若き魂の持ち主へ!

解剖学教室 川村光毅

  学生諸君に、私は何を望むと思いますか。一歩一歩ゆっくりすすむこと、
まず第一は徹底。
 手近の一歩をわがものとせぬうちは、決して次のものに手をつけてはいけません。過去問と予想問題だけ頭にいれて勉強した様な気持ちになってはいけません。要点だけの勉強はバブル時代のシャボン玉のように見る眼には美しいが、所詮破裂して、現在のような混乱の他には何ものをも残さないものです。
 講義と実習にしっかり出なさい。学問においては、苦しい努力をするようにしなさい。事実をまず見、次にくらべ、そして集めなさい。鳥の翼がどんなに完全であっても、空気の助けがなければ、鳥は飛ぶことはできません。事実というもの、それは学者・学生にとっては空気なのです。これらなくして、君たちは決して飛び立つことはできません。これらなくしては、君たちの「学説」は空しい努力になってしまいます。しかし、学び、実験し、観察しつつ、事実の皮相に止まることがないよう努力しなければなりません。事実の記録係になってはなりません。その発生の秘密を洞察するように試みなさい。事実を支配している法則を根気強く探しなさい。
 第二は謙譲です。何でも知っているなどと夢にも考えてはいけません。世間の人々が君たちを高く高く評価しようとも、つねに「私は何も知っていない」と自分にいいきかせるだけの男らしい(女らしい)気持ちが必要です。傲慢のとりこになってはいけません。傲慢にとらわれると、賛成すべき場合でも、自分を固執するようになるし、有益な助言や親切な援助をも、断るようになってしまいます。また方法に客観性を失う結果にもなります。
 第三は情熱です。学問というものは人間からその全生命を要求するものです。このことを忘れてはいけません。たとえ、生命が二つあったとしても十分ではないでしょう。学問は一層大きな努力と、情熱を要求するものですから。
 医学部の学生には多くの便宜が与えられています。と同時に、あなた方には、患者さんや先輩・後輩が望んでいる大きな期待を果たすという名誉ある義務があるのです。
 第四に恋をする時間を確保しなさい。人への愛しかたを医者になる前に身につけなさい。知識と技術があったとしても、医師としては半人前です。相手を思いやる気持ちなくしては、決して一人前とはいえません。人間性を豊かにし、患者さんにも、患者さんの家族にも尊敬されるような医者をめざして欲しいものです。

似たような文を読んだことがあるでしょう。そうです。生理学者パブロフが若き学問の徒に与えた手紙です。それを教室の船戸和弥君が改竄(かいざん)し、私が賛成したものです。

第21回四谷祭実行委員会「医学生よ」君たちへの提言より(1998)