グリージンガー Wilhelm Griesinger 1817〜1868  川村光毅のホームページへ

“精神医学事典”、加藤正明、保崎秀夫ほか編集、1975,弘文堂 より(その後1993に新版)引用

 19世紀ドイツの代表的精神医学者。チュービンゲン、チューリヒ、ベルリン各大学の精神科教授を歴任。28歳の時に出した教科書「精神病の病理と治療」Pathologie und Therapie der psychischen Krankheiten (1845)は高い評価を得て英仏語にも訳され、当時の学会に広く影響を与えた。また彼は精神医学会を創設し(1867)、精神医学専門誌Archiv fur Psychiatrie und Nervenkrankheitenを創刊し(1868)、精神病者医療施設の改善につとめるなど、その活躍にはめざましいものがある。彼の指導理念は「精神病は身体の病である」という考えで、これにもとづき精神病の研究を哲学的思弁から離し、自然科学に基盤をおく医学の対象にしようと努力したのであった。当時脊髄に関する生理学が発達しつつあり、グリージンガーはこれに触発されて脳機能においても「反射作用」の乱れが精神障害をひきおこすという学説をたてた。ここから彼の有名な「精神病は脳病である」"Geisteskrankheiten sind Gehirnkrankheiten"ということばが出てくる。彼は後に単一精神病(Einheitspsychose)と名づけられるようになった考えかたに傾き、精神病の種々な状態像はただ一つの疾患過程がたどる諸段階にすぎない。この疾患過程は脳疾患に由来するものだが、その解明は脳病理学の進歩にまつほかはない。脳病理学によってこれが明らかにされるまではただ症状の共通性や特徴によって疾患群を区別するにとどめるべきである、とした。彼の莫大な影響力により、彼につづく50年間は脳病理学が大きく発展し、それによって精神医学も進歩した。思弁を拒否し、事実を重んじる彼の精神はクレペリンE. Kraepelinその人にも大きく作用しているとみられる。

(神谷美恵子)