逆説睡眠 [英]paradoxical sleep [独]paradoxaler Schlaf [仏]phase paradoxale du sommeil 川村光毅のホームページへ
“精神医学事典”、加藤正明、保崎秀夫ほか編集、1975,弘文堂 より(その後1993に新版)引用
脳波像は睡眠深度に対応してアルファー波消失と低振幅シーター波出現(第1段階)、頭頂部鋭波・紡錘波出現(第2段階)、紡錘波と高振幅徐波(デルター波)の時期(第3段階)、デルター波が優勢な時間(第4段階)という段階的変化を示し、これらの諸段階は総括して徐波睡眠(slow
wave sleep)と呼ばれるが、アセリンスキイAserinskey, クレイトマンN.
Kleitman (1953,1955)は、新生児の睡眠の研究をとおして、睡眠には徐波睡眠のほかに、脳波は睡眠第1段階に類似し急速な眼球運動を伴う特殊な時期があることを発見した。この睡眠期は、賦活睡眠(activated
sleep, デメントW.C. Dement)、深睡眠(deep sleep, ヒューベルHubel 1958)などとも呼ばれたが、ジュベー
M. Jouvet (1959)は脳波が覚醒時に近い波型を示すのに覚醒閾値が高いことは逆説的であるということから逆説睡眠期と命名した。しかもこの睡眠の名称がまちまちなので最近ヒトの場合には、この睡眠期を急速眼球運動(rapid
eye movements)が出現するところからその頭文字をとってREM(レム)睡眠期と呼ぶよう提唱されている。
逆説睡眠期には、(1)脳波はヒトでは睡眠第1段階に類似した低振幅シーター波形を示す、(2)急速眼球運動の頻発、その他顔面、四肢などの筋の相動性(phasic)の畜搦(ちくでき?)の出現、(3)抗重力筋の筋緊張の低下(持続性tonicの筋活動の低下)、(4)ふつうは徐波睡眠期を経過した後にはじめて出現する、(5)約90分の周期で出現し、睡眠前半よりも後半に多く、一夜の睡眠の20%前後に占める、(6)感覚刺激に対する感覚閾値は徐波睡眠の第2段階のそれに近い、(7)各種の自律神経機能の不安定化が起こる。(8)男性では陰茎勃起が起こる。(9)この時期に覚醒させると80%前後の場合に夢をみていたとの報告がえられる、などの特徴がある。逆説睡眠の周期は動物の種属によって異なり、ネコでは30〜40分、ネズミでは10分前後である。また動物が幼若なほど逆説睡眠が占める時間的比率が高い。徐波睡眠期には交感神経機能が低下して副交感系優位となるが、逆説睡眠期にはさらに副交感系機能も低下するので自律系の機能が不安定化し、脈搏、呼吸などが不規則となる。またこの時期には脊髄反射に対して能動的な覚醒抑制がはたらく。模式的に考えれば、徐波睡眠は大脳の活動水準の低下を起こすので脳の眠りであり、これに対して逆説睡眠のさいには体性神経系および自律神経系の機能低下が起こるので、これを身体の眠りと考えることができる。逆説睡眠は徐波睡眠よりも系統発生的、個体発生的に古い睡眠であり、身体の眠りとして生命維持により重要な睡眠であると考えられる。ジュベーは最初逆説睡眠の中枢は尾側橋網様体とくに青斑核(locus
coeruleus)にあると考えたが、最近では神経化学的立場から徐波睡眠期には縫線系(raphe)で生産されるセロトニンが関与し、逆説睡眠には主として青斑核で生産されるカテコラミンが関与するとの仮説をたてている。逆説睡眠が周期的に発現する機序などはまだ不明である。脳波、眼球運動、筋電図などを記録しながら被験者を眠らせ逆説睡眠期(REM期)に覚醒させて夢を聴取すれば、1夜に数個以上の新鮮な夢を蒐集することができる。この方法はREM期覚醒法とよばれ、最近夢の研究に広く用いられている。ヒトで逆説睡眠だけを除去する選択的部分断眠を行なうと種々の精神異常が出現するとの報告もあるが、否定的意見の方が多い。
(大熊輝雄)