力動精神医学 〔英〕dynamic psychiatry 〔独〕dynamische Psychiatrie 〔仏〕psychiatrie dynamique 川村光毅のホームページへ
“精神医学事典”、加藤正明、保崎秀夫ほか編集、1975,弘文堂 より(その後1993に新版)引用
人間の精神現象を、生物・心理・社会的な諸力による因果関係の結果として了解することを、方法論的な基礎とする精神医学。精神医学に物理学における力学の概念を導入し、精神現象の了解原理(精神力学、psychodynamics)として用いて発展した。記述精神医学(〔英〕descritive
psychiatry 〔独〕descriptive Psychiatrie 〔仏〕psychiatrie descriptive)すなわち、精神現象の厳密な記述をその方法論的基礎とする精神医学に対比して用いられる概念である。広義には、ドイツのクレッチマーE.
Kretschmer, フランスのジャネP. Janet, エーH. Ey,アメリカのマイアーA.
Meyerなど多岐にわたる精神医学の諸学派も含まれるが、狭義には、もっぱら精神分析的精神医学(psychoanalytic
psychiatry)のことを意味する固有名詞として用いられている。それは、精神力学ということばが、フロイトS.
Freudの力学的見地(dynamic aspect)に発した精神分析学的概念を意味するからである。狭義の力動精神医学は、現在まで主としてアメリかで発達してきている。フロイトは1909年、アメリカに招かれて講演旅行をした。これを機にアメリカでは精神分析学の影響が徐々に広まりつつあった。一方アメリカ精神医学の始祖マイアーは、イギリスの神経学者ジャクソンH.
Jacksonの器質力動論的な考え方、ドイツの精神学者クレペリンE.
Kraepelinの記述精神医学およびアメリカの哲学者デューイJ.Deweyのプラグマティズムをそれぞれ学び、それらを綜合する立場から、精神障害を個体の環境に対する反応としてとらえる基本的な考え方、すなわち反応型の概念(concept
of reaction types)を発展させていた。この伝統が、精神分析学との統合を促し、力動精神医学の発展の素地となった。とくに第2次世界大戦を契機に、ヨーロッパで育った精神分析医が続々とアメリカに亡命・移住した歴史的情況が、いっそうこの傾向を助長した。さらに、メニンガー兄弟K.
& W. Menningerらをはじめとするアメリカ育ちの分析医の貢献も加わり、現在ではアメリカのみでなく、世界的に記述精神医学と並んで精神医学の二大主流をなすに至っている。わが国においては第2次世界大戦前に、東北大学の丸井清康、古沢平作らによって、力動精神医学ないし精神分析学がとり入れられていたものの、当時はまだ日本の精神医学の一分野としての地位を確立するには至らなかった。しかし戦後、古沢によって教育された精神科医たち、および欧米に学んだ精神医、心理学者、ソーシャル・ワーカーたちによって発展をみて、わが国でも力動精神医学に対する認識・評価は高まりつつある。そして、わが国の精神医学の伝統であったドイツ的な記述精神医学との統合の必要性が強調されている。
上述のような歴史的発展の過程を経て、現在力動精神医学は次のような基本的諸観点を包含・統合するに至っている。(1)力動的観点(dynamic
aspect):上述、(2)構造論的観点(structural aspect):人格構造を超自我(superego)、自我(Ego)、エス(Es)によって構成されると考える観点、(3)局所論的観点(topographic
aspect):精神現象が意識、前意識、無意識の三領域によって規定されているとの観点、(4)エネルギー経済論的観点(economic
aspect):精神現象をエネルギーの移動、増減の側面から理解する観点、(5)発生論的観点(genetic
aspect):人格を幼少時の諸体験との関連において理解する観点、(6)適応論的観点(adaptive
aspect):個体の環境への適応という側面から理解する観点。
(岩崎徹也)