移植 (1989)

川村光毅

 移植(transplant)とは、組織または臓器を本来の部位から切り離し、同一個体の他の部位または他の個体に移し植えることである。同義語のgraftは園芸学から借用した術語である。移植が成功したということは、移植片が新しい環境から栄養を得て健康に成育した状態にあることをいう。

I. 移植
II. 組織移植
a. 皮膚
b. 角膜
c. 血管
d. 心臓弁
e. 骨
f. 筋膜
g. 神経
h. 血液
i. 骨髄
III. 臓器移植(なし)
IV. 拒絶反応
a. 免疫反応
b. 提供者の選択と組織適合性
c. 輸血効果
d. 免疫抑制

I. 移植

 アダムの肋骨から創られたイブの伝説にみられるように、動物組織の移植は神話にも現れている。治療の一部としての組織移植の歴史的記述は、患者の腕の皮膚を鼻の再建に用いるという技術を発展させた紀元前6世紀はじめのインドの外科医に遡る。この方法は、イタリア人外科医Gaspare Tagliacozzoにより16世紀に西洋医学に紹介された。腕の皮弁に鼻からの新しい血管が伸びていくまでの2~3週間は、皮弁は腕と連続したままにしておく。その後、皮弁は切断され、再建された鼻から腕は自由になる。

 切断された皮膚が非常に薄くとも、新しい血管が形成される間は、移植部位の血清から十分な栄養を受け生存をつづけることがわかった。この皮膚の移植、およびすでに述べた血管つき皮弁の移植は、種々の障害を矯正する場合に、形成外科の重要な治療方法となった。このような移植手術の熟練した操作により、顔面奇形や重症火傷の外見はおどろくほどの改善が可能になった。角膜は構造的には皮膚が透明化したものであるが、角膜も移植が可能であり、角膜移植のおかげで多くの人が視力を回復した。

 輸血も組織移植の一種と考えてよい。造血組織である骨髄も移植可能である。骨髄細胞は血管内に注射されると、骨髄腔に移動する。移動した骨髄細胞は、骨髄疾患に苦しむ患者の体内に生きた救命移植組織として生着する。

 臓器移植および四肢移植の主要な特徴は、臓器または四肢の組織は、宿主の血管と移植組織の血管が速やかに吻合した場合にのみ生存可能だということである。この血管吻合により、移植片が酸素および栄養欠如、毒性物質の蓄積により死ぬことなく、移植片に血液が供給される。

 症例にみられる様に、生きた組織の移植は種々の理由で行なわれている。皮膚の移植では、重症火傷が救われ、皮膚欠損部の矯正による機能が改善される、外見も美しくなり、心も落着いてくる。臓器移植により欠損した機能を補ったり、たとえば、腎臓のような重要器官の致命的疾患を救うことができる。

 同一個体で、他の部位に移植する場合、これを自家移植とよぶ。自家移植片は拒絶されない。一卵性双生児間や近交系動物間での移植を同系移植といい、宿主にいつまでも生着する。同種間の移植を同種移植といい、拒絶を防ぐ特別な処置を行なわないと、移植片は拒絶される。異なる種属間の移植を異種移植といい、宿主により速やかに破壊される。(拒絶を防ぐ方法は後述する。)

 組織または臓器を本来あるべき部位に移植する場合を同所性移植といい皮膚を体表面に移植する場合が例としてあげられる。それに対して、本来の部位と異なる部位に移植する場合を異所性移植という。たとえば、腎臓を腸骨窩に移植するが、これはより便利な方法である。余分の臓器が移植される場合は補助移植といい、宿主の肝臓を除去せずに、異所性に肝臓を移植することがある。

 移植は通常、長期的効果を期して行なわれる。広汎な火傷による重態患者において、体液と蛋白質の喪失を防ぐために、皮膚同種移植を救命の目的で一時的移植が行なわれることがある。同種移植片が除去されるか拒絶された際には、永続的な自家移植片を受入れるまでに患者は十分に回復している。

 骨、軟骨、腱、筋膜、動脈、心臓弁は、それらの細胞が死んでいる状態であっても移植されるが、時として、速やかに拒絶される。これらは真の移植というものではなく、むしろ"構造上"の移植である。これらの移植片は、ばらを支える棒に似ており、支持は必須であるが、それらの機能は生物学的過程とは無関係である。事実、異種移植片または生物活性のない機械装置は、しばしば適切な代用品となり得る。

II. 組織移植

a. 皮膚

 大部分の皮膚移植は自家移植である。皮膚同系移植の適用は重態火傷患者に対して行なわれる。皮膚同系移植片は他の組織移植にくらべて強く拒絶される。同種同系間の腎臓移植は生着するが、二種の近交系動物を用いた皮膚移植は失敗するという多くの実験事実がある。もし、前もって安全に拒絶が克服できるならば、それは外科学の新しい領域となるであろう。自家移植では患者が利用できる皮膚は限られており、広汎な火傷患者では、一部の皮膚を犠牲にすることになる。もし同種移植片が拒絶されなければ、死体皮膚が火傷範囲を保護するのに使用でき、自家移植が不要となり、多くの人命が救われるであろう。

1. 皮弁移植

 Tagliacozzoが用いた皮弁移植は、皮膚と脂肪が失われた場合にとくに有効である。皮弁を起こして移植部位に接して保持する方法は、患者にとっては複雑で不快なものである。美容上の結果は良好である。皮弁の皮下脂肪を被い、拘縮した関節には可動性を与え、新しい鼻を形成する。

2. 全層皮膚移植

 全層皮膚移植は、血液供給なしで生存可能な最大の厚さを採る。そのため移植片の生着にはある種の困難がつきまとう。この移植は美容上よいし、とくに顔面において有用である。全層皮膚移植の主たる欠点は、それが大変小さなものでない限り、移植片採取部位は閉じられねばならなず、その場所に対しても皮膚移植を必要とすることもある。

3. 分層皮膚移植

 分層皮膚移植は、形成外科学では、最も一般的である。皮膚の表層を薄葉紙の厚さに、手または機械かみそりで切り取る。生きた細胞を有する移植片は非常に薄く、移植部位から充分な栄養を得ることができ、生着の不成功率も全層皮膚移植に比して非常に少ない。その他の大きな利点としては、移植片採取部位の傷害が少ないことである。2~3週間は、いたみやすく、外見はすり傷に似ており事実、皮膚の深層から治癒してくる。分層皮膚移植は、大きな欠損を保護するために、広い領域から素早く皮膚を採取する。異常な光沢を有し赤味を帯びた外見は、他のタイプの皮膚移植に比して美容上満足できるものではない。

b. 角膜

 ある種の失明では、眼球前面または角膜のみが不透明で他は健常であるものがある。この不透明は病気または損害により起きたものであるが、もし曇った角膜を取り去り角膜を移植すれば正常な視力が回復する。角膜の細胞は死後12時間位は生存しており、この時間内に除去された角膜は移植可能である。角膜が短時間内に移植されるほどよりよい結果が得られるが、冷却することにより組織の変性を遅らせ得る。角膜の移植部位には血液の供給はない。栄養は組織からの拡散によって直接得られる。血管が無いことにより角膜同種移植片は、大部分が拒絶されることなく生着を続ける。なぜならば拒絶の要因の大部分は血流により運ばれるからである。拒絶は、血管が移植片内に侵入した場合に起こる。

c. 血管

 現在まで最も満足のいく血管移植は自家移植である。その点では原則として皮膚移植に似ている。血管移植は、変性粥状硬化による脂肪沈着のために閉塞あるいは狭窄をおこした動脈に側路(バイパス)を作るのにしばしば用いられる。冠状動脈または頚動脈の粥状沈着物はそれぞれ心臓発作または卒中の原因となる。もし粥状硬化が下肢の大血管に及べば、まず腓腹痛、ついで下肢の壊疽がおき切断を余儀なくされる。早期治療であれば、下肢の重要でない表層静脈を除去し静脈弁が血流を遮断しない様に逆向きに、硬化動脈をまたいで移植する事により血流閉塞部をバイパスできる。冠動脈バイパス移植手術は、先進国では最もありふれた外科手術の一つとなっている。
静脈または動脈を用いた同種移植は成功し難い。いずれ血管壁は変性し、血管は拡張し破裂の危険を伴うようになるか、または血管は閉塞する。

d. 心臓弁

 心臓弁膜症は危険なものである。なぜなら弁閉鎖および弁閉鎖不全はいずれも心臓に負担をかけて心不全を招くからである。弁が著しく傷害された場合は、異種心臓弁または人工機械弁と交換することがある。しかし、いずれも理想的ではない。異種心臓弁は正常な中心血行動態を有するが数年後には硬化し機能を停止する。プラスチック弁には球状のもの、落し戸状のものが一般的であるが、弁表面で血流が乱流となるため赤血球が障害され貧血を招く。

e. 骨

 骨折が治癒しない時は、自家骨移植が治療には極めて有用である。同種骨移植も同様の目的で行なわれるが、満足のいくものではない。というのは骨細胞は移植時に死んでいるか、あるいは拒絶されるからである。このように、骨移植は有用ではあるが単なる構造的支柱であり、積極的に治療に役立つわけではない。

f. 筋膜

 筋束を包む強靭な結合組織の薄膜である筋膜は、ヘルニアの修復に自家移植片として用いられる。使用の原則は皮膚のそれに似る。

g. 神経

 末梢神経は、障害されても再生し得る。もし神経を包む薄膜が切断されている場合は、神経の切断が部分的であれ全体的であれ再生は起こらない。たとえ再生されたとしても完全なものではない、なぜなら大部分の神経には運動神経と感覚神経が混同して走行しており、再生神経線維が正確な通路を選ぶ保証はないからである。そのため誤った目的地に再生して機能し得ない神経線維かいくらか出てくるであろう。通常、四肢移植が不成功に終わる主な理由は神経再生が不完全なことである。人工義肢は患者にとってより有用である。
最近、胎生期の神経組織および神経細胞を病的脳組織内に移植して、機能改善をはかるという試みが現実的となった。基礎研究の成果の上に立って、1985年以降、パーキンソン病患者の線条体内に自己の副腎髄質や上頚神経節を、さらには、胎児の黒質細胞を移植する手術が行なわれるようになった。現在、多くの研究者は長期的効果の評価などの点で、慎重な立場をとっている。

h. 血液

 輸血は、近代外科学の発展における最も重要な要素の一つであった。手術時の出血を輸血により補うことができるようになり、多数の救命外科手術が可能となった。大ケガ、出血性潰瘍、出産、多くの出血による危険な状態で輸血は有用である。純粋な血液成分が、特定の疾患の治療に用いられる。たとえば、血小板減少を補正するために血小板が、古典的血友病の凝固障害を是正するために第Ⅷ因子が投与される。

i. 骨髄

骨髄不全の疾患、たとえば再生不良性貧血は骨髄移植により治療される。ある種の白血病では、癌細胞の産生部位である骨髄を薬や放射線によって破壊する事により治療される。骨髄移植は患者救命に必要である。患者への同種骨髄移植は拒絶される傾向がある。さらに移植組織間の免疫細胞が患者の組織と反応し重篤で時には致命的な移植片対宿主病を招くという危険性がある。これらの合併症を防ぐために、特別な免疫抑制治療が行なわれる。移植骨髄から有害なリンパ球を選択的に除去するモノクローナル抗体の使用は、移植片対宿主病の防止において有望な結果をもたらした。

IV. 拒絶反応

人体には、細胞、ウイルス、異物など体内に侵入する物質に対抗する複雑な防御機構がある。これらの防御機構が免疫系を構成しているが、不幸にして病気の原因となる微生物と命を救ってくれる移植細胞とを区別することはできない。両者はともに異物として認識され、免疫系の攻撃を受けてしまう。この免疫反応により、組織および臓器移植の最大の問題である拒絶が起きる。

a. 免疫反応

 なぜ拒絶が起こり、どのようにすれば拒絶を妨げるかを理解するためには、免疫系の作用について知っおく必要がある。免疫系の鍵となる細胞はリンパ球とよばれる白血球である。リンパ球はTリンパ球とBリンパ球に分類される。これらの細胞は、微生物や外来組織細胞などの"非自己"物質と"自己"物質を識別する能力がある。免疫反応を引き起こす物質は、その表面の抗原という分子の存在により認識される。

 Tリンパ球はいわゆる細胞性免疫に携わっている。すなわちT細胞自身が外来異物の抗原に付着し、非自己物質破壊の反応を開始する。それに対してBリンパ球は異物を直接攻撃しない。Bリンパ球は抗体という、外来物質を弱らせるまたは破壊する反応を開始させる蛋白質を産生する。全体的な免疫反応は、Tリンパ球、Bリンパ球、マクロファージ(清掃細胞)、循環系内の種々の化学物質とが一緒になり、侵略者に対する統制的な攻撃を加える極めて複雑なものである。

 移植片の拒絶は通常細胞性免疫反応により起きる。拒絶の過程は数日あるいは数ヶ月にわたり、Tリンパ球が移植片への細胞浸潤と破壊を促がす。もし細胞(仲介)性反応が抑制されるならば移植片は生存し得る。移植組織への抗体の攻撃は移植片の抗原に対する抗体をすでに受容者が有している時に最も顕著である。このような状況は、妊娠(妊娠期間中、母親は父親由来の胎児抗原に暴露されている)、輸血、あるいは、前に移植を受けたことの結果として、受容者が外来抗原にすでに感作されている場合に生じる。細胞(仲介)性反応とは異なり、抗体仲介性拒絶(体液性免疫反応)は、数分あるいは数時間以内に早く起こる。そして反応は非可逆的である。

b. 提供者の選択と組織適合性

 移植片拒絶を招く因子は、移植抗原あるいは組織適合性抗原という。もし提与者と受容者が、一卵性双生児のように同一の抗原を有していれば、拒絶は起きない。赤血球を除くすべての体細胞は移植抗原を有している。赤血球は独自の血液型(ABO)抗原を持つ。主なヒト移植抗原は、主要組織適合抗原またはHLA(ヒト白血球グループA) と呼ばれ、第6染色体の遺伝子によって支配される。HLA抗原は2群に分類される。クラスⅠ抗原は拒絶反応の標的である。クラスⅡ抗原は拒絶反応の開始の役を果たす。クラスⅠ抗原は全ての組織にみられるが、クラスⅡ抗原はそうではない。指状の突起を有する樹状細胞はマクロファージ様の細胞であるがクラスⅡ抗原を多数発現している。このような細胞を臓器移植組織から除去する試みは興味深い。そうなれば拒絶反応は開始しないからである。この方法による実験的な成功例はあるが、臨床的には応用されていない。

 組織適合試験は、個人のHLA抗原の同定である。リンパ球が試験に用いられる。また赤血球のグループ分けも重要である。なぜならば赤血球抗原は他の組織にも存在し、移植片の拒絶を起こし得るからである。移植抗原は多数あり複雑であるが、組織適合試験の原則は赤血球の型判定の場合と同様である。組織型の決定されたリンパ球は、一定のHLA抗原に対する抗体を含んだ血清試薬と混合される。もしリンパ球が抗体反応する抗原を持っていればリンパ球は凝集するか死ぬ。適合検査用血清は、移植片を拒絶した人の血液、複数回輸血を受けた人の血液、複数回妊娠を経験した人の血液から得る。すでに述べたようにこのような人々では移植抗原に対する抗体を持っているからである。

 もし受容者および潜在的提供者のいずれのリンパ球も特定の血清により殺されるとしたら、両者は共通の抗原を持っている。もし両者のリンパ球いずれもが、影響を受けなかったら、両者いずれも特定の抗原は持たない。もし提供者のリンパ球のみが傷害された場合は、抗原は提供者にあり受容者にはない。こうして、適合血清の種類に対するリンパ球の反応性を検査することにより、提供者と受容者のHLA抗原の適合度を決定する事が可能になる。移植前の最終的な拒絶予防薬として、受容者の血清と提供者のリンパ球を用いて直接交叉試験が行なわれる。直接交叉試験が陽性であれば、移植は禁忌である。

 移植抗原の遺伝に関してはかなり知識が蓄積しているが、組織適合検査では、個々の症例の移植の結果を正確には予測できない。特に提供者と受容者が血縁関係にない時はそうである。メンデルの遺伝の法則によれば、人は両親のそれぞれから染色体の半数体を受取っている。それゆえ、親から子への移植は移植抗原の点で、つねに適合性は1/2である。兄弟であれば四人に一人はHLA抗原が完全に適合し、一人は完全に不適合で、残り二人は1/2適合している。

c. 輸血効果

 輸血後の移植では、患者は提供者の移植抗原に感作されているため、先行輸血は受容者の予後を悪くすると予想される。しかし、結果を注意深く解析するとそうではない。HLA適合性を考慮せずに先行輸血を行なった腎移植患者では、輸血を受けていない患者よりも結果は良好であった。このメカニズムの決定に多くの努力がなされたが、先行輸血により免疫系がどの様に修篩されるかは未だ不明である。多くの施設では、患者によっては多種類のHLA抗体を産生し、移植が困難になるにもかかわらず、輸血を移植前に行なっている。このような感作を受けた患者数は世界的にも増加している。その内訳は輸血のみならず移植腎臓を拒絶し透析治療に戻った人、数回妊娠した女性などがあげられる。
輸血効果の特殊な適応としては、患者の近親者の提供者から少量輸血を繰返し行なう方法がある。もし感作が起こらなければ、その後の腎移植はすばらしい結果となる。しかし、患者によっては、提供者リンパ球との交叉試験が陽性になり、移植を受けられなくなることもある。

d. 免疫抑制

 移植研究の目的は受容者に永久に生着せしめかつ不快な副作用をもたらさないことである。この目的のために使用される最近の薬は、数ヶ月後には投与量を減らしてゆき、移植片の拒絶なしに投与を止めることもできる。そのような症例では、患者はもはや易感染性ではない。移植片-受容者間には相互に適応が見られるようである。この適応はおそらく脱感作に似て、喘息患者に感作抗原を少量ずつ反復して投与すると治癒する過程の様なものと考えられる。

1. アザチオプリン

 アザチオプリンは最も広く使われている免疫抑制剤の一つである。これらは白血病の治療にも使われている。経口投与されるが、骨髄造血組織を障害して感染や出血を起こさないように慎重に投与されなければならない。アザチオプリンが過量に投与されないように、白血球数、血小板数の測定が必要である。これは大変有用な薬品であり、臓器移植患者において多くの免疫抑制治療法の基礎となるものである。最初は大量に投与し、徐々に減らしていく。移植後、数年間は移植片と受容者の共存を維持するためにアザチオプリンの少量投与が必要である。

2. コルチコステロイド

 コルチゾンとその誘導体であるプレドニゾン、プレドニゾロンは臓器移植患者に大変有用である。経口投与が可能であるが、造血細胞に障害は与えないが人体を感染しやすくし、小児の発育を止めるなどその他の有害な副作用をもたらす。これらの薬剤を投与た患者は、満月様顔貌、骨の脆弱化などが見られる。しかし、移植を受けた患者は、とくに急性拒絶期においてはコルチコステロイドを使用せざるを得ない。

3. 抗リンパ球血清

 もしウサギがマウスリンパ球を繰返し投与されたならば、ウザギは免疫されマウスの細胞に対する抗体を産生する。ウサギ血液の血清をマウスに注射すれば他のマウスまたは他種属の動物の移植片拒絶反応を防ぎ得る。このような抗リンパ球血清は様々な種属間で産生されているが、高等動物とくに人間では毒性の副作用がない強力な免疫抑制血清を得ることは困難である。
血清の活性は、抗体を含むガンマグロブリン分画にある。人間で使用されている抗リンパ球グロブリンには、多数の無効な、あるいは有害な蛋白質を含んでいる。コルチコゾンやアザチオプリン療法においてこれら薬剤の毒性を与えることのない様に用いられる他、コルチコステロイドが無効な腎移植患者の拒絶期の治療に極めて有用である。不幸にして、効果的な生産物を恒常的に得ることは難しい上、血清の効果を比較する分析方法も良いものがない。たとえ全く同じ方法により同じ動物種から得られたものでも、ある血清は他のものと異なる活性を有している。人間の治療に用いる抗リンパ球血清は通常は馬で作られるが、ある人では馬の蛋白質に過敏なために馬血清の治療により重態に陥る。しかし、そのような患者にはウサギ抗リンパ球グロブリンが効果的であることがある。

4. モノクロナール抗体

 抗体産生リンパ球と脊髄腫細胞を融合させるという発見により抗体産生における重要な発展が展開した。それによる雑種細胞は、その先祖リンパ球に特有な抗体を産生し、一方では骨髄腫の有する培養液中での永久的増殖という性質をもつ。雑種細胞の培養により、ただ一つの特異的抗体-"モノクロナール"抗体を産生する細胞集団を得ることができる。その試薬は作用において極めて特異的であり、異なる雑種細胞の系統から産生される抗体の数には理論的限界はない。モノクロナール抗体には、前述した通常のポリクロナール抗リンパ球血清がもっているに望ましくない物質の多くが存在しないために、高度に特異的な抗リンパ球抗体と考えられている。いくつかのモノクロナール抗体はヒト免疫抑制剤として極めて効果的である。この分野での進歩は期待される。

5. シクロスポリン(サイクロスポリン),FK 506

 免疫抑制剤の新しいタイプのものが、土壌菌類の自然生産物としてSandoz研究所により発見された。この物質は、シクロスポリンと呼ばれ、安定した冠状ペプチドで、とくにTリンパ球に強力な免疫抑制効果を及ぼす。多数の動物で臓器移植拒絶を防ぐことが発見され、人でもその期待された免疫抑制効果が観察された。あらゆる臓器移植の受容者に使用され、より秀れた免疫抑制効果があった。残念ながら、シクロスポリンは人体では腎毒性があり、長期の使用は慢性腎障害を招くおそれがある。また、顔面および体部の体毛の成長を促進するために、女性患者には嫌われる。脂溶性であり吸収に個体差があるらめ、投与量過剰にならないように、かつ充分であるように、個々の患者ごとに検査が必要である。

 現在、使用されている薬物のどれもが拒絶反応防止に理想的ではないことは明らかである。この様な危険な薬は絶望的な状態での最後の手段として以外には使用されない。残念ながら、これが生体臓器移植患者にとっての厳しい状態である。しかし、免疫抑制は以前よりも、より効果的でより危険のない状態で行なわれるようになってきている。とくにモノクロナール抗体や、シクロスポリンの非毒性類似物質など、新しい化学誘導体の進展が期待されている。最近、シクロスポリンと同様の強力な免疫抑制効果をより微量で発揮するFK 506という薬剤が新たに発見され、注目されている。

(この原稿は今みると懐かしい自家用メモ遺物で、1989年頃のものである。)