神経症性うつ[鬱]病 [英]neurotic depression [独]neurotische Depression [仏]depression nevrotique 川村光毅のホームページへ

“精神医学事典”、加藤正明、保崎秀夫ほか編集、1975,弘文堂 より(その後1993に新版)引用

 内因性でも体験反応性でもないうつ病の一つで、抑圧された神経症性葛藤に原因のもとめられるうつ病。内容的には、抑うつ神経症(depressive Neurose)とほとんど変わらない。最近これについて詳述したフェルケルVolkel(1959)によると、幼児期に葛藤状況があり、それが多少とも抑圧されて心的体験の加工に影響を及ぼし、病者はこの葛藤状況に関連した一連の観念ないしは状況と対決できないため悲哀感を生じ、うつ状態を示す。多くの場合病者の親子関係が障害されており、やさしさ、庇護性、信頼性、安全性などの欠如、あからさまな拒絶、厳格すぎること、残忍、粗野、放任などがみられる。また性のタブー視、不安を掻き立てるような甘やかし教育、家族間の冷たい戦争などが、抑うつ的神経症的発展を生ぜしめやすい。はっきりした抑うつ状態が現われるまでに、一連の神経症的橋渡し症状(精神的には制止、自己不確実感、不安、根気のなさ、精神身体的には吃り、爪噛み、夜驚症、夜尿など)が先行し、それは幼児期まで遡及しうる(幼児神経症)。ときどき機能的器官障害への移行もみられる。抑うつ状態の分析から葛藤状態にまで遡っていくと、病者においては、飽くなき依存欲求と過代償的に厳しい拒絶が並存していることがわかり、病者の人格的努力や体験にはっきりした分裂がみられる。本病における抑うつ気分は、外部の状況によって容易に影響され、そのため、状態像はまとまりの無い曖昧なものとなり、病像全体が内因性うつ病のそれのようなまとまりをもたない。発病の契機としては思うようにものごとがいかないとか、なにか新しく企て、試みねばならないとか、試験を受けねばならないとか、なにか無理をして努力せねばならない状況、または生物学的危機がある。うち克ちえない困難に遭うごとにうつ状態は悪化する。それゆえ経過は動揺的でなおりにくい。自覚的には、気分の変動は自我と異質的に感じられ、病者は途方に暮れ絶え間ない気分の上下に悩む。年齢的には十代後半から二十代半ばにかけての若年群と、初老期・更年期になって生じる更年群がある。以上は要するに神経症性葛藤にねざすうつ病の意味での神経症性うつ病であるが、しばしば概念上心因性うつ病、反応性うつ病と厳密に区別されず使用される。なお米英圏では、神経症性うつ病というとき、精神病性うつ病に対置して、精神病レベルに至らず神経症レベルに止まる軽症のうつ病をさすことがある。

(後藤基裕)