察したものでヒトの頭頂葉の機能についても言及した。

1989年

12. 川村光毅 脳組織の移植とその展望、ブレインサイエンス T(佐藤 編)、 朝倉書店、(1989) 208-217. Kawamura, K. Transplantation of neural tissue, its prospect, In: Brain Science T (M. Sato ed.) Asakura-shoten Ltd., (1989) 208-217.

 本書は、脳の発生と再生の関連、脳組織移植の臨床応用、それと生物学的基礎研究との関連、遺伝子を導入した細胞の脳内移植、免疫反応等の問題について総括的に概説したものである。

13. 川村光毅 神経組織の移植と再生促進 −Introduction,小脳系の移植− 脳の神経栄養因子と先天性代謝異常(永津、吉田、金沢、小川 編)、平凡社、 (1989) 177-194. Kawamura, K. Neural transplantation and regeneration - Introduction, Cerebellar graft. In: Trophic Factors in the Brain and Congenital Metabolic Disorders (T. Nagatu et al., eds.) Heibon-sha Ltd., (1989) 177-194.

 本書は、神経組織の移植により、失われた神経機能の回復をめざすという観点から、この方法の意義を再検討しようとして執筆されたものである。内容としては、神経組織の哺乳動物内移植に関する研究の変遷について概説したのち、生物学的研究とくに神経免疫の問題、機能修復と基礎研究とくに神経線維の再生、軸索終末の発芽、シナプスの形成、組織の再構築などの形態的証拠(evidence)を提示することの重要性について論じた。

1991年

14. 湯浅茂樹、川村光毅 神経損傷と再生・移植、 Annual Review 神経 1991 (後藤、高倉、木下、柳沢、清水 編)、 中外医学社、 (1991) 219-230. Yuasa, S., and Kawamura, K. Nerve injury and regeneration ・ transplantation, In : Annual Review Nerve 1991 (F. Goto et al., eds.) Chugai Med. Ltd., (1991) 219-230.

 本書は、まず、末梢神経系における再生現象について生物学的にその物質的基盤を考察したのち、中枢神経系での修復、再構築の問題を検討した論文である。神経再生の現象は、その段階を@変性組織の処理、A神経細胞体の生存維持、B神経線維、軸索の伸長、C標的の認識とシナプス形成、に分けることができる。これらは基本的には、末梢神経系でも中枢神経系でも同様に進行すると思われる。各過程の細胞生物学的、物質的基盤は、多くの場合正常過程との関連において、in vitroの系で得られた知識が主体となっている。in vivoで検証することが今後の課題である。

1992年

15. 川村光毅 プルキンエ細胞の発生と分化のメカニズム、 神経回路形成の分子機構(佐武編)、 考古堂書店、(1992) 15-16. Kawamura, K. Mechanism of development and differentiation of Purkinje cells, In: Molecular Mechanism of Formation of Neural Circuitry (M. Satake, ed) Kohko-Do-Shoten, (1992) 15-16.

16. Kawamura, K., and Yuasa, S. Development and differentiation of Purkinje cells in the mouse cerebellum. In: Molecular Basis of Neural Connectivity. (M. Satake, et al., eds.) Kohko-Do-Shoten, Niigata, (1992) 18-20.

 本書は、マウス小脳の発達について、とくに小脳細胞の内で、唯一の小脳外に遠心性の線維を送る細胞であるプルキンエ細胞の発生、移動、定着の現象に焦点をあてて、免疫組織化学的に研究したものの概論である。

1993年

17. 川村光毅 最新医学略語辞典(解剖学、組織学を分担)、 第2版、監修:牛場、中央法規、(1993) Kawamura, K. Dictionary of Medical Abbreviations (area of anatomy and histology), 2nd Ed., (D. Ushiba,ed.), Chuoh-hoki, (1993)

18. 川村光毅 認知機能についての機能解剖学的考察―正常と異常― 認知機能からみた精神分裂病、生物学的精神医学、Vol.4.(小島、大熊編) 学会出版、(1993) 183-198. Kawamura, K. Functional-anatomical consideration of the recognition function, In: Schizophrenia from the aspect of recognition function, Biological Psychiatry, Vol 4 (T.Kojima & T. Ohkuma, eds), Gakkai-Publ.(1993) 183-198.

 精神分裂病者における認知機能の障害について考える機会を与えられて、1)認知機能の要素 2)大脳皮質間の結合 3)大脳皮質連合野関連の諸問題 4)皮質連合野と扁桃体・海馬を中心とする辺縁系との関係 5)抽象的認識の獲得と前脳機能の乱れ という項目をたてて考察してみた。

1997年

19. 川野 仁、大山恭司、湯浅茂樹、川村光毅 中脳ドーパミンニューロンの移動と接着因子 神経の再生と機能再建−基礎と臨床(志水、井出、川村、戸谷、東儀 編)西村書店、1997, 93-109. Kawano, H., Ohyama, K., Yuasa, S., and Kawamura, K. Migration and contacting molecules of mesencephalic dopaminergic neurons, In: Regeneration and Functional Rebuilding of the Nerves -- Basic and Clical Medicine (Y. Shimizu et al., eds) Nishimura-Shoten, 1997, 93-109.

 中脳ドーパミンニューロンは中脳基盤内側部で生まれ、最初腹側に、ついで外側に移動し、黒質と腹側被蓋野を形成する。腹側への細胞移動はテネイシンを発現する放射状グリアの突起に沿って起こり、外側へは他の神経軸索に沿って移動する。外側に移動する際にドーパミンニューロンはコンドロイチン硫酸プロテオグリカンの一種フォスファカンを発現し、一方、移動をガイドする神経線維には神経接着分子L1がそれぞれ時期特異的に発現する。両分子は互いに結合することが報告されているので、この異分子間相互作用がドーパミンニューロンの移動に関係することが示唆された。

1999年

20. Ohyama, K., Nogami , H., Horie M., Kawano, H., Kato, M., Miyazono, K., Kawamura, K. Spatiotemporally regulated assortment of activin and bone morphogenetic protein receptors in the developing anterior pituitary of mice Neural Development (K. Uyemura, K. Kawamura, Yazaki T. eds.) Keio University symposia for life science and medicine Volume 2 (1999) 125-128. Springer

 様々な器官形成に関係するアクチビンの受容体ファミリーの局在を発生初期のマウス下垂体前葉で免疫組織化学的に調べたところ、アクチビンIB型受容体とBMPII型受容体が下垂体原基の吻側で陽性であった。これらの陽性細胞はα-糖蛋白サブユニット陽性であり、その後の発達過程でTSH細胞とLH細胞に分化すると考えられた。以上の結果より、アクチビンあるいはBMPは下垂体前葉細胞の発生初期の分化に重要な機能を持つことが示唆された。

21. Kawamura, K., Kawano, H., Fukuda, T., Ohyama, K. Development of the neural circuit in the rat cerebral cortex. Neural Development (K. Uyemura, K. Kawamura, Yazaki T. eds.) Keio University symposia for life science and medicine Volume 2 (1999) 221-230. Springer

 大脳新皮質の神経路の形成には神経接着分子と脳特異的コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの間の異分子相互作用が重要である。神経接着分子L1はプロテオグリカンであるニューロカンと特異的に結合するが、L1を発現する視床皮質路の軸索はニューロカンを発現するサブプレートsubplateに沿って伸長する。一方、T TAG-1発現細胞の突起伸長はニューロカン上では著しく抑制され、ファスファカン上では促進されるが、TAG-1を発現する新皮質からの遠心性軸索はニューロカンを発現するサブプレートを避け、フォスファカンの豊富な中間帯intermediate zone内を伸長する。

22. Takeda, Y., Notsu, T., Kawano, H., Kawamura, K., Asou, H., Uyemura, K. Effect of substance P on a glial cell lineage Neural Development (K. Uyemura, K. Kawamura, Yazaki T. eds.) Keio University symposia for life science and medicine Volume 2 (1999) 333-336. Springer

23. 川村光毅 第3章 神経情報の統合 条件反射と高次機能 脳と神経 分子神経生物科学入門(金子章道、川村光毅、植村慶一編) 共立出版株式会社、(1999) 284-296. Kawamura, K. Chapter 3-6: Conditioned Reflex & Higher Brain Function, Brain and Nerve, Introduction to Neurobioscience (A. Kaneko, K. Kawamura, K. Uyemura eds) Kyoritsu Suppan, 1999, 284-296.

 デカルトによって提示された「反射」の概念がどのように変遷し、発展してきたかを問い、条件反射の成立とその発展の経過をたどりながら、シェリントン、セーチェノフ、パブロフが提唱した概念について考察した。ケプラー / ガリレオによって築かれていた当時の最新の科学であった力学的法則を背景に組み立てられた17世紀の「反射」の概念は、時代と共に進歩する実験科学の研究の成果によって、脊髄反射の研究から大脳皮質レベル、すなわち高次神経活動の分野にわたるまでに拡大されるに至った。以上をベースにして、現在われわれは、精神活動のメカニズムの解析に挑もうとしている。

24. 川野仁、川村光毅 第4章 病態 脳の形態形成とその異常 脳と神経 分子神経生物科学入門(金子章道、川村光毅、植村慶一編) 共立出版株式会社、(1999) 308-315. Kawano, H., Kawamura, K. Chapter 4-1: Morphogenesis and its disturbance, Brain and Nerve, Introduction to Neurobioscience (A. Kaneko, K. Kawamura, K. Uyemura eds) Kyoritsu Suppan, 1999, 308-315.

 脳の形成には各種の遺伝子が重要な働きをしている。発生初期の脳に部位特異的に発現する転写調節因子は脳の領域決定やニューロンの分化に関係することが遺伝子ノックアウトマウスを用いた研究から示されてきた。また、これらの転写調節因子が発現を調節すると考えられる、各種の神経接着分子やプロテオグリカン、膜受容体などの膜表面分子は細胞移動、突起伸長、神経路決定、髄鞘形成などに直接関係する。特に当初は同一分子間で結合することにより作用すると考えられた免疫グロブリンスーパーファミリーに属する神経接着分子は、その後、ラミニンやテネイシンなどの細胞外基質分子や各種プロテオグリカンと結合することが明らかにされ、これらの間の多様な相互作用が脳の部位特異的な多様性を形成するために重要であると考えられる。

25. 神庭重信、川村光毅 第4章 病態 精神分裂病と躁うつ病 脳と神経 分子神経生物科学入門(金子章道、川村光毅、植村慶一編) 共立出版株式会社、(1999) 338-345. Kanba, S., Kawamura, K. Chapter 4-4: Schizophrenia and manic-depressive disease, Brain and Nerve, Introduction to Neurobioscience (A. Kaneko, K. Kawamura, K. Uyemura eds) Kyoritsu Suppan, 1999, 338-345.

 精神分裂病と躁うつ病は、かつては2大精神病とよばれ、脳に明らかな形態異常が認められない疾患として捉えられてきた。しかし、近年の神経科学の進歩、とりわけ分子遺伝学的研究、画像解析、そして神経解剖・生理・化学の進歩により、これら精神病における脳の機能的・構造的異常について解明されようとしている。精神現象を脳の高次機能の所産として捉え、その障害・逸脱が精神の異常、すなわち精神疾患であると理解されるべきである。

2000年

26. 川村光毅 I. 精神医学の基礎となる知識、 脳の形態と機能−精神医学に関連して−、精神医学テキスト (上島国利、立川萬里編) 南江堂、(2000) 12-29. Basic Knowledge of Psychiatry, Anatomy and Function of the Brain in relation to Psychiatry, Nanzando, (2000) 12-29. 及び 改訂第2版 2005年

  精神の異常に悩む人たちと日常的につきあい、彼らに勇気を与えてあげられる職業に従事している若い治療者達を対象としている。病気の原因を考えながら、ダイナミックに勉強して欲しいという気持をもって、中枢神経系の成り立ちを基軸にして、脳を身体の全体の中でとらえるという立場が大切と考えて書いた。項目の内容は、1.脳の形態形成と構成 2.認知機構の形態的ベースとその障害 3.運動機構の形態的ベースとその障害 4.情動機構の形態的ベースとその障害 5.ホメオスターシス(内部環境調節)

2002年

27. 川村光毅 脳と精神/情動と音楽の周辺、「情と意の脳科学―人とは何か―」(松本元、小野武年編) 培風館

異分野研究者交流事業として3年間継続した研究結果を、科学・文化・芸術・教育など人と人間社会のつながりを捉える立場からまとめた。自然科学と人文・社会科学が一体となって、現代が抱える科学技術と人・社会の不調和を解決する糸口をしめすべく期待される大切なテーマと考えた。

2003年

28. 松本元、川村光毅ほか訳、「エモーショナル・ブレイン」、 東京大学出版会、 原著:Joseph LeDoux, The Emotional Brain: The Mysterious Underpinnings of Emotional Life, Brockman, Inc., New York, 1996

原著者のルドゥー教授は情動を脳・神経系の生物学的機能とみなして1970年代後半からこの問題に取り組んできた第一人者である。本邦訳書は、松本元、川村光毅、小幡邦彦、石塚典生、湯浅茂樹が分担した訳を松本と川村が「監訳」したもので、自然科学の立場に立ち正面から情動を扱った、日本語での初めての本となる。

2006年

29. 川村光毅  脳と精神―生命の響き― pp.550、慶應義塾大学出版会、2006

脳の形態学、発生学的研究の成果に立脚した、神経科学と精神医学分野の自分なりの考えをまとめてみた。「脳と精神」を考察するに当たり、 @ 高次神経活動のうち認識系に比して情動系の研究が遅れている、A 視覚系に比して聴覚系の研究が遅れている、B 音の響きと情操という要素の融合する音楽について専門家の関心に応えられる脳研究の成果を自然科学者はもっていない、という課題に向かおうと考えて執筆した。脳と精神を結びつけるに際して、わたくしは、脳の形態学、発生学的研究の成果の上に立脚して、できるだけ自分が関与した研究を通じて思考し、発表した内容を取り入れて論考すべく努めようとした。脳を研究する自然科学者として、事実に基づかない観念論的主張は排除しなければならないと著者は考えつづけてきた。
2007年

2007年

30. Li, H.-P., Kawano, H., Kawamura, K.: Proteoglycans in the developmental cerebral cortex. In Neural Proteoglycans, ed. Maeda N, Research Signpost, p.167-181, 2007.

 プロテオグリカンは多様な機能をもった分子で、脳形態形成の発達途上で複雑な機能を発揮する。コア蛋白の構造、糖鎖形成のパタン、それに成長因子、細胞接着因子、細胞外マトリックス分子(ECM)などの他の生体活性分子と相互作用して、中枢神経系内でも領域で異なる、多様な働き方をする。われわれは、これまでに、リーラーマウス、L1欠損マウス、X線異常被照射ラットを用いて、主として大脳皮質形成(神経細胞の誕生と死、移動)や線維路の形成などについて研究を重ねてきた。本論文では、とくにコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)に属する2つのタイプ、すなわちニューロカンとフォスフォカン、と免疫グロブリン・スーパー・ファミリーに属する接着分子であるL1とTAG-1とのheterophilic な相互作用に焦点を当ててまとめた研究成果である。

31. Kawano, H., Li, H.-P., Homma, A., and Kawamura, K.: Central nervous system injury and chondroitin sulfate proteoglycans, In Neural Proteoglycans, ed. Maeda N, Research Signpost, p.215-228, 2007.

 成体の中枢神経系を損傷したとき、その周囲にニューロカン、フォスファカン、ヴァーシカン、ブレヴィカン、NG2など種のコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPGs)が増加し、反応性アストロサイトが集積し、線維性瘢痕が形成され、神経再生が阻害される。線維性瘢痕の主成分であるIV型コラーゲンの重合を阻害するDPY(2,2'-dipyridyl)を損傷部に投与することによって、神経の再生が起こる。また、コンドロイチナーゼABC(ChABC)を損傷部に投与して、コンドロイチン硫酸を消失せしめたときも、線維性瘢痕の形成を認めず、軸索の再生が見られる。
しかし、新生仔やDPY投与動物では反応性アストロサイトとコンドロイチン硫酸プロテオグリカンが増加しているにもかかわらず、軸索再生が起こる。神経再生の物理的障壁となっているのは線維性瘢痕とそれを取り囲むアストロサイトの突起からなる境界膜(glia limitans)だと考えられる。
ここで、線維性瘢痕の生理的意味を考えてみる。中枢神経系が損傷を受けると、出血が起こり、脳血管関門が破れる。中枢神経系は他の臓器に比べ免疫能が低いので、損傷による感染を防ぐためには脳血管関門を再構築しなければならない。線維芽細胞が線維性瘢痕を、その周囲を反応性アストロサイトが境界膜を形成することは、損傷部を神経組織から隔離する生理的意味があると考える。しかし、いったん線維性瘢痕が形成されると、その内部に切断された再生線維が進入できなくなる。つまり、神経再生を犠牲にして、感染を防いだということになる。なお、細胞外マトリックスとglia limitansの二重構造は正常の脳でも軟膜表面や血管周囲に存在し、脳を外界から守る役目を果たしている。

2008年

32. 川村光毅
音楽する脳のダイナミズム、In: 脳科学と芸術、p. 117-139、小泉英明 編著、工作舎、2008年

サカナやトリにも認知と情動の機構は備わっており、リズミカルに環境に反応して、互いに感情を交えたコミュニケーションをしている。イヌやサルやゴリラでは、声を変化させ、音色を響かせて感情表現をしている。犬の遠吠え、猿の奇声・嬌声、ゴリラのドラミングなど音楽的片鱗をうかがわせる。ところで、更に一ランク上の音楽と言う芸術にまで感性を高めうる機能を彼らの脳は萌芽的にでも備えているだろうか?現在の脳科学はそれを説明できるだろうか? 
その第一歩として、音についての認知、聴覚の話から始めてみた。音の認知のレベルを高めながら、1)音を聞く、声が聞こえる、 2)調べ(旋律)・言葉を聴く、 3)音楽・講演を傾聴する、4)楽器を奏でる・歌を歌う、の順に記述した。

2009年

33. 川村光毅
認知機能の脳内基盤について、In: 精神疾患と認知機能、p. 9-34、精神疾患と認知機能研究会編、山内俊雄 編集総括。新興医学出版社、2009年

動物は視覚、聴覚、体性感覚、味覚、嗅覚などの刺激を受容し、情報を分析する。それらの内で、視・聴覚系はヒトにおいて認知処理機構がよく発達している。本論では視覚と聴覚の認知機能に焦点を絞る。視聴覚認知の研究は進展しているが、情動や記憶や運動の諸機能との関わりを重視することよりも、どちらかというと、認知面での独立した事象として考察されてきた。本稿では「脳はダイナミックに多様性をもって、情動と運動を常に伴いながら、並列的に認知機能処理を行っている」という動的視点に立って考察した。

2012年

34. 川村光毅
視・聴覚機能と芸術−Othello(drama, Shakespeare)とOtello(Opera, Verdi)、
In: 芸術する脳、特別号 2012 pp.54、東京芸術大学内 「芸術する脳を考える会」 2012年12月発行

2011年2月9日に東京芸術大学、芸術する脳を考える会 に招かれて、脳研究者として、専門家の前で、大胆不敵にもCDを使って講演した。というよりは、質問を受けるという形で聴衆から教えを受けた。音楽の脳内基盤について語ったが冷や汗ものであった。話し言葉を文字に起こして呉れたものに補筆して冊子になったものである。認知機能、情動機能、運動機能および各々についての形態・生理面からみた脳内構成と機能について、これからの研究課題を明らかにしようと考えて執筆した。音楽と脳科学の共同作業が期待される。医学、とくに精神医学との接点と大いに関わりがあろう。そのように発展させたい。

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