エス[英]id [独]Es [仏]ca  川村光毅のホームページへ

“精神医学事典”、加藤正明、保崎秀夫ほか編集、1975,弘文堂 より(その後1993に新版)引用

 フロイト S. Freudによって用いられた本能エネルギー組織に関する精神分析の基本概念。彼によれば、人間は生得的に、生物学的に規定された本能的欲動をそなえ、この欲動は成長とともに発達のプログラムに従って自然に成熟するが、エスは、このような本能的欲動に由来する心的エネルギーを意味する。はじめ、精神分析学者グロデックGrodeck(1923)は、ニーチェ F. Nietzscheが、人間の中の非人間的なもの、自然必然的なものについて、文法上の非人称の表現 "エス(Es)"用いたのに従って無意識的な本能的欲動をエスと名づけた。『自我とエス』の中でフロイト(1923)はこのグロデックの命名法を自らの用語として採用したのである。エスは系統発生的に与えられた本能エネルギー(攻撃的・リピドー的)の貯蔵庫であり、快感原則だけに従い、無意識的であり、現実原則を無視し、直接的または間接的な方法(症状形成や昇華)によって満足を求める。それは論理性を欠き、時間をもたず、社会的価値を無視する。したがってわれわれはエスを自我機構を介してしか体験することができない。また、フロイトは、このエスの内容を初め自己保存本能と性本能、次いでエロス(生の本能)とタナトス(死の本能)に分類したが、精神内界においてエスは、常に現実の拒否−不安と超自我の批判−罪悪感、これらの不安に基づく自我の防衛機制の働きによってその意識化を阻止されている部分と、これらの拒否−不安との内的葛藤を伴うことなしに充足−解放または昇華される部分とに分かれる。

(小此木啓吾)