人間学的精神病理学 [独] anthropologische Psychopathologie 川村光毅のホームページへ

“精神医学事典”、加藤正明、保崎秀夫ほか編集、1975,弘文堂 より(その後1993に新版)引用

 現代精神医学は「精神病は大脳病である」(グリージンガー W. Griesinger)という定立から出発したが、臨床の場面で重要な精神症状の大部分は、ただちに脳障害や身体障害に還元できない。そこで19世紀から20世紀初頭にかけての精神医学者たちは、その当時の心理学大系を借り、これに依拠して精神症状を整理してきた。今日の精神症状論は、だいたいこのような臨床精神医学の伝承である。しかし20世紀にはいってから、臨床精神医学的現実の要請から、一部の精神病理学者たちは、病者をもっと全体的、人格的、状況的にみていこうとした。たとえばブロイラー E. Bleulerが精神分裂病の基本症状に数えた自閉の概念は、共同社会からの離脱という全人格変換を意味している。こういう傾向のものを広く人間学的精神病理学という場合、以下のような学者たちの業績がその代表と言える。まずシュトルヒA. Storchは、精神分裂病の諸症状を、分裂病者が蒼古的・原始的世界に生きていることの具体的表現と考え、この主観的世界を詳細に記述することに努めた。こうした見方を強迫神経症者に記述することに努めた。このした見方を強迫神経症者に適用したのが、シュトラウスE. StraussおよびゲープザッテルV.v. Gebsattelといえる。またフランスではミンコフスキー E. Minkowskiが、精神分裂病者の根本特徴を「現実との生きた接触の消失」と規定した。このほか人間学的精神病理学の系譜に属する人たちをあげると、ヴァイツゼッカー Weizsacker, クローンフェルトKrohnfeld, コンラートConrad, クンツKunz, クーン Kuhn, ウィルシュWyrsch, ツット Zutt, クーレンカンプKulenkampff, フランクル Franklらである。しかし今日の精神病理学をかえりみて、人間学的精神病理学を最も本格的に築き上げていった学者として、ビンスワンガー L. BinswangerとボスM. Bossをあげたい。彼らは一方において、フロイトS. Freudの精神分析を正当に評価し、その実践に努めるとともに、他方において方法論的にフッサール E. Husserlおよびその発展としての現象学をとりいれた。そのことからも知れるように、人間学的精神病理学は今日、現象学的精神病理学である。

(荻野恒一)