意識 [英]consciousness [英]Bewubtsein [仏]conscience 川村光毅のホームページへ
“精神医学事典”、加藤正明、保崎秀夫ほか編集、1975,弘文堂 より(その後1993に新版)引用
英、仏語ともラテン語のcon(with)とsciens (knowing)から合成された言葉で、ラテン語自体にもともに知るという意味のほかに、己を知るという意味がある。意識は最も直接的な体験なので、哲学や心理学の領域ではその基本的な概念としてつねに本質的に問い直される。精神医学ではこれをふまえながらも、さらに意識混濁などの意識障害や自我障害などの意識の病態から、意識とは何かが問われ、意識に働きとしての概念が与えられる。このように精神医学でいう意識には、内省的、主観的な体験としてとらえられる面と、客観的、現象学的にとらえられる面がある。ヤスパースK. Jaspersは意識を現在の瞬間における精神生活の全体と定義したが、意識を働きとしてとらえる立場からは、外界からの刺激とその時の自己とを体験として受け入れる働き、自己を外界に表出する働き、およびこれらの心的な活動が行なわれる場としての働きと考えると都合がよい。精神医学で意識または意識障害を考える際には、どうしても"場"の概念の設定にせまられるもので、エー H. Eyにおいてもこの概念は意識の本質的な構成要素とされる。彼によると"場"は精神活動が展開される空間と時間よるなり、ここではじめて自己と世界が連結する、逆にいえば"場"に乗らない精神活動は意識でないとされる。さて意識はつねに対象を志向するが(ブレンターノF. Brentano),ブントW. Wundtは任意の瞬間の意識の広がりを意識野(Bewubtseinsfeld)と名づけ、そのうちとくに注意の向かう部分を意識点(Bewubtseinspunkt)と呼んだ。意識点では意識は最も明るく、辺縁にゆくほど暗い。これと別に、ジェームズW. Jamesは意識の流れに注目して、意識内容はつねに時間とともに連続的に流動するものであるとし、また意識の主体を自我、自我が内省によって自覚されたものを自我意識と定義した。一方、ヤスバースは自我意識に、自分が活動しているという能動性、現在の瞬間に1人であるという単一性、以前から同一人であるという同一性、外界と自分を区別する限界性などの性質があるのを明らかにし、それぞれの障害を自我意識の障害として記述した。以上のいわば醒めている意識に対して、醒めていない意識は無意識とよばれ、通常は自覚されることはないが、意識の下にあってこれを支え意識に大きな作用を及ぼす。無意識については、意識の辺縁に連なる部分あるいは意識閾下の部分とする立場と、意識とはある程度別個に共存するとする立場とがある。ネオジャクソニズムのジャネP. Janetは後者に属していて、高次の精神現象には心理的な力と緊張が必要であるとし、すべての病的な精神現象は心理的な力と緊張の低下により、低次の心理的な段階に止まるようになるために起こると考えた。この考え方はエーに受けつがれ、精神疾患は心的機能の解体によって、無意識の領域にある低次の心的機能が解放されるものであり、意識の病態としてとらえられるものとされた。またフロイトS. Freudも異なった立場から、自我の下には深く広い無意識の世界があり、ここに本能的、衝動的な存在エスがあるとした。次に、覚醒に対するに睡眠があることから、意識と睡眠との関係においても論じたものがある。ツットJ. Zuttは入眠すると意識がなくなるのではなく、別の意識様態になるとして、意識に覚醒意識と睡眠意識の両極構造を考えた。エーは意識と無意識の関係を覚醒と睡眠の関係に対比させた上で睡眠中に現れる夢に着目し、意識障害の本質を単に覚醒度の障害とみないで、夢現象にもなぞらえてみること主張する。身体的な側面として、意識には全脳の関与が考えられるが、高次の精神活動は大脳皮質で営なまれ、本能、情動などその他の精神活動の大部分は旧古皮質などの大脳辺縁系で営まれる。また、これらの意識の働きを維持する機構には、脳幹部の上行性網様賦活系(マグーン、H. W. Magounら)、汎性視床投射系(ジャスパー H. H. Jasper)、視床下部賦活系(ゲルホルンE. Gellhorn)などが考えられた。現在、汎性視床投射系は上行性網様賦活系の一部であって、新皮質により局在的な賦活効果を及ぼし、注意の集中や慣れの現象を起こすものと考えられている。また、時実は上行性網様賦活系と視床下部賦活系との関係を検討し、視床下部が体液性に調節を受け、旧古皮質に対しては直接的に、新皮質に対しては中脳網様体を介して賦活し、睡眠と覚醒、ひいては意識活動を基本的に維持すると考えた。また最近のモノアミン仮説では、インドールアミンやカテコールアミンが徐波睡眠と逆説睡眠の発現と覚醒に関与すると考えられている。
(石黒健夫)