臨床精神医学辞典 その2

西丸四方著 1974、1985/2版、南山堂より

アーガイル−ロバートソン症状(1)

 英Argyll-Robertson's phenomenon(1869 Douglas Moray Cooper Lamb Argyll Robertson 1839-1909, スコットランドの医師)反射性瞳孔硬直 reflektorische Pupillenstarreで、輻輳反射はあるが対光反射がない。脳-脊髄の梅毒性疾患(進行麻痺、脊髄癆)で見られる。輻合反射と両方ないのは絶対瞳孔硬直absolute Pupillenstarreという。

葦原金次郎(1852-1937)(2)

 金沢の櫛職人で前田侯の馬車に乱暴して1882年東京府癲狂院*に入院させられ、88歳で松沢病院で死去した。躁的誇大妄想を有し、葦原将軍、葦原帝と称し、参観者に勅語を売りつけ、手製の大礼服を着て一緒に記念撮影に入り料金を要求したりして、ジャーナリズム的人気者であった。痴呆的人格崩壊には陥らなかった。

アナストロフェー(3)

 独Anastrophe(1958Conrad)[ギana後へ、ギstrepho向ける、倒置]分裂病の初期にアポフェニー*Apophanieとともに現われる異常体験で、アポフェーンapophan[ギapophaino=reveal, offenbar werden]の世界、啓示revelation, Offenbarungの世界の中心にいて、あらゆる世界の事象は自分のまわりをまわっているようである。アポフェニーとアナストロフェーは分裂体験の中核と考えられる。患者はこういうプトレメウス的天動的座標を乗り越えて(Uberstieg)、コペルニクス的転換*をして、正常者のコペルニクス的地動的座標に移れない。

アポフェニー(4)

 独Apophanie(1958Conrad)[ギapoから離れて、ギphaino明るみに出す]≪示現≫分裂病ではまず場怯れ期*Trema-phase[ギtrema, ラtremorふるえ、おそれ]があり、次に他のものに特別の意味が示現され、自己に戻ってアナストロフェ*Anastrophe[ギana後へ、ギstrepho向ける]という、自己を中心として何でもが回る天動的プトレメウス的ptolemaischの時期になるが、これは自己を座標軸にして何でもを見るのであって、外のものに座標を移すというコペルニクス的転回kopernikanische Wendungができない、自己を乗り越えubersteigen, 他の所へ座標を持って来られないのである。その次に黙示的apokalyptisch[ギapo離れて、ギkalypto覆う]なわけが分からぬが意味ありげな、まとまりない、混沌とした状態になる。場怯れは妄想気分*、示現は妄想知覚、アナストロフェは関係妄想に当たる。このような分裂病の変化は器質的な機能変換Funktionswandel,形態変換Gestaltwandelにより、脳機能の分化の後退Entdifferenzierungによる。

意識障害(10)

 英disturbance of consciousness, 独Bewusstseinsstorung, 仏trouble de la conscience周囲や自己の状態が全般的によく知られないこと。意識混濁clouding of consciousness, benumbedness, Benommenheit, Bewusstseinstrubung, obnubilation[ラnubes雲]、傾眠*somnolence(浅い)、嗜眠*lethargy、Schlafsucht, 昏眠sopor(深い)、意識喪失unconsciousness, Bewusstseinsverlust, Bewusstlosigkeit, inconscience, 昏睡comaなどという種々の色彩の差がある。意識混濁時に夢dream, Traum, reveという幻覚的精神活動が加わり、同時に運動が加われば譫妄deliriumという。睡眠も意識の混濁であるが、意識混濁というときには病的なものをいう。熟睡と昏睡は形は似ているが、前者はゆり起こせば目醒め、後者はそうはいかない。意識変化verandertes Bewusstseinはもうろう状態*befogged state, twilight state, Dammerzustand, etat crepusculaireといい、平生と連絡のない、全く別の狭い意識状態となっていて、その間にその人の平生にない思いがけない行為をし、あとで醒めるとその記憶がない。これは別の人格になったという意味で二重人格*double personality, doppelte Personlichkeitといわれる。この二重人格が反覆し、異常な別の人格では互いに連絡があるなら交代意識alternating consciousness, altenierendes Bewusstsein, etat secondというが、これは稀にヒステリーにあるのみである。却って小説などに多く、実際にはない。意識変化の場合には極く限られた狭い意識しかないので意識狭窄limited consciousness, Bewusstseinengung, restrecissement de champ de conscienceという。欠神*absenceは、てんかんの短時間の意識中絶である。意識障害は主として急性器質性脳疾患の症状としてあり、ヒステリー性のこともあるが稀である。
 意識の内容も形も正常でもいつも変わっているのは意識の流れflow of consciousness, Bewusstseinsstrom, courant de la conscience(1910 William James)という。意識障害のときに行動や談話にまとまりがなくなるのは、まとまりなさ、散乱*incoherence, Inkoharenz, 錯乱*confusion, Verwirrtheitといい、意識障害が軽くて自分のまとまりなさ、よく考えられない明識不能*Schwerbesinnlichkeit, Unbesinnlichkeitを感じて困るのは困惑perplexity, Ratlosigkeitといい、この状態をアメンチア*Amentiaという。意識混濁のときには見当識喪失*disorientation, Desorientiertheitがあり、醒めてから健忘*amnesia, Amnesie, amnesieが残る。意識障害のときの諸症状は多くは回復しうるので通過症状群*Durchgangssyndrom(Hans Heinrich Wieck)の中に入る。失外套症状群*apallisches Syndrom(Ernst Kretschmer)では意識はないが睡眠と覚醒の交代があり、低い段階の意識である。
 フランス語のデリール*delireは譫妄*とも妄想とも訳される。ドイツでは幻覚妄想状態には意識障害がないことを前提とするが、譫妄*と同等と見ることもできる。分裂病には意識障害はないはずであるが急性分裂病にはあるようであり、これはブーフェデリラント*bouffee deliranteと見られる。

依存(12)

 英dependency, 独Abhangigkeit,仏dependance ある人や物や観念に好んで拘束され、自己の自律的な考えや行動が制限を受けること。父、母、理想像に対して依存することが多い。熱狂*fanatismも一種の依存である。またある薬に頼る嗜癖も薬物依存*drug dependencyという。

岩倉村(14)

 京都市外にあり、11世紀(後一条天皇)から寺を中心として精神病の患者が集まり、村民の協力で民家を提供してコロニーができ、ベルギーのゲール*に似たものであった。1884年岩倉癲狂院(土屋栄吉)、岩倉精神病院となったが、戦後廃止された。昔から社や寺を中心とした精神病患者の集合があり、徳川時代には漢蘭医による精神病治療所が方々にあった。1846年狂疾治療所(奈良林一徳)はのち加命堂病院となったもので東京の亀戸にあった。公立病院は1876年京都府療病院(真島利民)、1879年東京府癲狂院*が初めてのものである。

エジプス−コンプレクス(19)

 英Oedipus complex, 独Odipus-Komplex, 仏complexe d'OEdipe(1910 Freud)子供のリビド発達の過程で男児(3〜4才)は母に愛情を抱き父をライバルとみなすが同時に恐れを起こし、罰せられる、去勢されると思ってこの欲求を抑圧するとこのコンプレクスとなる。女児の父への傾きはエレクトラーコンプレクス*Elektra-Komoplex(1913 Jung)という。エジプスはテーベの王のライオスとヨカスタの子で、父を殺して母と結婚するとの神託の予言を避けようと生後まもなく捨てられたがコリント王の養子となり、旅行中父と知らずに父を殺し、テーベにスフィンクスという怪物が出て道行く人に謎を出して解けぬと食ったので、ヨカスタはこの怪物を退治した者と結婚するとの告示を出し、エジプスはこの謎を解いてスフィンクスを退治し母と知らずに女王と結婚した。のち事実を知り母は自殺し、自らは目をくりぬいて娘アンチゴーネと漂泊の旅に出た。エレクトラはアガメムノンとクリテムネストラの娘で父を謀殺した母とその情夫への復讐に兄オレステスを説得して2人を殺させた。フロイトの少年ハンス*Der kleine Hansは街へ出ると馬にかまれるという恐怖を持ったが、これはエジプス−コンプレクス、去勢不安によるとされた。

オセロ症状群(23)

 英Othello syndrome[シェークスピアのオセロから](1955 Todd, Dewhurst)嫉妬妄想*のことをいう。

概念(28)

 英conception, Begriff,[ラ con=cum共に、ラcapio捕える]いくつかのものにある同様の標識をまとめて1つの意味とし1つの言葉であらわすもの。概念形成の障害として、精神薄弱では概念が少なく、誤り、境が明らかでない。原始人では概念の代わりに象徴symbolを用いる。分裂病では普通との概念とともにに勝手に変えた概念を用いるので通用しない(概念崩壊 Begriffszerfall)。失語でも概念形成の障害がある。2つの概念の癒合agglutinaton, Verschmelzung, 圧縮 condensation, Verdichtung, 概念のずれ displacement, Verschiebungなどがある。概念聾Begriffstaubheitは超皮質性感覚性失語、概念中枢Begriffszentrumは失語理論で運動失語と感覚失語の間の上位の中枢で、思考作用の中枢であるが、こういう中枢が実際あるわけではない。精神的に把握して認識するという意味でbegreifen, apprehend[ラap=adの方へ、ラprehendo補う]、comprehend[com=cum共に]という言葉がある。

関係(38)

 英reference, relevance, 独Beziehung, Bezug, Relevanz[ラre戻って、再び、ラlevo上げる]、英connection, 独Zusammenhangかかわりあい、精神的立場のことを関係系、座標系 coordinate, Relevanzsystem, Bezugssystemともいう。因果関係はcausal connection, Kausalzusammenhang,了解的関連はmeaningful connection, verstandlicher Zusammenhangという。関係観念idea of reference, Beziehungsidee, 解釈観念idee interpretative, 自我肥大hypertrophie du moiは何かの何でもない外的現象を自分に関係がある意味にとることで、敵意、探り、嘲り、あてつけと解することが多く、敏感、邪推、不安、憂うつの状態のときに起こりやすい。著しければ関係妄想*delusion of reference, Beziehungswahnになる。反応的な関係妄想では敏感関係妄想*sensitive delusion of reference, sensitiver Beziehungswahn, idee de relation a forme sensitive, paranoia sensitive(1918 Kretschmer)が有名で、自信欠乏者*Selbstunsichereにあり、気の小さい、体面を考える人が恥ずかしいことをひそかに行うと、被害的な妄想を起こす。自慰者やオールドミスが自分の性的悪癖や満たされぬ欲望を周囲の人が知って、ひそかに笑い軽蔑すると思う。分裂病では動機なしの関係づけBeziehungssetzung ohne Anlass(Gruhle)が特徴的に見られる。

感情(39)

 英feeling, 独Gefuhl, 仏sentiment外からの影響が個人にとって都合がよいか悪いか、好ましいか嫌いかという評価として生ずる心の状態、快と不快、安と恐、和と怒、喜と悲、楽と苦、愛と憎というような両極を示すが、いずれにも快と不快が基調をなす。身体的な調子に伴う身体的感情leibliches Gefuhl, 生気感情vitales Gefuhlと対象の意味に関する精神的感情seelisches Gefuhlとがある。感情は神経系ことに自律神経系に影響して身体的機能変化を起こすが、それには純身体的で、その変化から感情状態が了解されないものと、身体的変化であってもそれから感情状態が了解される表情exprssion, Ausdruckとがある。感情は欲求に影響し、快なものは求められ不快なものは避けられる。身体的感情は主として体の調子によって起こるが、精神的感情は動機から起ったことが了解され、これを反応という。情動emotion, Affektは急性の強い反応性感情、気分、機嫌mood, Stimmung, humeurは長く続く弱い感情である。Gefuhlという言葉には感じという漠然とした認識的な意味もあるので、感情のことを情動性Affektivitatという方がよいという人もある。感情に入らない漠然とした弱い体験は皆、感じGefuhlといわれる。
 感情の障害は強さと弱さと、発生的了解性の少なさと、特別の形の点で分けられる。快の方向の亢進には爽快gaiety, Heiterkeit, 高揚elation, Gehobenheit,上きげん(多幸)euphoria, 不快の方向の亢進には抑うつmelancholia, deprssion,不安*あるいは苦悶*anxiety, Angst, anxiete, angoisse, 絶望desperation, Verzweiflung, desespoir, 不きげんdysphoria, Verstimmung, 驚きfright, Schreck, terreur, 恐れfear, Furcht, peurなどの形がある。動機から感情が起こされやすい場合、起こされるものが怒りanger, Zorn, colereなら刺激性irritability, Reizbarkeitといい、感情の動きやすさという意味ならば感情不安定affective lability, 感情失禁*affective incontinence(脳の器質病)という。感情の起こらないのは鈍感* apathetic, stumpf, torpid, 無関心*indifferent, gleichgultig, teilnahmlos, 情性欠乏 cold, gemutsarm, inaffectueuxという。
 他人の心との感情的なつながりは接触*contact, rapportという。意識にのぼらずにあるコンプレクス*としての感情的なものが思考を曲げれば、感情誘因性*katathymic, katathymの観念あるいは妄想という。

感情移入(感入)(39)

 英empathy[ギem=en中へ、ギpathe感]、独Einfuhlung, 仏empathie(1907 Theodor Lipps 1851−1914, ドイツの哲学者、この人がEinfuhlungという語を作り、その英訳がempathyである)≪resonance, intropathy≫
 元来は他のもの(生物と限らず)の中に自分の心を移し入れて、そのものにこういう心があると感ずること、転じて他人の心がわかること。精神分裂病患者は感入不能uneinfuhlbarであるという。しかしそれでも感入しようとする試みがあり、力動派はそれを行う。これは解釈となる。感入feeling in, 了解*verstehen, 解釈*deutenにははっきりした境がない。他人の精神生活の追体験nacherlebenともみられる。

気質(46)

 英temperament[ラtempero程よく温める、ひかえる、tempus時]性格とほとんど同じ意味で情意の持前の傾向であるが、生得的なものを意味する。ヒポクラテスの体液論による分類は多血質(sanguin 陽気、血が多い)、胆汁質(choleric短気、胆汁 choleが多い)、粘液質(phlegmatic 鈍感、粘液 phlegmaが多い)、黒胆汁質(melancholic 憂うつ、黒胆汁が多い)である。クレッチマー*の分類は、循環気質*−肥満型、分裂気質*−細長型、粘着気質*−闘士型である。

強迫(54)

 英obsession, compulsion, 独Zwangある考えや感情(不安)や衝動が、強いて迫ってきて抑えられず、そういうものは静かに反省してみれば理由がなく、無意味であると感じられること。無意味であると知りながら理由があるとの反駁がまた強迫的に起これば、妥当強迫*Geltungszwangである。強迫には不安が伴い、強迫が起こるのを抑えているとよけい不安になる。起こってくるものは自分の自由にならないが、それでも自分のものであり、分裂病のように他から抑しつけられるものではない。強迫は自由に舵をとられる精神活動のみに起こるといわれるが、強迫不安もありうる。一定のものごとに対する強迫的な恐れと、そのためにその物事を避ける強迫不履行Zwangsunterlassungがあれば恐怖*phobiaという。妄想*には不当さの自覚がなく、支配観念*には理由がある点で強迫と異なる。強迫幻覚は偽幻覚で強迫表象の知覚的なもの。obsessionは強迫観念、compulsionは強迫衝動に対する言葉である。強迫は自信欠乏者*に起こりやすい。強迫があれば強迫神経症とされることが多いが、うつ病や分裂病や器質性脳病にもありうる。流行性脳炎後のパーキンソン*状態で注視発作*と共に現われることがある。強迫表象は軽い発熱状態にもよくある。強迫運動や強迫姿勢は脳欠損による運動障害で、自由なものができず定まったものしかできないこと。強迫泣、強迫笑、強迫表情もこのような生理的なものである。思考や行為の強迫は強迫観念(強迫思考)obsessive idea, Zwangsvorstellung, Zwangdenken, idee obsedante, 強迫行為 compulsive act, Zwangshandlung, action compulsionnelleという。強迫反芻obsessive ruminationはくだらぬ哲学的科学的問題をいつも考えずにいられないこと(海にはなぜ岸があるか)、強迫儀式obsessive ceremonial, Zwangszeremoniell, ceremonial obsedant, rituel conjuratoireは一定のおまじない的行動をしないと不安になるものである。強迫を神経症と考えて強迫神経症obsessive-compulsive neurosis, Zwangsneurose, nevrose obsessionnelleとすれば、納れられない葛藤の心的エネルギーが強迫現象で代償されて、一応発散せしめられると考えられる。ジャネー*は1903年に強迫は心的エネルギーの不足(精神衰弱*psychasthenie)として、精神の統合ができなくなって勝手な精神活動が起こるものとした。強迫が起こるのは神経症とみなければ強迫病Zwangskrankheitといって内因性精神病のごときものと考える。精神病質*(自信欠乏)の上に起こると考えるときに、このような人間を強迫人Zwangsmensch, Anankast[ギanagke 強制、ギanagkazo強いる]という。学習理論*によれば強迫は不安に対する条件づけられた反応で、不安を起こす無条件刺激に何でもない内容が条件反射的に結びついたものと解される。強迫に属するものに疑惑狂folie du doute, Zweifelsucht(鍵がかかっていないのではないかと何回も確かめる)、何故狂folie de pourquoi(つまらぬことを何故と問わねばならぬ、頭は何故上にあるかなど)触狂folie de toucher(物に触れることの恐怖、不潔恐怖*mysophobia)などという言葉もある。

クリューヴァー−ビューシー症状群(64)

 英Kluver-Bucy syndrome(1937),Kluver-Bucy-Terzian Syndrom,独Kluver-Bucy Sydrom,仏syndrome de Kluver-Bucy≪temporal lobectomy behavior syndrome, Temporallappensyndrom≫サルで側頭葉の辺縁系を切除すると、口や性の欲動の抑制がなくなること。人間では両側側頭葉の萎縮や、葉切除ののちに見られる(1955 Terzian)。なお記憶の喪失や情動反応の減退や注意持続不能もみられる。

芸術家型(68)

 英Kunstlertyp(Pavlov)第2信号系よりも第1信号系が勝っている人間で、直覚的で感情的である。第2信号系の勝つ人は、思索家型Denkertypという。

言葉のサラダ(91)

 英word-salad, 独Wortsalat(Forel)、仏salade des mots 支離滅裂*や言語新作*が混って全く理解しがたい言葉のごた混ぜ。分裂病にみられる。

させられ思考(100)

 英made thought, influenced thought, 独gemachter Gedanke, Gedankenmachen, 仏production des pensees, pensee xenopathique[ギxenos 外の]思考体験における自我の能動性の意識の障害で、考えが自分で考えるのでなく他の力で考えさせられる、考えが他の力で作られる、他から影響を受けるなどと感じられる。思考奪取、思考伝播、思考化声などとともに分裂病の特有症状である。思考のみならず行為や意欲もさせられることがある。させられ体験Gemacht-Erlebnis, experince of influenceと総括される。精神的幻覚*hallucination psychiqueはさせられ思考や思考吹入に当たる。被影響症状群*syndrome d'influence, Beeinflussungssyndrom, 外部作用症状群syndrome d'action exterieure(Claude), xenopathieなどもこれに関連した言葉である。

自我(102)

 英ego, I-ness, my-ness, 独Ich, 仏moi体験をする主体で、これが意識されれば自我意識Ichbewusstseinである。自己意識Selbstbewusstseinは自己の価値の意識をいう。自我意識には自我の存在、自我の能動、他者との別、自我の単一性、自我の同一性などの意識がある。自我体験Icherlebenとは諸体験が自我のものと体験される自我所属性Meinhaftigkeitの体験をいう。
 自我障害Ichstorungは自我の体験や身体が他者と境がなくなる思考伝播*、思考察知*、憑依*、他から影響を受ける被影響influence, Beeinflussung, させられ*、made, gemachtの体験のほか、疎外*Entfremdungや離人*Depersonalisationなど、自分のものではないが他人には帰せしめられない体験までも含めることもある。狭義の自我意識は分裂病に特有である。体験自我量Icherfulltheitや自我への近さIchnaheが減ると自動や強制や圧倒を感じ、これを自我麻痺Ichlahmungとか自我空虚Ichleereという。
 自我後退Ich-Anachorese[ギana後へ、ギchoreo場所をあける、ギchora場所]は自我と相容れぬ考えを自我と切り離して他のものとすることで、こうして分裂症状が起こると説明される。自我神話化Ich-Mythisierung(Winkler)は誇大的に自我を罪を越えた神話的な偉大なものとして罪過感を逃れることである。この2つは分裂病や誇大妄想の力動的解釈である。
 自我精神病Ich-Psychose(1930 Kleist)は自己意識障害のあるもので、自己の価値を高いとする誇大的作話症expansive Konfabulose,自己の価値を低いとする心気症Hypochondrieがある。
 精神分析の自我はエスと超自我の間に立って現実の外界の条件と接触交渉するものであって、この両側からあやつられ、自我がそれに困ると防御機構が発動し、それが神経症である。
 egoismは利己主義、ラテンのegoに当たるギリシアのautosからautismとなると自閉となる。利己主義の逆は利他主義、他者主義*altruism[ラalter他の]で、自己を犠牲にしても他人につくすこと、自己中心的egocentricは利己的の意味もあるが、あらゆるものが自分に関係があり、自分を中心として動いていると感ずる、アナストロフェ*の意味にもなる。

思考障害(105-106)

 英disturbance(disorder)of thinking, 独Denkstorung, 仏trouble de la pensee思考とは意味を知ること、意味づけることで、理性的な心のはたらきをいう。思考というと考える作用、思想、考想、観念thought, idea, Gedankeは考えられた内容をいい、念慮というとおもんぱかる、つらつら考える、うれいを含んで考えることなので、被害念慮とか自殺念慮などというように用いる。思考障害は思考の形の障害と内容の障害に分けて見られ、あるいは思考の進み方(思路flow of thought, Gedankengang)と、意味づけと、思考体験の障害とに分けられる。
 思考進行の障害 1)思考制止retardation of thought, inhibition of thought, Denkhemmung, inhibition de la pensee:思考進行がおそく、思いつきが少なく、内容が貧弱で少しのテーマしかなく、目標を追えない。抑うつ、疲労、脳器質病に見られる。2)粘着adhesivity, Haften, viscosite, 保続perseveration:思考の目標を変えて新しいテーマに移れない、粘着は同じようなことがらをくり返し、保続は同じ言葉をくり返す。てんかん、脳器質病に見られる。3)観念奔逸flight of ideas, Ideenflucht, fuite des idees:思考進行は速やかで、思いつきが多く、目標が変化し、進行は外からの刺激ですぐ逸れる。軽いと冗長verbose, weitschweifig, divague[dis分かれて、vagor歩く回る]という。躁病、酒の酔いに見られる。4)支離滅裂 incoherence, desultoriness, Zerfahrenheit, incoherence:思考の各節のつながりがなく、全体的に無意味で、各節のつながりも無意味である。意識清明(分裂病)ならzerfahren,意識混濁があるとinkohaerent(ドイツで)、軽ければ連合弛緩loosening of association, Assoziationslockerung, ralentissement de I'association,重ければ言葉のサラダword salad, Wortsalat, salade des mots, あるいは語唱verbigerationという。5)途絶blocking, Sperrung, barrage:話が突然とぎれ、ちょっとしてまた続く。このとき思考奪取 thought withdrawal, Gedankenentzug, vol de la penseeがあることもある。6)迂遠思考cicumstantial thinking, umstandliches Denken, pensee circonstanciee:思考の目標にまっすぐに経済的に進まず、副次的な枝道の話がくわしく挿入される。てんかん性痴呆、老人、痴呆に見られる。意味づけと思考体験の障害は内容の障害とも見られ、考えがひとりでに、むりに出てくると見れば体験の障害、その考えは誤っていると見れば内容の障害である。1)支配観念prevalent idea, overvalued idea, uberwertige Idee, idee fixe:感情負荷の強い思想で、いつもその考えが出てくる。心気者、熱狂者など。2)妄想様観念delusional idea, wahnhafte Idee:感情的な変化(躁やうつや不安)から解されるような考え違い。3)妄想delusion, Wahn,idee delirante:ひとりでに起こる、前の体験から導かれない考え違い。妄想知覚delusional perception, Wahnwahrnehmungは知覚されたものに特別の誤った意味がつけられ(分裂病特有)、妄想着想intuitive delusion, Wahneinfallは誤った考えが突然思いつかれる。4)強迫観念obsessive idea, Zwangsidee, idee d'obsession, Anankasmus[ギanagke強制]:抑えることのできない、自分に意味がないと思える考えがむりに浮かび上り、常につきまとう。考えではなく恐れや衝動ならcompulsionという。強迫神経症、自信欠乏精神病質、疲労にあり、ときにうつ病や分裂病、注視発作*(パーキンソン)にもある。5)させられ思考* made thought, gemachter Gedanke, 思考奪取* Gedankenentzug:他の力で考えが作られ、考えさせられ、考えが引き抜かれるので思考体験の障害であり、これと同列のものに思考吹入* Gedankeneingebung, 自生観念* autochthone Ideeがある。

失語(111-112)

 英aphasia, 独Aphasie[ギphasis知らせ]、aphemia[ギphemi言う]言葉をいうのに必要な筋の麻痺はなく、かつ耳は聞こえるのに言葉を用いたり言葉を聞いて解したりすることができないこと。失行や失認を伴うこともある。知的なものは元来、損われておらず、知能の低下(痴呆)はないことを前提とするが、言語は知能と密接に結びついているので失語ではある程度知能の障害があって、抽象能力が減り概念形成が侵され、手本どおりに物を作ることができない。右利きの人では左の大脳半球に巣がある。1861年にパリの外科医のブロカ*Broca(1824-1880)が、後に運動性失語といわれたものを見つけaphemie[ギphemi言う]といった。aphasieという言葉はTrousseau(1807-1867)による。デジェリーヌ* Dejerine, ウェルニッケ*Wernicke,リヒトハイムLichtheim,ピック* Pickなどが失語理論に貢献した。
 古典的失語理論 klassische Aphasie-lehreでは運動性言語中枢(ブロカの中枢、下前頭回弁蓋部)と感覚性言語中枢(ウェルニッケの中枢、上側頭回後部)とこれより上位の概念中枢(思考が行われる場所)を分け、その間を結ぶ連絡と、初めの2中枢より末梢の皮質下という部分を考える。
1)    皮質性運動失語cortical motor aphasia, kortikale motorische Aphasie, aphasie de Broca:言葉をいえず書けないが言葉を聞いて、文字を見て、理解でき、知能はかなりよい。
2)    皮質下運動失語subcortical motor aphasia≪純運動失語reine motorische Aphasie≫:言葉をいえないが書ける。言葉の表象はあるのでその言葉の綴はいくつかと問えばその数を叩く。これを内言語inner language, innere Spracheは保たれているという。3)超皮質性運動失語transcortical motor aphasia≪概念唖、語義唖≫:自発言語と自発書字ができないが、声を出して読める。書取、模倣言語repeat, Nachsprechenはでき、言語理解は保たれる。これの軽いのは健忘失語amnestic aphasiaで、物に対して適当な名を見いだせず、言語発見name finding, Wortfidung ができない。4)皮質性感覚失語cortical sensory aphasia, kortikale sensorische Aphasie, aphasie de Wernicke≪言葉聾*≫:言葉を聞いても分からない。自発言語では錯語*paraphasiaがあり、その著しいもので何をいっているのか分からないのはジャルゴン失語*jargonaphasiaという。模倣言語と書取りはできない。失読、失書もあり、語漏logorrhea,Logorrhoe,(言葉もれ、多弁で話の抑制がなくなる)、保続*perseverationもある。知能あるいは人格水準が低下するのは言葉や思考が運動性失語より深い所で侵されるからである。5)皮質下感覚性失語subcortical sensory aphasia≪純感覚性失語reine sensorische Aphasie≫:ウェルニッケの中枢は侵されず、それより下で侵され、自発言語は侵されないので読み書きはできる。言葉の響きの像は持っていて、聞いてはだめであるが他のことには用いられる。6)超皮質性感覚失語transcortical sensory aphasia:概念中枢と感覚性言語中枢のつながりが侵され、自発言語と自発書字はあまり侵されないが言語理解はない。声を出して読み、書き写す。書き取りは理解できぬままに可能である。7)伝導失語conduction aphasia, Leitungsaphasie, aphasie de conduction:言語模倣repeat, Nachsprechen, repeterができない。島の破壊による。言語理解はかなりある。感覚性言語中枢から運動性言語中枢への操縦ができない。なお視覚性失語optische Aphasie(Freud)は失認により、見せられた物の名をいえないが、触れて名をいったり、概念を名づけたりすることはできるもの。
 ヘッドHeadの分類は言語発達段階により、次のように分けられる。1)単語失語verbal aphasia:単語を作れないもので運動性失語に当たる。2)文章失語syntactial aphasia:文法の形が与えられないもので失文法*agrammatismに当たる。3)命名失語nominal aphasia, Begriffsaphasie:意味を単語として表わせないもので健忘失語に当たる。4)文意失語semantic aphasia:思考全体に言語記号をあてはめられないもので超皮質性失語に当たる。運動性と感覚性の障害はいずれの失語にも多かれ少なかれ混在する。ジャクソンJacksonは情性言語emotional speechと知性言語intellectual speechとを分け、同じ語が知的場面では用いられなくとも感情的場面では用いられるとして、前者を後者より低い段階とした(層理論*)。
 以上種々の分類が純粋に現われることは少なく、多かれ少なかれ互に混っている。感覚性失語と運動性失語両者が一緒にあれば全失語total aphasiaである。

失行(112)

 英apraxia, 独Apraxie[ギprasso行う、ギpraxis行い](1871 Steinthal, 1900 Liepmann)運動能力はあるが随意行為ができないこと。観念失行ideational apraxia, ideatorische Apraxieでは、行為の仕方の観念がなくなって全くまちがった別の行為が起こる。大脳の広い破壊か角回(39)の巣による。運動失行motor apraxia, motorische Apraxieのうち肢運動失行gliedkinetische Apraxieは行動の仕方は正しいが下手なもので、前中心回のすぐ前(6)の巣による。観念運動失行ideokinetische Apraxie(39と6を結ぶ部分の巣、上縁回40の巣)と脳梁失行Balkenapraxieでは行動がごたごたで保続が多い。構成失行constructive apraxia, konstruktive Apraxie(Kleist)は空間図形をうまく作れないものである。認識gnosisと行為praxisの両方にまたがる障害により、頭頂後頭接続領域を巣とし、ゲルストマン症状群*に近い。着衣失行dressing apraxia, Ankleideapraxie, apraxie de l'habillageは着物を着るのをまちがうもので、頭頂葉巣、ピック病で見られる。
 失行では一般に必要があって行うときにはうまく行為でき、必要もないのに命令によって行うことや、行為のまねをわざとさせられるときには現実から離れた情況なのでうまくいかない。失語*の情性言語と知性言語の差と似る。

失認(115)

 英agnosia, 独Agnosie[ギa否、ギgnorizo知る]感覚は保たれているが知覚ができないこと。目は見え耳は聞こえるが、対象がどういうものかわからない、あるいは象徴symbolがわからないこと。
1)    聴覚失語acoustic agnosia, akustische Agnosie:精神聾psychic deafness, soul deafness, mind deafness, Seelentaubheitともいわれ、音は聞こえるが何の音かわからないこと。感覚性失音楽*sensory amusia, sensorische Amusieはメロディーを聞いてわからないこと。感情性失語sensory aphasia, sensorische Aphasieは言語聾word deafness, Worttaubheit, surdite verbale[ラsurdus聾の]ともいい、言語象徴への失認である。
2)    視覚失認optic agnosia, visual agnosia, optische Agnosie, agnosie visuelle:精神盲psychic blindness, Seelenblindheit, cecite psychiqueともいい、対象の形や色はわかるがそれが何物であるかわからないことで、触れればわかる。また字ならば失読alexia, 語盲word blindness, Wortblindheit, cecite verbale, 色がわからないのは色彩失認Farbenagnosieであり、個々の対象はわかるが全体としての場面、情況がわからないのは同時失認simultaneous agnosia, Simultanagnosieという。
3)    触覚失認 tactile agnosia, 実体失認astereognosia:触覚はあるが触れたものが何であるかわからないことで、鍵なら冷たい、固い、長いとはわかるが鍵とはわからない。
4)    指失認 finger agnosia, Fingeragnosie, agnosie digitale:目を閉じて触れられた指がどの指かわからないこと。自己身体部位失認* autotopagnosia[autos自己、topos場所]とともにゲルストマン症状群*Gerstmann's syndromeに入る。
5)    空間半側失認または無視 unilateral spatial agnosia or neglect, ignorance unilaterale de l'espace, agnosie spatiale unilaterale:左側の空間のものが忘れられ、多くは左の半盲があるもの。

シャルコー(120)

 Jean Martin Charcot(1825-1893)1862年からサルペトリエール病院で神経精神医学ことに催眠とヒステリーの研究を行い、著者には神経系疾患の講義 Lecons sur les maladies du systeme nerveux(1873)、大脳疾患の局在Localisations dans les maladies du cerveau(1876-1880)がある。シャルコー関節 Charcot's arthropathy, Charcotsches Gelenkは脊髄癆性関節病arthropathia tabica(1865)のこと、シャルコー病maladie de Charcotは筋萎縮性側索硬化(1865)のこと、シャルコーの浮腫は神経性の四肢浮腫(1890)のこと、シャルコーの三徴候Charcot's triad, Charcotsche Trias, triade de Charcotは多発性硬化の企図振戦* intention tremor, Intentionstremor, tremblement intentionnel, 断節言語* scanning speech, skandierende Sprache, parole scandee, 眼振* nystagmus(1879)のことで、これらは小脳性の病気の徴である。シャルコー区域Charcot's zoneはヒステリー発生帯hysterogene Zoneのことで、たとえば卵巣点point ovarien de Charcotのごとくそこを押えるとヒステリー発作を起こす場所をいう。シャルコー徴候Charcot's signはバセドウ病の際の手のふるえをいう。弟子にはフロイト*、ジャネ*、バビンスキー*、マリー*、 ジル ド ラ トウレット*、ブリソー*などがある。

昇華(126)

 英sublimation, 独Sublimierung[ラ sublimo 高める]ニーチェの概念で、フロイドが1905年に精神分析に使用したもの。性的エネルギーを性的目標から逸らして社会的に高い価値のある知的芸術的目標に向けること。

浄化(126)

 英catharsis, 独Katharsis[katharos 清い]発散されずにたまった感情を発散させてさっぱりさせること。神経症、ヒステリーの治療のしくみである。アリストテレスは悲劇は観客に浄化の作用があるとした。発散解消*abreagierenと行動化*acting out, agierenが浄化を行う。ブロイアーとフロイドの浄化療法kathartische Behandlung(1895)は、催眠や会話(自由連想)によって抑圧されたコンプレクスを呼びさますことにより、神経症の治療ができるとするもの。

条件反射(127)

 英condioned reflex, 独bedingter Reflex, 仏reflexe conditionne(Pavlov)無条件反射は人間(生物)に元来ある反射で、条件反射は刺激に対する反射運動を学習的に練習させて作り出されるもの。生物が環境の種々変わる条件に適応するには条件反射が必要である。

情動(129)

 英emotion[ラex外へ、ラ moveo 動く]、独Affekt[ラad の方へ、ラfacio作る、する]、Gemutsbewegung, 仏affection≪情緒、感動≫ 反応性の強い短い感情で著しい身体的表現や随伴現象をともなうもの。喜び、悲しみ、怒り、驚き、感激、威張りなど。身体的随伴現象には表情と自律神経反応(呼吸、心臓、顔色)のほかに神経学的なものもある(ふるえ、筋緊張喪失)。形容詞にすると情動的emotional, affective, 情動強調のあるaffektbetontとなる。情動性Affektivitatという語は情動の起こる性質ということであるが、感情という語の代わりに用いる人が多い。Gefuhlという言葉は感情とともに感じという意味をも含み、感覚的なものや、漠然とした精神現象全部をいうので、不適当であるといわれる。

心気(135)

 英hypochondria[hypo下、chondros 軟骨、肋軟骨の下、Galenos]限局的な体部の故障感や不快感や疾病感の心配。自己の身体の状態に病気を心配して注意を向け自己観察をするので、放置すればうまくいく身体機能に却って故障を起こし、あるいは些細な故障を著しくする。こういう心構えになることは神経症にもより、また元来の性格にもよる。これを心気者Hypochonderといい、一般に実際にはありもしない病気をあるとして、またはそうなるのではないかと悩む。心気性抑うつhypochondrische Depressionはうつ病で心気が著しいもの。心気性反応hypochondrische Reaktionは重病の人を見たり本を読んだりして、自分にもそういう病気があるのではないかと心配すること。心気妄想hypochondrischer Wahnはうつ病や分裂病にある奇妙な体の病気の妄想で、体感幻覚*とも関係することがある。モリエールMoliereはその劇で想像病者malade imaginaireといった。

すてばち諧謔(147)

 英grim humor, gallows humor, 独Galgenhumor アルコール譫妄、振戦譫妄*のとき、表面的な上機嫌に不安の混った気分。ひかれるものの小唄という日本語がこれに当たる。

精神薄弱(153)

 英oligophrenia[ギoligos少ない、ギphren心]、mental deficiency, amentia[ラa否、ラmens心]、anoia[a否、ギnoeo認識する]、feeble-mindedness, mental retardation, 独Schwachsinn, 仏arrieration mentale 精神発達不全。知能が低く、人格も低格か単純。三段階に分かち、白痴* idiocy, Idiotieは教育不能で、I.Q.20以下、痴愚* imbecility, Imbezillitatは実生活で独立してうまくやれないもので、I.Q.20〜50, 軽愚* debility, moronism, Debilitatは専門職を習得できないもので、I.Q.50〜75とする。原因は遺伝、胚種破壊、胎内疾病、出産時破壊、幼時の脳破壊であり、痙攣発作と身体的故障を伴うものが多い。原因のはっきりしたものとして、中毒は鉛、一酸化炭素、核黄疸、伝染病はウイルス、梅毒、トキソプラスマ、*代謝障害はリポイド症(黒内障白痴*、白質ジストロフィー*)、アミノ酸尿症*(フェニルケトン尿症*、 楓糖尿病*、ハートナップ病*、など多くのものがある)、発作的に注視点に光る「ぎざぎざ」が現われてそこが見えなくなる。あとで嘔気や片頭痛* migraineが起こることが多い。

前頭葉症状群(165)

 英frontal lobe syndrome, 独Stirnhirnsyndrom, 仏syndrome du lobe frontal 精神的には鈍感無為、思考の貧弱と進行緩徐、モリア* moria, Witzelsuchtすなわち冗談好き、抑制喪失、上きげん(多幸)などが見られ、神経学的には平衡障害、嗅覚視覚障害(近傍への圧迫)、強迫握り、失禁、視運動障害などがある。気分の変化は一定でなく、機嫌のよいもの、鈍惑なもの、不機嫌なものの三種があり、眼窩脳なら病感がなく上きげんで抑制がなく冗談をいい、凸面なら無為で思考貧困、というちがいがある(眼窩脳症状群* Orbitalhirnsyndromと凸面症状群Konvexitatssyndrom)。

譫妄(せんぼう)(166)

 ラdelirium, 仏delire[ラde 外へ、ラlira畦](形容詞はdelirant, delirios)意識混濁があって夢幻的で運動現象を伴うもの。ドイツでは意識障害の一つの形をいうが、フランスでは意識障害にも、妄想にも、精神障害一般にもデリール*という語を用いる。急性譫妄delirium acutum, delire aiguは、意識混濁のある激しい興奮で、急性致死緊張病*akute todliche Katatonieもこれに入る。急性アルコール譫妄delire alcoolique aiguは振戦譫妄* delirium tremensで、慢性アルコール中毒者の飲酒時に起こるもので、暗示幻視(リープマン症状*)、多くの小さな動くものの幻視、すてばち諧謔 gallows humor, Galgenhumor(不安と多幸、ひかれ者の小唄)が有名である。軽いものには夢幻デリールdelire onirique, 錯乱夢幻デリールdelire confuso-onirique, 一挙デリールdelire d'emblee(突然起こる被害、誇大妄想でまもなく消える。1867 Griesinger の初原妄想Primordialdeliriumに当たる)などがあり、次第に妄想に近づく。
 慢性デリールdelire chroniqueは意識障害のない妄想で、解釈デリールdelire d'interpretation, 理屈狂folie raisonnanteはパラノイアに当たる。パラノイア的デリールdelire paranoiaqueは妄想があるが人格がしっかりしているもの、体系的解釈デリールdelire interpretatif systematiseはまとまった体系を作るもの、パラノイド的デリールdelire paranoideはまとまりなく人格変化のあるもの、パラフレニー的デリールdelire paraphreniqueはパラフレニー*のことである。迫害妄想delire de persecution(Verfolgungswahn)、否定妄想delire de negation, Cotard(虚無妄想*nihilistischer Wahn,)、剥奪妄想、delire de depossession, 損害妄想delire de prejudice, 敏感関係妄想*delire sensitif de relation(sensitiver Beziehungswahn, Kretschmer)、二人連れ妄想delire a deux(同じテーマの妄想を二人が持つ、folie a denx, 感応反応folie induite, delire induit, induzierte Reaktion、直観妄想delire intuitif(妄想* 着想)などという表現がある。
 記憶妄想delire de memoireは新規健忘*ecmnesie[ギex外へ、ギmneme記憶]で、昔のことが今として思い出される、今を昔と思っていること。追想の幻覚*もこれに入れられることがある。接触デリールdelire de toucherというと不潔恐怖*mysophobiaのことになる。

ダーウィン(176)

 Charles Robert Darwin(1809-1882)イギリスの生物学者、進化論を立て、種の起源On the origin of species by means of natural selectionが有名であるが、人間の表出や行動の研究の創始者でもある(1872 The expression of the emotions, 1877 Biographical sketch of an infant)。ダーウィン説Darwinismによると、生物は次々と少しずつ違った個体ができて生きるために互に競争し(生存競争struggle for life, Kampf ums Dasein, concurrence vitale)、環境に適したものが生き長らえ(適者生存survival of the fittest, Uberleben der Tauglichen, survivance du plus apte)、不都合なものは亡びる(自然淘汰natural selection, Zuchtwahl, selection naturelle)。これから進化論evolutionismが発展し、哲学者スペンサーHerbert Spencer(1820-1903)は社会、心理などの現象にも適用し、神経学ではジャクソン*John Hughlings Jackson(1835-1911)に影響を与え進化と解体*evolution and dissolution, Aufbau und Abbauの説となり、クレペリン*、フロイト*、クレッチマー*、エイなどの精神医学の理論もこれにもとづく。

知性心と情性心(181)

 独Noopsyche, Thymopsyche[nous 知力、thymos激情](Erwin Stransky1877-1962,ウィーンの精神医)精神生活の知的な方面と感情的な方面。精神分裂病はこの両者の均衡がとれないことによるとし、精神内失調*intrapsychische Ataxieという。

転移(192)

 英transference, 独Ubertragung, 仏transfert 精神分析の過程で被分析者が幼時に父母に対して持った態度を分析者に向けること。こういう状態を転移神経症Ubertragungsneuroseという。また転移のできる精神神経症という意味で不安ヒステリー、転換ヒステリー、強迫神経症を転移神経症で治療可能なものとして、これに対して転移の困難な自己愛神経症narzisstische Neurose,すなわち重い神経症的抑うつ*や妄想状態など、うつ病や分裂病に近いものは、治療困難であるとする。

同姓愛(197)

 英homosexuality, homoerotism, homophilia, uranism(男の同姓愛)[ギouranos母なくして生まれたouraniaの父]、lesbianism, sapphism(女の同姓愛)[Sappho, 600 B.C.ギリシアの女詩人でLesbos島に住んだ]、tribadia(女の同姓愛)[ギtriboこする]性愛は元来異性間に起こるべきであるが、異常の形の一つに同姓間の性愛と性行動があり、同姓愛という。児童愛paedophiliaの同姓愛もある。

トレマ(201)

 独Trema[ギtremoふるえる](1958 Conrad) 元来は場怯え*stage fright, Lampenfieber[Lampe=foot-light]のことで、役者がステージに上る前の緊張感、不安と期待、罪過感、気のくじけ、敵地に乗り込む感じなど、妄想気分* Wahnstimmungに当たる。これに続いてアポフェニー* Apophanie[ギapo 離れて、ギphaino現われさす、reveal, 啓示]、特別の意味の意識、あるいはアナストロフェー* Anastrophe[ギanaもどって、ギstrepho向ける、倒置ruckwenden]、啓示的世界の中心に自分がいて、世界は自分を中心にしてまわるという関係妄想*、妄想知覚* Wahnwahrnehmungとなり、最後に混沌として意味はよく分からないが意味ありげな黙示Apokalyptik[ギapo離れて、ギkalyptoおおう]の時期となる。

ドン−ファン症(202)

 英Don-Juanism, 独Don-Juanismus, 仏donjuanisme[Don Juan Tenorio]女性と長い結合をせず性的な相手を始終かえることで、人格的な結びつきでなく性欲的なもののみが求められる。幼時に母から受けた不正による女性への復讐と解する。

野口英世(1879-1928)(215)

 (1876-1928)ニュ−ヨークに居住中、1913年に進行麻痺脳中にスピローヘタ パリダを発見、この病気が、初めて梅毒病原体直接の作用によることがわかった。

乗り越え(216)

 英Uberstieg(1958 Conrad)普通の人間が座標coordinate, Bezugssystem, Relevanzsystemを任意に変えて、別の見方に立場をかえて見ることができること。人は自分の世界の中心にいるが、それを乗りこえて他の人の世界に立場を変えて物を見ることができるのに、分裂病になることこれができない。自分が中心ですべてが回り(アナストロフェ* Anastrophe)、何にでも意味がある(アポフェニー* Apophanie)。乗り越え不能をコペルニクス的転換* Kopernikanische Wendungができないという。

パヴロフ(218)

 Ivan Petrovich Pavlov(1849-1936)ロシアの生理学者で、生体と環界との相互関係、条件反射の研究を行い、1897年に消化腺研究講義、1923年に動物の行動(高次神経活動)の客観的研究の20年にわたる経験、1927年に大脳半球研究講義などの業績があり、1904年にノーベル賞を受けた。条件反射を運動機能や植物神経機能に限らず精神障害の説明にまで広げ、第2信号系の中の変化や、第1、第2信号系の結合の不全から説明した。

馬鹿(218)

 これは当て字でmoha痴(癡)、不慧、おろか、一つのことに夢中になること(書痴)。迷いすなわち悟りを妨げる三つの煩悩の一つ(貪、瞋、痴)。folie, foolはfollisふくろ、あたまがからっぽ、Narr[narro]は常識に反した行動をして人の物笑いになることで、道化の意味にもなる。dummはtaub, stummと同根、blodeは弱いこと、verrueckenは本道から離れて脇にずれること、crazeはめちゃめちゃにこわすこと、dunce, Dunsはスコットランドの哲学者Duns Scotusから出て、くだらぬことをほじくって得意になっている意味、精神病院のことはNarrenhausといい、1461年にニルンベルクにNarrenhausleinができた。痴人の橋Narrenbruckeは中世に川や池の上に橋を渡して病人に渡らせ、途中で不意に水中に落として治療をした一種のショック療法。

敏感精神病質(238)

 独sensitive Psychopathie自信欠乏精神病質* の一つの型で、感じやすい繊細な感情を持ち、小心で、恥や体面をひどく気にして、感情のうっ積を発散できず、くよくよ思いわずらう。これに敏感関係妄想* sensitiver Beziehungswahnが発生する。自信欠乏のもう一つの形は強迫性* のもので、こまかいことが気になって、それがきちんとなっていないと気がすまず、強引である。

ビンスワンガー(239)

Ludwig Binswanger(1820−1880):スイス、クロイツリンゲンKreuzlingenのベルヴュBellevue病院長(1857から)。
 Robert Binswanger(1850-1910):Ludwigの息子。
 Ludwig Binswanger(1881-1966):Robertの息子、フロイトの弟子で祖父の上記の病院を継ぐ。精神医学の中に哲学を持来たり、精神分析と結びつけ、現存在分析*Daseinsanalyseの説をたてた。著作は1922年心理学総論の諸問題の入門Einfuhrung in die Probleme der Allgemeinen Psychologie, 1942年人間存在の基本型と認識 Grundformen u. Erkenntnis menschlichen Daseins. 1957年には精神分裂病Schizophrenie,その他論文集が2冊ある。
 Otto Ludwig Binswanger(1852-1929):イェーナの教授で、真正てんかんの概念を作り、神経衰弱の肥満療法Mastkur(1896)を行った。ビンスワンガー症状群 Binswanger-Syndrom(1917)≪ビンスワンガー痴呆 Binswangersche Demenz, encephalomalacia subcorticalis chronica arteriosclerotica≫は動脈硬化性慢性皮質下脳軟化で、強迫泣、言語障害、巣症状、てんかん、痴呆、自殺などの症状を示す。病変は後頭葉白質と脳幹核に著しい。上の叔父。

不安(240)

 英anxiety, 独Angst, 仏angoisse[angおしつけて狭くengする意味]哲学的定義では対象のある恐れ、fear, fright, Furcht, crainteに対して対象のない恐れをいう。特発性不安* free floating anxiety, frei flottierende Angst, angoisse flottanteである。締めつけられる苦しい感じ、無に直面した限界状況* limit situation, Grenzsituation, 人間存在のせっぱつまった状態のときの感じをいい、これを味わって本当の人間存在がわかかるという。身体的には呼吸困難や狭心症のときに起こる。精神病ではうつ病や分裂病にみられ、また神経症の原因ともなる。精神分析では抑制された性欲から生ずるという。強迫や恐怖phobiaには不安がいつもある。うつ病では不安が頭や心臓部や胸内precordialに局在して感じられる。不安ともいい、苦悶ともいう。anxieteは心配、angoisseは苦悶、に当たる。

舞踏病(245-246)

 英chorea, 独Tanzwut, Veitstanz, ラchorea sancti Viti[聖 Vitus]仏choreomanie[ギkhoreuo 合唱して踊る]14世紀にヨーロッパに流行病的に成人の舞踏狂Tanzwut, ヒステリー性感応性の大舞踏病chorea major, choreomanie, danse de Saint Guy[昔の殉教者]が起こり、1686年にシデナム* Sydenhamが子供の小舞踏病chorea minorを記載、その当時は伝染中毒性のものとわからず年令によって分けた。1871年にハンチングトンHuntingtonが、遺伝性舞踏病chorea hereditariaを見いだした。舞踏病症状群は錐体外路性運動増加緊張減少状態の一つで、手足をくねらせたり、ひょこひょこする踊るような運動障害があり、線条体が侵され、淡蒼球と黒核を抑制できないために起こる。
 電撃性舞踏病chorea electricaはヒステリー性の激しい筋のぴくぴくした動き、あるいはドビニ病Dubini's disease(Angelo Dubini1813-1902)といわれる。イタリア北部の脳炎による顔や四肢のミオクロニー*、あるいは非定型ミオクロニー(Henoch)のことをいう。英国舞踏病chorea anglicorumは小舞踏病、ドイツ舞踏病chorea germanorumは大舞踏病すなわちヒステリーのことである。妊娠舞踏病chorea gravidarumは妊娠初期に若い初産婦にくるもので、以前にかかった小舞踏病の再発で、代謝障害により、死亡することもありうる。ハンチングトン舞踏病chorea hereditaria Huntingtonは成人ないし老人に発生する慢性進行性の優性遺伝をなす線条体変性で、性格変化は精神病質様でついに痴呆に陥る。またときどき現われる幻覚妄想状態もあり、大脳皮質ことに前頭葉にも萎縮がくる。模倣舞踏病chorea imitatoriaは子供がまねをして何人にもひろがるもの。点頭舞踏病chorea nutans はうなづき運動のあるもの。小舞踏病chorea minorはイギリス舞踏病chorea anglicorumで、伝染性舞踏病chorea infectiosa,シデナム舞踏病Sydenham's choreaともいわれ、子供に起こる伝染性中毒性ロイマチ性のもので、治癒しうるものであり、線条体の生来の弱さも関係する。舞踏病精神病Choreapsychose, choreophrenieは小舞踏病やハンチングトン舞踏病のときの幻覚(視、聴)や被害妄想で、分裂病に似る。舞踏アテトーゼchoreoathetosisは舞踏病とアテトーゼの混合で脳性小児麻痺などに見られ、巣と反対の体側に起こる。

分離(251)

 英separation. 独Ablosung, 仏separation二人の人の間の精神的なつながりや従属を断ち切ること。青春期には子が親から分離される。精神分析で治療が終わったときに、被分析者が分析者から結合を解かれるのも分離である。原始民族の成年式initiation ritualも親からの分離である。子供が親から分離されることの不安から神経症になるものがある(学校恐怖症* school phobia)。またいつまでも分離されなければ依存的* dependentとなる。

扁桃核(258)

 ラnucleus amygdalae, 独Mandelkern 側頭葉の先の方にあって脳室内に飛び出している。辺縁系の一部で、侵害により性的行動の増加、動物で除去により野性が馴れる。刺激により摂食の準備運動(舐め、噛み、よだれ)がみられる。狂暴者をおとなしくするため、扁桃核切除を行う人がある。

防御機構(259)

 英defense mechanism, avoidance reaction, 独Abwehrmechanismus, 仏mecanisme de defense実現されては社会個人生活に不都合な欲求や、解決できない悩みは、抑えつけられて一応消えるがそのままでは不安、苦しみを起こすので、違った形のものとして発散されて、不安や苦しみから心を守ること。初めの欲求や悩みと最後に発散されたものが意識され、抑えつける働き、抑えつけられて隠れているもの、それを発散させる仕組みは意識されないものである。この仕組みを防御機構といい、抑えつけられて隠れているものはコンプレクスである。発散されたものが病的にみえれば神経症である。これを防御神経症defense neurosis, Abwehrpsychoneurose(Freud)という。
 一次的な防御機構は抑圧repression, Verdrangungと否定denial, Leugnung(いやな現実を認めない)で、二次的なものは投射projection,(自分の中の性質を他人の中にあるものとして認める)、摂取introjection(他人の中の性質を自分の中にあるものとして認める)、合理化rationalization(実現できない欲求にもっともらしい知的な理由をつけて納得する)、転換conversion(欲求や悩みの形を変えて別物のごとくにして発散する)、代償compensation(もとのものと別のものでやりくりをつける)、退行regression(過去の精神発達段階に逆もどりして苦しみから逃れる)、反動形成reaction-formation(欲求と逆の態度をとる)、昇華sublimation(社会的に都合のよい形にかえて発散する、これは望ましい仕方で、神経症ではない)、このほかいくつかの防御機構の概念で神経症、精神病の症状を解釈する。
 神経学では防御反射defense reflex, Abwehrreflexというのは逃避反射flight reflex, Fluchtreflexのことで刺激が加わると突然不随意の防御を起こし、たとえば足の裏に強い刺激が加わると脚がちぢまるごときである。

保続(260)

 英perseveration[ラper越えて、severus厳格な、やり通すこと](Neisser)ある要求に沿った正しい応答をして、そのすぐ次に別の要求があるとき、やはり前と同じ応答をくりかえすこと。粘着viscosity, adhesivity, Haften, Haftenbleibenは思考の進行が一つのテーマにくっついて(kleben, adhere)いて、別の新しいテーマにピントを合わせられないことであるが、PerseverationとHaftenと同じ意味に用いることもある。反覆* Iteration[ラiteroくりかえす、ラeo, ire行く、iter行くこと、続行]は同じことが無意味にくりかえされること。常同* stereotypyは同じ行動がしばらくくりかえされること(言葉、行動、態度)、語唱* Verbigeration[ラverbum言葉、ラgero運ぶ、生じる]は同じような調子で無意味な簡単な言葉がしばらくくりかえされること。保続は脳器質病や分裂病、粘着はてんかん、反覆は脳器質病ことに巣症状、語唱は分裂病のときに用いられる傾向がある。

無意識(269)

 英unconscious, 独unbewusst, 仏inconscient 意識されない精神的なものがあることは記憶貯蔵をみても明らかであるが、これが無意識の中で活動していることはある程度認めるべきであっても、精神分析ではこれを極端に押しすすめているので、どこまで信用すべきか分からなくなる。フロイト*は個人の経験が無意識になった個人的無意識personliche Unbewussteを取り扱うが、ユング*は集団的無意識*collective unconscious, kollektives Unbewusstes, inconscience collectifといって、生物学的に伝えられるごとき形象を考え、ソンディ Szondiは家族的無意識*familiares Unbewusstesといって家族の歴史により、その成員の友人、配偶者、職業の選択が無意識に運命的に行われるとする。構造主義*structuralismeのレヴィーストロースLevi-Straussの構造structureはユングの集団的無意識と似た、内容ではなく構造である。下意識unterbewusstは意識されずに進む精神身体的自動的過程についていい、意識しようとすればいつでも意識されうるもの。

妄想(276)

 英delusion, 独Wahn, 仏idee delirante[ラdeから離れて、ラludo遊ぶ、ラlireあぜ、wahnはWunschという意味]当人だけが正しいと信ずる意味づけの誤り。ひとりでに起こってくると見られれば真正妄想echter Wahn, 一次的妄想primary delusion, 妄想的直観intuition delirante, 妄想着想Wahneinfall, 実際の外界現象が誤って意味づけされるなら妄想知覚interpretation-delusion, Wahnwahrnehmung, interpretation delirante, 異常な知覚の誤った説明は説明妄想explanatory delusion, Erklarungswahn, delire explicatif, 他の経験から了解的に発生すれば妄想的観念wahnhafte Idee, 妄想様観念 wahnartige Idee, 次第に育成され発展してくると見られればパラノイアparanoia, 妄想的人格発展paranoide Personlichkeitsentwicklungという。妄想のさらに根源的なものを認める見方では、妄想を防御機構とみて、破滅に瀕した心内の危機を外に投射して他に危険があるとすることによって心が救われるとする。精神分析や人間学の見方である。妄想の内容は了解ないし解釈しうるものである。妄想作用というものは夢の作用のごときもので、夢の内容は了解ないし解釈できるが、不安があればなぜ夢となるかは一種の生物学的メカニズムであり、妄想も病的メカニズムである。妄想内容は妄想の原因にならないことは、1827年にナイトKnightが論じた。
 願望や恐れや挫折感を抑えていて緊張が増してくると妄想要求Wahnbedurfnisによって妄想が起こると考える(Kraepelin)。妄想の前段階では何かが起こったという、まだ内容のない、妄想のない妄Wahn ohne Wahnideeだけの、心の妄想緊張Wahnspannungの状態があり、妄想気分Wahnstimmungという。これに引き続いて妄想知覚や妄想着想が現われるが、誤った意味が直観的にいきなり分かることは妄想意識性Wahnbewusstheitといい、過去に実際なかったことが、あったとされて、過去の知覚に妄想的な意味が加わったり、妄想着想が過去にさかのぼって日付けされたりすれば、妄想追想Wahnerinnerungという。いくつかの妄想や正しい思考を論理的にまとめて大きな体系を作るのは妄想作業Wahnarbeitで、でき上がったまとまりを妄想体系Wahnsystemという。同形妄想konformer Wahnは共同生活者が両方とも精神病になったときに、同じ内容の妄想を持つこと。
 妄想内容 thema of delusion, Wahninhalt, theme delirantは無数にあるが、そのうちの多いものには特別の名がついている。関係妄想* delusion of relation, Beziehungswahn, 観察妄想delusion of observation, Beachtungswahn, 嫉妬妄想* delusion of jealousy, Eifersuchtswahn, 誇大妄想* delusion of grandeur, Grossenwahn, megalomanie, 恋愛妄想*erotomania, Liebeswahn, 貧困妄想* delusion of ruin, Verarmungswahn, 迫害妄想* delusion of persecution, Verfolgungswahnなど。
 人間は不安を持つのが普通で、妄想内容は不安から発するように見えるので、それを反映した被害的な妄想が最も多いが、逆にその不安を解消するような、幸福な妄想もある。
 ワーンジンWahnsinnは妄想と関係がなく、このwahn はWunschでなくmangel, leerということであり、これとsinnとの結合で、精神病一般を指し、また知的な狂いで妄想や譫妄や痴呆の軽いものをもいい、フランスのデリール*delireにだいたい当たる。

モノマニー(278)

 英monomania, 独Monomanie, 仏monomanie精神的に全般的には健全であるがある一つの点で狂って何かに夢中になっている意味で、一つのことの考えが支配観念のことも、パラノイア的妄想のことも、あるいは一つの衝動のこともあり、後者から放火狂pyromania, 窃盗狂kleptomania, 色情狂erotomaniaなどという観念ができた。元来エスキロール* は精神病delireを、メランコリー(lypemanie[lype悲しみ])、モノマニー、マニー(全般的な狂い)、デマンス(錯乱)、イディオティ(痴呆)というように分けた。

森田療法(279)

 英Morita's therapy(森田正馬1874-1938、1911年から慈恵医大教授)神経質の治療で、心気的障害はそれを心配して見つめるために障害がよけい増すのであるから、完全な健康体にまで治ろうという努力をやめて障害のあるがままに任せていると、障害はかえって消退してしまう。

ユング(282)

 Carl Gustav Jung(1875−1961)スイスの心理学者で精神医。分析心理学analytische Psychologieを唱えた。1900年ブルクヘルツリ病院でブロイラー* の弟子となり、チューリッヒで教授資格を得、1907-1913年フロイトと共同研究を行ったが、1912年リビドの変遷と象徴Wandlungen und Symbole der Libidoを公にし性欲説に反したのでフロイトと分かれた。1906年連想試験を創始し、1920年心理的類型Psychologische Typenを著した。民族神話の研究を行って、心理的原型* Archetypus を説き、集団的無意識kollektives Unbewusstes, collective unconscious, racial unconscious(人類の)、atavistic unconscious(生物の)、inconscient collectifすなわち人類に普遍的に古代から伝わった無意識なものがあり、神話、宗教、神経症にそれが現われるとした。レヴィーストロースの構造主義*structuralismeもこれに似た考えである。コンプレクスという言葉はフロイトとブロイアーがヒステリー研究に1895年に用いたが、ユングが1905年から今日の意味に用いた、ユングの連想試験association experiment, Assoziationsversuch, test d'association des motsはある言葉をいって即座に思いついた言葉をいわせて、コンプレクスを探す方法である。

欲動(285)

 英drive, urge, instinct, 独Trieb, Antrieb, 仏pulsion, tendance 生命、生活に必要な行為をするように駆る精神的な力で、強いと心迫urge, Drang, pousseeという。食欲性欲のごとき身体的欲動leiblicher Triebと、権力や名誉や富や好奇や美を求める精神的欲動seelischer Triebが区別される。欲動には社会的に悪いものがあるので、よくものをいうときには努力strive, Streben, effortという。欲動行為impulsive act, Triebhandlungは熟考抑制を受けずに直接欲動から発する行動。欲動は意志によって抑えられ、あるいは是認される。これは欲動抑制inhibition, Triebhemmungであるが、欲動の抑制がないのは抑制解除disinhibition, Enthemmungといわれ、意志が弱い場合と欲動が強すぎる場合とある。意志will, Wille, Wollen, volonteは欲動の上にあって全人格が関与してある目的を志したり、いくつもの可能性に決定を与えたりして欲動を操縦してゆくもの。conation[ラconor 試みる、企てる]、need, instinct, drive, urge, want, desire, striving, Drang, Streben, Begehren, Bedurfnis, Verlangen, Wunschenなど似た意味で色彩の少しずつ違う言葉がたくさんある。

了解(290)

 英comprehension, 独Verstehen(1868 Droysen, 1883 Dilthey, 1912 Jaspers)他人の精神的なものがわかること。横断的に今の精神的なものがわかるのは静的了解statisches Verstehenであり、縦断的に精神的なものの文脈、構造、つながり、精神的なものが精神的なものから発するのがわかるのを発生的了解 genetisches Verstehenという。すなわち意味のつながりSinnzusammenhangがわかることである。自然科学的な因果関係は説明Erklaren,といい、心理的な因果関係は了解という。分裂病は静的にも発生的にも了解されないといわれるが、自然科学的因果的に起こった精神症状が静的に了解されないとは限らない。精神分析では機制mechanism[ギmechane 機械]というものの、発生的了解を取り扱う。人間学的精神医学は了解精神医学であるが、自然科学的因果的発生は了解の光に照らされないとは限らない。両者は全然別の立場なのである。一般に神経症は了解的に、器質性精神病は自然科学的因果的に取り扱われ、分裂病と躁うつ病は、了解困難のため器質性ではないかと考えられる。

ロボトミー(296)

 英lobotomy, 独Lobotomie(Freeman, Watts)≪白質切断leucotomy(1935 Egas Moniz 1874-1955, ボルトガルの精神医)、前頭前部ロボトミー prefrontal lobotomy≫前頭葉の白質切断、ひどい性格異常、分裂病、興奮性白痴、強迫や不安の強いものに用いる。1940年代にはことにアメリカでよく行われたが今はあまり行われず、ソビエトでは禁ぜられる。白質切断* 症状群(前頭葉脱落症状)が現れれる。頬骨弓の上6p、眼窩外縁の後3pの所に孔をあけて、白質切断刀Leukotomで側脳室より前で切る。4.5pの長さで30〜40°上下に動かす。

ゲシュタルト療法(305)

 英Gestalt therapy 神経症患者は前景背景を正しく区別せずいつも同じように反応し、自己自身を正しく認知しない。患者に今ここにある自分の正しい形を回復し自己自身を全体として正しく認知するようにし、過去をふりかえって反省したり、よけいな解釈をしたりすることをしないようにする。この治療法はパールズFritz(Frederick)Perls(1893-1970、ドイツからアメリカへの移住者)が提唱した。彼はウィーンのシルダー、フランクフルトのゴルトシュタインに学び、その後ウィーンで精神分析を学び、1940年に南アフリカのヨハネスブルクで分析の施設を作り、1946年アメリカへ渡り、ニューヨークにゲシュタルト療法の施設を作り、次にカリフォルニア、ヴァンクーヴァに施設を作った。

コンラート(306)

 Klaus Conrad(1905-1961)ゲッチンゲン大学、はじめクレッチマーの許に居り、ハンブルクからゲッチンゲンへ移る。ゲシュタルト分析Gestaltanalyseと称し、トレマ*、アポフェニー*、アナストロフェ*、乗り越え* など分裂病がはじまったときのDie beginnende Schizophrenie の症状の体験の構造をしらべる。

切断脳(310)

 英split brain, 脳梁切断 英callotomia 脳梁corpus callosum, 海馬連結commissura hippocampi, 前連結commissura anterior, 中間質 massa intermediaを、どうしても治らないてんかん発作を止めるために切断することがある。人格、気質、知能は大体損われず、普通の状況ではほぼ正常に行動する。しかし特別の状況で一方の半球が他方の半球からの情報が得られないので、患者は左手で左側の体に受けた刺激個所を指示することはできるが、言葉で、あるいは右手でその個所を指示することはできない。左手の失行がおこる。左半球は言葉、知的論理的な認識や行動を司り、右半球には非言語的な音、音楽、音色、調子、漠然とした感じ、情的な認識と行動、自己身体と外界の見当職(半側無視)がよけい属しているので、切断脳では右半球の司る左外界の視野の顔の再認、空間の位置は分るが対象ははっきりとは分からない。右耳は左半球が優れて働くので言葉はよく分り、左耳は右半球が優れているので言葉より音楽的なものがよく分る。ジャクソンJacksonの情的emotionalと知的intellectualな認識と行為のちがいも大体左と右の半球に当たる。これらの症状は離断症状群disconnection syndromeといわれる。