神経症 [英]neurosis [独]Neurose [仏]nevrose 川村光毅のホームページへ

“精神医学事典”、加藤正明、保崎秀夫ほか編集、1975,弘文堂 より(その後1993に新版)引用

 心因性に生じる心身の機能障害で、器質的原因の除外、特有な症状群ないし状態像、それらの発生・固定・消長と心因との相関関係の確認、精神病、心身症、性格障害などとの鑑別によって診断されるが、歴史的には、スコットランドのカレンW. Cullen (1777)が、現代よりはるかに包括的な概念として用いたのが最初である。すなわちカレンは、全疾患をpyrexiae(熱性疾患)、neurosis (神経疾患)、cachexiae(消耗性疾患)、locales(局所性疾患)に分けたが、このneurosisはさらにcomata (卒中や麻痺)、adynamiae(消化不良、心気症)、spasm(舞踏病、てんかん、ヒステリー、心悸亢進、呼吸困難)、vesaniae(幻覚、妄想を示す精神病を含む)の四に分けた。そして、その後の歴史の中で、器質的神経疾患、進行麻痺、てんかん、内因性精神病、内分泌障害その他が独立疾患として「神経症」の概念から排除されたが、このような歴史を担うだけに、現在でもなお、雑多なものが包含される可能性がのこり、細部については、境界のあいまいさがみられる(たとえば正常、性格障害、精神病、心身症などとの間で)。しかしその一方で、19世紀末以降、シャルコー J.M. Charcot, ジャネP. Janet, フロイトS. Freudらによる「心因性」への注目と、これに伴う神経症の心理機制の解明に基づく神経症理論およびそれに基礎をおく神経症の定義・分類が活発になり、より積極的な「神経症」概念の成立がみられるに至った。しかしドイツでは、ゾンマー Sommer (1889)の「心因症」(Psychogenie)の概念以後、心因反応の中に神経症を含める傾向があり、ブラウンBraun(1927)は、心因反応を人格反応と環境反応に分けた。シュナイダー K. Schneider (1957)も、神経症と心因反応を含めて、異常体験反応(abnorme Erlebnisreaktion)とよび、これを外的体験反応(aubere Erlebnisreaktion)、内的抗争反応(innere Konfliktion)に区分し、彼のいわゆる精神病質との密接な関係を認め、後者をいわゆる神経症に相当すると考えたが、神経症という名称はこの病気の本質をあらわしていないから不適当だという。
 神経症の分類は、それぞれの立場・理論によって多岐にわたっているが、一応次のように総括されるであろう。(1)症状学的分類:特有な症状群ないし状態像として、不安状態、心気状態、神経衰弱状態、ヒステリー状態、抑うつ状態、強迫状態、恐怖症状態、離人症状態などがあるが、これらに即して不安神経症、心気症ないし心気神経症、神経衰弱、ヒステリー、抑うつ神経症、強迫神経症、恐怖症、離人神経症などの神経症の病型がの病型が区別される。また米国(APA)では、それぞれをpsychoneurotic reactionsの各反応型として分類していたが、DSM-II(1968)では神経症を、不安神経症、ヒステリー(型)神経症(転換型・解離型)、恐怖(症型)神経症、離人(症型)神経症に分類している。またこのような分類に際して、セネストパチー、神経性無食欲症、自己臭症、離人症、汎神経症、妄想反応などは、それぞれ特異な臨床単位としてのまとまりをもち、神経症の病型の一つとして分類すべきかどうかについては議論があり、さらに精神病(とくに分裂病)との境界例が問題になっている。(2)神経症理論による分類:ジャネのヒステリーと精神衰弱の分類、フロイトの精神神経症と現実神経症、自己愛神経症と転移神経症の区別、精神分析学による転換反応(conversion reaction)と植物神経症(vegetative neurosis)ないし器官神経症(organ neurosis)の区別のような心身機制に即した分類、森田学派による神経質とヒステリーの分類、シュルツJ. H. Schultzの中核神経症、辺縁神経症、層神経症、他者神経症の分類などがある。とくに米国では精神分析学派の見地に基づいて、ヒステリー型神経症は転換型(conversion type)と解離型(dissociative type)に分類されている。(3)神経症的人格との関連による分類:神経症の症状とその背後に神経症的人格との結びに注目し、シュナイダーは、みずから悩む傾向の強い精神病質である無力性(神経質)、抑うつ性(抑うつ)自信欠乏性(強迫)、自己顕示性(ヒステリー)などの精神病質の類型を分類し、ヒラヒW. Reichは症状神経症とその神経症的性格反応基礎(neurotic character reaction basis)に注目し、後者について、ヒステリー性格、強迫性格、マゾヒズム性格、受身的女性的性格、男根期自己愛的性格などを分類した。(4)発病状況による分類:神経症の発病の特異性に即して、外傷神経症、災害神経症、補償神経症、戦争神経症、医原神経症、転移神経症などの概念が用いられている。

(小此木啓吾)