退職にあたって - 教育とは

川村光毅

 慶應義塾大学には大変お世話になりました。魅力ある学生さんと話をする機会がすくなくなるかと思うと少し淋しい気がします。思えば、教育というものは掴まえにくいものです。広くとると生き方の問題になるし、狭くとると医学教育、もっと狭くとると解剖学、特に個人的には、神経科学の教育ということになります。何でもかんでも教えてやろうと徹夜までして準備した30代の頃が懐かしい。少し生意気になって、個性的な授業をしてみようと模索して、態と分かってないことを話題にしてボソリボソリと喋った40代。予備校のチャート式ネットワーク発想の授業とは違うんだぞと広言して、楽しみながら学生達に話しかけた50代。専門家の講義と思われたくないとの「美学」を発揮しようと努めた60代。なんやかんや言っても一番嬉しいのは学生達の成長であった。ヴェルディのオペラ作品に譬えて、リゴレット、アイーダ、ファルスタッフと進んでいったと言えばカッコいい。学生というのはものを知らないもんだ。と思っていると、数年して国際会議で教え子の立派な発表を聞いて感激し、工夫を凝らして質問し、握手を求めたりしたこともあった。教師冥利につきるとはこのことである。ある研究会のパーティーで、私に試験を落とされたという彼はニコニコしながら胸を張って、ワイン片手に教えてくれた。こうしたかわいい連中を教え育てるには、どう心掛けたらよいのか。随分考えた末に得た解答は「おもいやり」であった。専門の知識は当然のことながら教師の方が数段上である。彼らが今何を望んでいるかを考えて講義をしてやれば、数年にして立派に成長して稔りを返してくれる学生が何人かはいるものだ。こうして、私も彼らに教育された。ありがとう。

慶應義塾大学医学部新聞 2000年3月20日号に掲載

 

[付]

教育基本法

昭和22(1947)年3月31日 法律第25号
昭和22(1947)年3月31日 施行

 朕は、枢密期間の諮詢を経て、帝国議会の協賛を経た教育基本法を裁可し、ここにこれを公布せしめる。

教育基本法
 われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造を目指す教育を普及徹底しなければならない。
 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。


第一条(教育の目的)
 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に満ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。

第二条(教育の方針)
 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

第三条(教育の機会均等)
1  すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。
2  国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によつて修学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。

第四条(義務教育)
1  国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。
2  国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。

第五条(男女共学)
 男女は、互に敬重し、協力し合わなければならないものであつて、教育上男女の共学は、認められなければならない。

第六条(学校教育)
1  法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。
2  法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。

第七条(社会教育)
1  家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない。
2  国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他適当な方法によつて教育の目的の実現に努めなければならない。

第八条(政治教育)
1  良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。
2  法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。

第九条(宗教教育)
1  宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。
2  国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。

第十条(教育行政)
1  教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。
2  教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。

第十一条(補則)
 この法律に掲げる諸条項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が制定されなければならない。

附則  この法律は、公布の日から、これを施行する。