脳と精神は如何に出会うか(その4)
18]精神医学関連の参考文献として(その1)
a.精神分裂病の形態学的研究
表 脳の領域別にみた形態異常の有無に関する主要な報告
小脳 |
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虫部の容積減少 |
Weinberger, 1980 |
プルキンエ細胞密度の減少 |
Reyes, 1981,Lohr,1986 |
脳幹 |
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黒質外側域の容積減少と内側部の神経細胞の矮小化 |
Bogerts, 1983 |
脳室周囲灰白質の容積減少 |
Lesch, 1984 |
青斑核の細胞数減少を伴わない容積減少 |
Lohr, 1988; Karson, 1991 |
青斑核の細胞密度に変化なし |
Garcia-Rill,1995 |
脚間核、背側被蓋核のコリン作動性神経細胞の増加 |
Karson, 1991; Garcia-Rill, 1995 |
基底核 |
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マイネルト核大型コリン作動性神経細胞の変性 |
Buttlar-Brentano, 1956: Averback,1981 |
マイネルト核神経細胞数に変化なし |
Ardent, 1983 |
淡蒼球内節の容積減少 |
Bogerts, 1985, 1990 |
淡蒼球神経細胞数に変化なし |
Ardent, 1983; Pakkenberg,1990 |
線条体小型細胞の矮小化 |
Dom, 1981 |
線条体、淡蒼球の体積増大 |
Hecker, 1991 b |
側坐核の容積と細胞数の減少 |
Pakkenberg, 1990 |
視床 |
|
背内側核の容積・神経細胞、グリア細胞の減少 |
Pakkenberg, 1990, 1992 |
視床枕の小型神経細胞密度の減少 |
Dom, 1981 |
第3脳室周囲灰白質容積の減少 |
Lesch, 1984 |
脳梁 |
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脳梁中央部の構造異常 |
Raine, 1990 |
脳梁彎曲が顕著 |
Casanova, 1991 |
大脳皮質および全般 |
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脳重量の減少 |
Brown, 1986 |
大脳前後径の減少 |
Bruton, 1990 |
脳全体の体積減少、脳室拡大 |
Pakkenberg, 1987 |
大脳容積に変化なし |
Rosenthal, 1972; Heckers, 1991 b |
皮質の幅の減少 |
Colon, 1972;Pakkenberg, 1987 |
前頭葉 |
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前前頭皮質錐体細胞数・密度の減少 |
Benes, 1986;Arnold,1995 |
前前頭皮質錐体細胞数・密度の増加 |
Benes, 1991;Selemon,1995 |
前前頭皮質介在ニューロン密度の減少 |
Benes, 1991 |
前部帯状回浅層の垂直軸索増加、第2層神経細胞の配列異常、介在ニューロン減少 |
Benes, 1986, 1987a, b, 1991 |
前頭前野NADPH-d陽性細胞の分布異常 |
Akbarian, 1993 a |
側頭葉・辺縁系 |
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海馬、扁桃核、海馬傍回の容積の減少 |
Bogerts, 1985, 1990;Brown, 1986;Falkai, 1986, 1988;Jeste, 1989; Altshuler, 1990 |
左側脳室下角拡大と周囲組織の減少 |
Bogerts, 1985,; Brown, 1986; Crow,1989;Heckers, 1990, 1991a |
海馬領域の白質容積の減少 |
Colter, 1987;Heckers, 1991 |
嗅内野を含む海馬領域の神経細胞のサイズと数の減少など |
Falkai, 1986,1988;Jakob, 1988;Jeste,1989;Benes,1991;Casanova,1991 |
嗅内野を含む海馬、帯状回の細胞構築の乱れ |
Kovelman, 1984;Jakob, 1986; Benes,1987a; Falkai,1989; Arnold,1991:Conrad,1991 |
側頭葉NADPH-d陽性細胞の分布異常 |
Akbarian, 1993b |
形態異常研究全般についての概観
1.画像診断法による分裂病研究
画像診断法の利点は精度や技術的な制約はあるものの、ダイナミックに変化する脳の形態や機能を経時的にとられることができる点にある。分裂病の形態学的研究が再び見直されるきっかけとなった画像上での異常に関する報告を簡単に通覧する。
分裂病の画像研究は1970年代のCTスキャンによる研究に始まったといってよい。CTでは脳実質よりも脳室や脳溝の計測が中心であり、側脳室と第3脳室の拡大、前頭前野での脳溝の開大の指摘が主要な結論である。脳実質についての評価はWRIの導入で可能となった。またMRIでは測定面積を積算して脳室や各脳葉の体積が検討されている。脳室系では側脳室の有意な拡大がほぼ一致した見解であり、CTで報告された結果を支持している。興味深いことに一卵性双生児での検討では健常群に比べて分裂病群に有意の側脳室の拡大が 認められるという。また未治療の分裂病者でもMRIで側脳室拡大、ことに左前角および下角の拡大が報告されている。各脳葉では前頭葉と側頭葉・辺縁系の異常に関する報告が多い。前頭葉では面積あるいは体積が減少しているとする報告とこれを否定する報告があり、見解は一致していない。側頭葉ではその内側部、特に扁桃体・海馬・海馬傍回において左側優位の体積減少があるとする報告が多い。この結果は解剖学的な形態計測研究を促した。ところで、これら画像上の異常は発病初期や年少期発症の分裂病51)でも認められ、進行性ではないとする見解が多い。このほか、脳梁や大脳基底核の計測が行われている。
PETやSPECTにより脳の血流やグルコース利用などを測定することで脳の機能情報が得られるようになった。機能画像研究の最大の成果は分裂病者の脳機能の前頭葉での低下(hypofrontality)に関するものである。IngvarとFranzen47)により前頭葉での血流低下が報告されて以来、多くの研究が前頭領域の活性低下を支持している。特に陰性症状の強い患者でhypofrontalityが強いという。さらにactivation studyと呼ばれる課題遂行時の局所脳機能の測定でも、健常者に比して慢性分裂病者では前頭領域の障害が示唆されるという。このほか、基底核領域ではMRIによる神経核の容積の変化、PETやSPECTを利用した脳血流や代謝異常が報告されている。
2.形態学的異常研究の概観
画像診断法での報告は側頭葉内側部・辺縁系と前頭葉に関するものが多いが、 死後脳での病理検索もこれらの領域に異常を認めるものが多い。おもに1980年代以降の主要な報告を領域別にみると表に示したように、異常部位として挙げられている領域は、表に掲げなかったものも含めてほぼ脳の全域に広がっている。これらの報告に共通している異常のタイプは、何らかの侵襲が脳に加わりそれに対する組織の反応を伴うという、病理学的に疑いようのない変性病変ではなく、組織の容積の変化、細胞のサイズや密度、数の減少、細胞の配列異常、細胞構築の乱れや異所性といった形態計測や統計処理を行ってはじめて有意の変化として認知できるようなものである。すなわち、このような異常は傷害が脳の発達期に起こったり、プログラムされた細胞死によるものであり、アストロサイトの反応があったことを示す痕跡としてのグリオーシスを残さないとされる。1980年代以降の形態研究では新たに蛋白化学や分子レベルの技法を取り入れた研究においても形態計測学的手法を視野に入れている。以下、側頭葉内側部・辺縁系と前頭葉領域以外の脳の各領域の形態研究報告を概観する。
1)脳幹領域の異常に関する研究
脳幹領域の異常に関する研究は、黒質19)、青斑核39、59),脚間核、背側被蓋核39、58)において報告されている。この領域の報告はドーパミン、ノルアドレナリン系の神経伝達物質の異常と結びつけられている。異常のタイプは、脳幹神経核の容積の減少、細胞の矮小化、細胞数の減少あるいは増加などである。少数の報告が中脳水道周囲の線維性グリオーシスの存在を指摘している25、74)以外は、通常これらの変化に伴って起こる組織の反応をともなっていない。しかし、これらの領域の異常に対する反証もあり、一定の見解は得られていない。
2)基底核領域の異常に関する研究
基底核領域では、マイネルト核5,8,26)に関する報告のほか、抗精神病薬のない時代の保存脳を用いたユニークな検討がある。抗精神病薬が投与されていない脳では、線条体と淡蒼球外節の容積に変化はないが、淡蒼球内節の容積がやや減少し、同時に線条体小型神経細胞が矮小化している20)。一方、抗精神病薬が導入された後の長期服用脳では線条体の容積は増大しているという44)。これは線条体にドーパミン受容体が豊富であることと、向精神薬投与によるドーパミン入力遮断に伴う機能過活性の反映であると解釈されている22)。この領域においても、脳幹領域と同様に、画像所見を含めて一定の見解は得られていないが64)、線条体・淡蒼球は協調運動の調節にかかわっているので、その機能不全は緊張病型の病態と関連があるかもしれない。線条体を含めてドーパミン受容体は分裂病研究の1つの焦点である。線条体にほぼ限局して強い変性が起こるハンチントン病の半数程度は舞踏病症状よりも精神症状が先行し、しばしば分裂病様症状を示すことが知られている。これは線条体が精神症状の発現に重要な意味をもつ可能性を示す例証である。
3)視床の形態異常に関する研究
視床では背内側核の神経細胞数の減少63~65)や視床枕の小型神経細胞密度の減少35)が報じられている。第3脳室周囲の灰白質の容積の減少57)はCTでの第3脳室拡大の報告に一致している。ここでも視床の器質障害の際に認められる意欲低下、不眠あるいは傾眠、もの忘れ、昏迷などの症状は分裂病の陰性症状に類似していることが指摘されている。
4)脳梁の形態異常に関する研究
脳梁の形態異常はMRIと剖検脳の両方で正中部において指摘されているが67)、これに否定的な見解もあり一定した結果は得られていない71、72)。分裂病群では脳梁の彎曲がより著明であるという報告もある。
5)大脳皮質の異常に関する研究
大脳皮質を正確に形態計測することは意外に困難なことであるためか、定量的な報告は少ないが皮質の厚みの減少と皮質深部で細胞消失がある31)、あるいは皮質容積の減少があるとする報告62)と、これを否定する報告45、71)がある。
6)大脳全体の異常に関する研究
大脳全体に関しては、剖検脳で脳重量の減少(5~8%)24)、前後径の減少(4%)25)や脳室拡大が報じられているが、一方で脳重量と体積は対照と変わらないとする報告もある45)。
以上、脳の各領域に分けて病理組織学的異常についての報告を簡単に通覧したが、最初に述べたように、異常の報告はここに紹介しなかったものも含めると脳のほぼ全領域にわたると同時に、上述した領域では異常を肯定する報告と否定する報告がある。これに対して、側頭葉内側部・辺縁系と前頭葉領域での研究はその数が多いことに加えて異常の存在を肯定する報告が多いようである。以下、この2領域について、自験の結果も合わせて紹介する。
側頭葉内側部・辺縁系についての研究
側頭葉内側部・辺縁系の形態変化の報告は他の領域に比べて圧倒的に多い。(表)。内容上では大きく2つに分けられる。1つは領域全体としての容積やこの領域での神経細胞の数、密度、大きさの計測といった量的異常に関する報告、もう一は、細胞構築の乱れ、細胞の配列異常、異所性に関する報告である。これらの観察結果に基づいて分裂病の側頭葉内側部の発達障害仮説が提唱された。
辺縁系全体の大きさについては、分裂病者の約25%で正常群との間に有意差があるといい、海馬領域の容積は減少する 20、21、52)、あるいは不変4,25、43)とされている。これはMRIによる計測で辺縁系に属する各領域の体積についての報告と一致している。研究の焦点となっている領域は、辺縁系の中核をなす海馬本体(hippocampus
proper)と海馬傍回(おもに嗅内野)からなる海馬領域と総称される部位である(図1)。
Benesら12)はCA1-4を検索し、この領域では神経細胞密度に変化はないが、細胞のサイズの減少があり、対照と比べて特にCA1で最も大きな相違をみたという。Arnoldら7)もまたCA1-4、海馬支脚、嗅内野皮質の海馬領域と新皮質である一次運動野と視覚領野の2カ所を検索し、対照群と比較して、新皮質では有意差はないが、海馬領域では、海馬支脚と内嗅皮質のPre-α層(II層)の神経細胞が有意に小さいこと、この2領域よりも程度は軽いが、CA1やその他の海馬亜領域でも細胞が小さい傾向をみたという。神経細胞密度については、嗅内野皮質で減少37、55)あるいは不変7、43、54)と報告されている。これらはいずれも組織の反応を伴わない変化であった。これらの領域の神経細胞のサイズが小さいことは、構造あるいは機能不全の存在を反映しており、それが海馬領域間の線維連絡の障害をもたらす結果、重大な行動障害を引き起こすと解釈されている。ところで、このような神経細胞が小さいということをもたらす原因を明らかにする2~3の試みがなされている。神経細胞体の大きさは一般的にその細胞が代謝を支えている軸索の長さ、樹状突起の広がりや細胞骨格の集積を反映していると考えられるので、ゴジル法で樹状突起の形態、分枝、棘(spine)の密度を解析したり、細胞骨格蛋白発現の異常の有無が調べられている。
神経細胞の構築の乱れ、配列異常、異所性の報告は海馬から海馬傍回、特にその前方部を形成する嗅内野に集中している。先に少し述べたようにこの領域は大脳辺縁系の一部を構成し、側副溝を境に新皮質と区別される旧・古皮質に属し、海馬本体・海馬傍回を合わせ、全体を称して海馬領域と呼ばれる。海馬のCA1-3の錐体細胞(III層)はほぼ一定の方向性をもって配列しているが、その方向性の異常が左あるいは左右両側の海馬の特に前半部に認められるという。海馬に続く海馬傍回では約1/3の症例で、前方の嗅内野に明らかな細胞構築異常がある。ここではpre-α層の細胞が集団をなして島状に分布しているが、その位置や形態の異常があるという。これらの変化にはグリオーシスを伴っていないことが強調されている。このような細胞構築からみた側頭葉内側部の神経細胞の異常な配列と層分布は胎児期の神経細胞の遊走不全、すなわち発達障害の反映であると述べられている。この説に肯定的な報告と懐疑的な報告をいくつか紹介する。
KovelmanとScheibel54)、そして後にConradら32)は、海馬のアンモン亜域内の錐体細胞はその細胞軸の方向性に有意の偏位があり、それは亜域間の接点領域で最も顕著であるという。正常では均質な配列を示すこの錐体細胞の不整は発生期の遊走障害によると解釈されている。しかしながら、類似あるいは別の方法でのいくつかの検索では、これが事実であるとは証明されていない3,7,12,28,)。脳の発達過程における神経細胞の異常な遊走という考えは海馬本体と密接な線維連絡のある嗅内野皮質の細胞構築の研究でも示唆されている。JacobとBeckmann48~50)は、彼らが検索した症例のうち2/3に層分化の異常を見いだしている。この異常の中核となる所見はpre-α層に特徴的にみられる神経細胞塊が通常よりも深層に位置しているというもので、異所性異常と見なされている。Arnoldら6)はYakovlev archivesから慎重に選んだ6例の分裂病脳で嗅内野の細胞構築を評価した結果、すべての症例に種々の異常を見いだした。その異常とは、普通は平滑な嗅内野皮質表面が奇妙に陥入している、表層の細胞が少ない、深層部分が薄い、層分化に乏しい、pre-α層の神経細胞魂の発達が乏しい、あるいはpre-α層の神経細胞群の異所性位置異常、であった。しかしながら、量的および質的に細胞構築分析をした最近の研究では、これらの所見は確定しえなかったという55)。
海馬領域での細胞構築学的研究が困難である理由として、この領域では頭部から尾部に至るまでにみられる形態の違いが大きい(図1A)ことからもわかるように、細胞構築の正常な変異が大きいことに加えて、各個体間で正常範囲内のバリエーションがあるという点にある。グリオーシスという質的・量的変化の指標を伴わない所見を扱っている以上、海馬領域に限らず、この種の研究には常について回る問題である。我々はこれまでの報告を検討した結果、上記の脳の形態・機能分化の問題、測定の方法論的問題を考慮して、従来の報告よりも多数の分裂病死後脳について厳密に正常対照をとり、海馬の錐体細胞の配列と密度を計測した。また、病歴をもとに病型や症状と神経病理学的異常との関係も解析した。対象は都立松沢病院で死亡した精神分裂病患者、正常対照者の死後脳とした。死亡時年齢65歳以下とし、薬物乱用歴のある症例、中枢神経に影響を及ぼす可能性のある基礎患者を有する症例は除いた。分裂病の診断、病型の分類はDSM-IVによった。正常対照者は精神神経疾患を有さない症例とした。海馬領域全体を吻側から尾側まで前額断で連続性に切裁して切片を作製した。組織学的にCA1~CA4を同定後、全例同一レベルの切片で任意に1カ所(CA1は2カ所)を選び、光学顕微鏡よりデジタルカメラHC-2000を用いて、画像データをマイクロコンピューターに取り込んだ。その画像データから細胞体全体、核、核小体が明瞭に確認できる錐体細胞を同定し、NIH Image1.60を用いて錐体細胞の向き、密度を測定した。その結果、分裂病群では錐体細胞の配列に有意な異常が確認されたが、錐体細胞の密度には有意差はみられなかった。錐体細胞の配列と特定の精神分裂病の病型、症状との相関はみられなかった。海馬本体以外の領域の検索の結果を待たなければならないが、現時点で我々は少なくとも一部の分裂病の側頭葉内側部には微細な形態異常が存在すると考えている。発達異常関連以外の研究では、認知障害のある分裂病者の神経病理学的背景を探る試みがなされているが、高度の認知障害を説明するに足る形態異常は見いだされないと結論されている。これに関連して、向精神薬の影響についての研究では、Wisniewskiら78)は向精神薬がない時代の保存脳と比較して、向精神薬を投与された脳では海馬領域に神経原線維変化が増加していたと報告している。我々61)が都立松沢病院で長期にわたって向精神薬を投与された分裂病7例(平均年齢:63.4歳、投与期間:13~35年、平均総投与量:クロールプロマジン換算3.05㎏)について、海馬領域の老年変化を検討したところでは、神経原線維変化を含めて対照群と有意差は見いだされなかった。本邦に向精神薬が導入されてほぼ40年になるが長期投与が脳に及ぼす影響についてはまだ十分に検証されていない。これは今後の1つの課題である。
前頭葉の研究
1.各分野からの知見
最近の病理形態学的研究では前頭葉が最も注目されている。最初に前頭葉機能障害を示唆する各領域からの知見を簡単に紹介し、次いで前頭葉に報告されている病理形態学的異常と、我々の研究結果を紹介する。
分裂病が単一な疾患ではなく症候群であると考えられることは臨床類型や経過の多様さからもうかがえるが、前頭葉穹隆面の症状として知られる自発性や意欲の低下、感情と情動反応の鈍麻などの特徴は、分裂病の中核症状である感情の平板化、意欲・発動性の減弱、思考の貧困化、注意の障害などの陰性症状と総称される病態と類似性がある。hypofrontality(前頭葉低活性)の概念がSPECTやPETを用いた分裂病者の局所脳血流やグルコース利用の測定から導き出されたことはすでに紹介した通りである。前頭葉機能に関する課題遂行試験(Wisconsin
Card Sorting Test)で脳を賦活された時の局所脳機能を画像診断法で測定すると、健常者では背外側前頭前野の局所脳血流が増加するのに対して、慢性分裂病者では増加がないという。一方、後方の大脳皮質機能に関連する課題遂行時(Raven's
Progressive Matrices)には、分裂病者と健常者の間で局所機能に差がないことから、分裂病者では背外側前頭前野の障害が示唆されている16)。神経心理学からの注目される報告は一卵性双生児の一方が分裂病者で、もう一方が健常者である一卵性双生児不一致例に関するものである。Wisconsin
Card Sohting Testほかの神経心理学的検査を16組みの不一致例で行った結果では、分裂病群のみに前頭葉と側頭葉の障害が示唆された。特に重度の慢性分裂病では前頭葉性認知障害を示していた40、41)。このほか、追跡眼球運動や脳波、事象関連電位でも前頭葉機能低下が示唆されている。
以上、各分野から前頭葉機能と分裂病、特にそのhypofrontalityと陰性症状との相関が指摘されている。これらはすべての分裂病例に当てはまるわけではないが、かなりの割合、ことに慢性分裂病群では前頭前野が要となる領域であることを示している。
2.前頭葉の形態学的研究
前頭葉、特に前頭前野における機能異常が各方面から示唆されているが、分裂病死後脳の病理検索は、古くは立津により、Bodian染色法で観察した前頭前野の軸索異常が報告され、宮川は電顕で前頭前野のニューロンのシナプス小胞喪失と神経細胞膜の異常を報告している。側頭葉内側部・辺縁系と同様に、前頭葉においても神経細胞の数、密度、サイズの計測に関する報告があり、錐体細胞密度の低下9、12)やサイズが小さいこと68)、介在ニューロンの減少12,73)が述べられている。しかし、結果は必ずしも一定ではなく、Rajkowskaら68)は前前頭皮質の神経細胞密度の増加を報告しており、これ樹状突起やその他のニューロピル要素の減少を伴う神経細胞のサイズの減少によるためと考えられている。最近の研究で注目されるのは、Benesらの一連の前頭葉、特に前部帯状回の組織学的異常の観察10~15)と、これに基づく皮質内局所神経回路障害の仮説である。Benesらの結果は以下の3点に要約される。
1)機能円柱の縮小
大脳皮質の最小の機能単位とされる機能円柱は約300μmであるが、一定面積内のすべての神経細胞について相互間の距離を測定して神経細胞間距離のヒストグラムを作成すると、帯状回前部のⅡ~Ⅳ層、特にⅡ層で細胞間距離が260~300μmのところの頻度が有意に減少していた。これは分裂病群ではⅡ層において機能円柱が正常対照群よりも小さくなっている、すなわち機能円柱同士の距離が離れており、皮質統合に障害があることを示している。
2)垂直性軸索数の増加
1)の結果に基づいて、帯状回Ⅱ~Ⅲ層上部で垂直性軸索の定量を行ったところ分裂病群では垂直性軸索数が対照群よりも25%多く、特に長垂直性軸索(連合線維)の数は62%増加していた。これは空いた機能円柱の間隙を増加した垂直性軸索が埋めるためであるという。
3)介在ニューロンの減少
帯状回前部で介在ニューロン(抑制性basket cell)の減少を含むカテコラミン系神経支配の分布の異常があり、特にⅡ層で高度であった。また同じ領域で神経細胞体のGABA-A受容体の著しい増加があった。
Benesらは、以上の観察から、分裂病の帯状回に皮質内神経回路の異常を想定した。Benesらの仮説を簡略化した図2で解説すると、分裂病脳では求心性連合線維が増加しているので(図2の太線)、帯状回に入る他の皮質からの連合線維は錐体細胞と過剰な興奮性シナプス性を形成する。したがって、錐体細胞は過剰な発火を起こしやすい状態にある。この状態は抑制性介在ニューロンが減るほど錐体細胞の発火を抑制することが困難になるのでさらに症状発現に至る。一方、ドーパミン性の抑制性求心線維(図2の破線)は残存する介在ニューロンとシナプスを過剰に形成しているのでドーパミン受容体遮断薬を使用することで、抑制性介在ニューロンの発火が促される結果、錐体細胞の過剰な発火が抑えられ治療効果が現れるという。Benesらはこれらの異常の原因として遺伝的要因や周産期脳損傷を想定しており、側頭葉内側部の研究で提唱された分裂病の発達障害仮説を支持している。この一連の観察結果は注目に値するものであるが、陰性症状が説明されない問題がある。Benesらの研究は神経回路の異常の追求であったが、これは分裂病の奇妙な思考や認知障害が軸索、樹状突起、シナプスで作られる神経網の異常にあるとする仮説38、42)に都合のよいモデルである。
前頭葉に関しては、もう1つの注目される報告は、nicotinamide adenosine dinucleotide phosphate-diaphorase(NADPH-d)の性質を利用した巧妙な研究である。NADPH-dは、nitric
oxide(NO)合成に関与する神経細胞の電子伝達系の補酵素であり、中枢のNOはシナプス可塑性、学習と記憶、細胞死など様々な機能との関連が注目されている34)。免疫組織化学的な検討でNADPH-dはnitric oxide synthase(NOS)と共存していることがわかっており、その活性もNOSの活性と相関しているという18)。一方で、NADPH-d陽性細胞は変性や虚血などの神経細胞障害因子に抵抗性であることがわかっている34)。さらに、NADPH-d陽性細胞は胎生期のsubplate由来の介在ニューロンで、中枢神経の分化発達に重要な役割を担っているが、大半は成熟過程で役割を終えて細胞死を迎えるという。大脳白質のNADPH-d細胞はその残存細胞であり、発生的に古い細胞であるとされている29)。NADPH-d陽性細胞の分布は大脳皮質II層からⅥ層、および大脳白質にわたっている。NADPH-d陽性細胞が発達期以降のダメージに左右されにくいということは、この細胞の分布を検討し、正常対照と比較すれば発達障害仮説を検証できることになる。分裂病での報告はまだ少ないが、Akbarianら1,2)の研究では外側前頭前野と側頭葉でNADPH-d陽性細胞が対照例と比較して皮質で減少し、深部白質で逆に増加していた。これは神経細胞が皮質へ移動する過程での遊走異常を示しているのだという。
我々は都立松沢病院の剖検例で追試を行った。詳しい方法は略すが、症例ごとにNADPH-d陽性細胞を画像解析処理し、大脳皮質各層ごとの陽性細胞の密度を測定して分裂病群と正常対照群で比較した。その結果、全症例の大脳皮質Ⅱ層からⅥ層および大脳白質にNADPH-d陽性細胞が観察された。統計処理を行った結果、前頭前野では皮質Ⅱ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ層、側頭葉ではⅡ、Ⅲ、Ⅵ層において分裂病群でNADPH-d陽性細胞の密度が有意に低下していたが深部白質では有意差はなかった。我々の結果はAkbarianらの報告を一部支持するものであった。NADPH-d陽性細胞の減少はNOの機能不全を示唆していると考えられる。NOS(NADPH-d)は中枢の各部位で神経伝達物質と共存しているが、特にNMDA受容体での機能がよく知られている。海馬ではNMDAレセプターの作用発現に正のフィードバックをかけるという役割を担っており、NOS阻害剤の投与で海馬の錐体細胞のlong term potentiation(LTP)が阻害され、学習障害が出現することが報告されている。このように、NOのシナプス可塑性、学習と記憶など様々な機能との関連が考えられており、NOの機能不全が精神分裂病の様々な症状を生み出す可能性が考えられる。
側頭葉内側部・辺縁系と前頭葉機能障害の関連
分裂病脳のこれまでの形態学的研究は側頭葉内側部・辺縁系と前頭葉に統計的な解析で検出される程度の異常があることを示している。それではこの両領域はどのように統合されるのであろうか。
両領域の機能解剖学的に密接な関連は、NautaとDomesick66)が解剖学的観察を通して、前頭前野と側頭葉前内側部の密接な線維連絡について述べ、Pribram66)が霊長類での前頭葉と内側側頭領域の機能所見の観察に基づいて両領域を“frontolimbic”と分類したことからもうかがわれる。2~3の補足的な証拠を挙げると、イボテン酸でラットの腹側海馬を損傷すると前頭前野のドーパミン代謝が低下し、側坐核のドーパミンレベルが増加するという実験結果56)や病的海馬の外科的切除で前頭葉機能検査の改善が認められるという臨床報告46)など、多くの観察が両領域間の機能相関を支持している。分裂病での報告では、Breierら23)は前頭前野白質の体積減少とこれに相関する扁桃体・海馬の体積減少を認めている。また分裂病初発例では海馬前部の容積低下と神経心理学テストでの前頭葉機能低下の間に相関があるという17)。これらは前頭前野と側頭葉・辺縁系ともに異常があるか、あるいは側頭葉・辺縁系の解剖学的異常とこれに基づく前頭葉のhypofrontalityのような線維連絡を通しての異常を間接的に示唆している。
Weinbergerら76、77)は前頭葉の機能低下と側頭葉・辺縁系の解剖学的異常の関係を両領域の密接な線維連絡を基礎に発達障害過程でとらえている。すなわち、前頭葉と側頭葉・辺縁系の間には、図3に示したように、(1)前前頭野と辺縁系間の単あるいは多シナプス経由の両方向性の皮質内投射、(2)パペッツの回路、(3)両領域から側坐核に投射し、側坐核から淡蒼球、視床背内側核を経て再び前前頭野へ返る回路があり、これらの経路に発達過程で結合不全が起こると考えている。脳の様々な領域での髄鞘化の差を調べると、11~17歳の間に髄鞘量が著明に増加するのは嗅内野のpre-α層と海馬を結ぶperforant pathway, および帯状回と海馬を結ぶ帯状束である。これは思春期~青年期発症の説明に都合よく、Weinbergerらが主張するように、両領域の連絡は発病に何らかの関与をしているかもしれない。もし分裂病の病因の1つが前頭・側頭間の線維結合の障害にあるとすると、これらの領域の選択的な脆弱性の検証や、分裂病症状が選択的な神経ネットワークの機能障害で説明されうるのか、といった問題が検討されなければならない。
神経発達障害仮説と今後の課題
組織や神経細胞の変性とグリオーシスという病理学的証拠を伴わない場合、死後脳の検索で何十年も前に起こった出来事の痕跡を検出することは容易なことではない。しかし、これまでの膨大な形態研究の成果をもう一度振り返ってみると、解剖学的な異常は発病時にはすでに存在し、非進行性であるという画像診断法からの情報、側頭葉内側部における組織構造、特に海馬領域の細胞密度、細胞配列や細胞群の位置の異常、側頭葉ほど具体的な形態学的異常の報告は多くはないが、多方面からの前頭葉の低機能(hypofrontality)の報告、側頭-d陽性細胞に関する最近の知見、前部帯状回での一連の異常の報告は、分裂病の神経発達障害仮説を支持している。
これらの報告で示されている細胞構築上の異常の性質を明らかにするためにグリオーシスの有無には特に注意が払われており、Holzer染色などの古典的な組織検索法に加えて、GFAPでの免疫組織化学的検討も多く行われているが、グリオーシスは見いだされていない33)。脳の侵襲に対する組織修復反応は妊娠中期以降になって初めて起こる出来事であるので、これらの領域にグリオーシスの証拠を見いだすことができないということは、妊娠初期に起こった何らかの侵襲に対応する組織変化と解釈される。海馬の神経細胞の配列異常や嗅内野の皮質上層細胞群の異所性は、皮質への細胞遊走が胎児期5ヶ月末には終了する事実からすると、妊娠4,5ヶ月までに加わった脳への侵襲に基づくと考えられている。また、何らかの傷害が胎生第6週以前に加わったものであるとすると、かなり広汎に皮質領域の発達障害やエクトピアが起こるので、分裂病にみられる微細な異常は6週以降の出来事に対応すると推定される。ところで、側頭・前頭を含めての形態異常は統計的な有意差で示され、すべての症例にみられるものではないこと、肯定する報告とこれを否定する報告があることは、発達期障害に基づく分裂病が存在するにしても、それは多因子疾患と考えられている分裂病の一部を構成するものと考えられる。Roberts70)は胎児期の内側側頭葉障害を中心に、遺伝子異常や周産期障害のように他因子も含めて分裂病の発達障害仮説を示している(図4)。側頭葉内側領域は、大脳皮質連合野、視床、視床下部など脳の広汎な領域からの情報が集中して入力し、ここからさらにperforant pathwayを経て海馬へ情報が伝えられる要となる所であり(図1B)、認知、情動、記憶機能に重要な領域である。嗅内野のPre-α層は、特異的に老年変化(神経原線維変化)が起こりやすく、この領域が冒された症例の精神症状の発現からみて重要な領域である。すでに述べたように、嗅内野を含めて辺縁系から直接、間接に前前野へ強力な線維連絡があることから、この両領域の形態・機能異常の統合の検討が今後の課題である。方法論上の問題として、死後脳を扱う以上、そこには常に死後時間、脳の固定法や条件、死戦期の問題など、結果に干渉する多くの要因がある。微細な形態異常をとらえるにはprospectiveな視野を持ち、一定の条件のもとにできるかぎり多くの対象について検討をすすめる必要がある。
おわりに
分裂病脳の形態学的異常は、脳の多くの領域について検討されているが、研究の焦点は海馬領域を中心とした側頭葉内側部と前前頭領域に絞られてきている。これまでの報告と我々の検討結果から、形態異常の性質は、変性のような質的な相違ではなく、統計的な有意差として示される量的な増減や統計処理でのみ明らかにされる細胞の位置や配列の異常であり、これを説明するには脳の発達障害が最も合理的である。
分裂病を単一病因で理解することは困難であり、分裂病症状の発現には遺伝子異常から脳の粗大な病理変化まで重層的に考えるべきであり、発達障害による脳の微細な構造異常を分裂病発現の1要因としてとらえる視点は重要である。
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b.分裂病の神経発達障害仮説
Neurodevelopment disturbance hypothesis of schizophrenia
神経発達障害仮説とは
分裂病発症に脳の異常が関与していることはほぼ間違いない。とはいっても、機能的異常はいうまでもないが、器質的異常に関しては分裂病として診断されるすべてのタイプに関与しているかどうかは明確でない。しかし、少なくとも中核となるタイプ、あるいは陰性症状を示すタイプでは脳の器質的変化が存在しているといわれている。
分裂病の画像研究からの刺激
脳の器質的異常の存在については、古来、多くの議論があった。20世紀前半の数多くの病理組織学的研究の結果、分裂病には特異的な脳の器質的病変はないとされてきた。ところが、70年代以降のCT、あるいはMRIなどの画像研究によって、分裂病で、①脳室、とくに側脳室下角や第3脳室の拡大、②側頭葉内側部の萎縮、③辺縁系、傍辺縁系の萎縮、④前頭葉などの大脳皮質の萎縮、などが指摘されるようになったのである。それをきっかけに、分裂病の病理組織学的研究がふたたび脚光を浴びてきた。
分裂病の側頭葉内側部にみる病変
分裂病脳の変化として、まず肉眼的に、脳重量の減少や脳室、とくに側脳室下角の拡大、側頭葉内側部の海馬、海馬傍回、扁桃体などの体積の減少などが指摘された。このようなCT所見や脳肉眼所見からも、もっぱら病理組織学的検索の関心は側頭葉内側部にむけられてきた。80年代前半からのことである。
その結果、海馬の錐体細胞(とくにCA3、CA4)の減少や方向性の異常、海馬傍回内側部おける神経細胞の減少、海馬傍回のpre-α細胞の形成異常、構築異常、migration異常、嗅内野の神経細胞の減少、pre-α、pre-β細胞の減少・形成異常・構築異常・異所性変位などが指摘され、注目されるようになってきた。Kovelmannら(1984)、Bogertsら(1985)、Brownら(1986)、Falkaiら(1986、88)、Jakobら(1986)、Robertsら(1986、87)、Jesteら(1989)、Amoldら(1991)、Conradら(1991)の業績である。
それに加えて重要な事実は、これらの病変にグリアの反応(グリア細胞の増加、グリオーシス)がみられないという所見であった。つまり、グリオーシスがないということは、そこにみられる病変は後天的なものでなく、先天的な、生まれつきの形成異常であることを示唆している。
このような経緯で、分裂病の側頭葉内側部の形成不全説、あるいは発達障害説が唱えられることになった。
分裂病の側頭葉内側部発達障害仮説
現在この仮説が注目されているのには二つの理由がある。第1に、側頭葉内側部、つまり海馬、海馬傍回、嗅内野などのいわゆる辺縁系の機能、あるいは辺縁系と前頭葉との構造・機能関連が、分裂病の病態や症状と密接に関連していることが知られているが、まさにこの仮説がその証拠となりうること、第2に、分裂病の生物学的背景として最大の根拠であった遺伝性、あるいは遺伝子異常という所見と思春期以降の発症という事実とのあいだにあった大きなブラックボックスが、この仮説によって多少とも明らかにされてきたということである。発症に至るまでのメカニズムについて、Robertsは図①のような過程、因子を考えて図式化している。
側頭葉発達障害仮説の問題点
この仮説によってこれまで不明であったことがかなり正当に説明できるようになったことは異論がない。しかし、問題点がないわけではない。最も根本的なことは側頭葉内側部の病変自体が本当に間違いない事実であるのかどうかという検討である。残念ながら、いまのところ、まったく異存のない所見とはいいきれていない。
つぎの問題点は、側頭葉内側部の異常があるとして、それが分裂病群全体にあてはまるのか、ある特殊なタイプにのみ該当するのか不明である。この問題点は臨床的に分裂病をどう概念化するかに深くかかわっている。
また、側頭葉内部側の発達障害がもし事実だとして、その障害が側頭葉内側部の限局したものなのか、前頭葉を含めた新皮質には障害が及んでいないのかどうかは、現在のところまったくわかっていない。しかし歴史を振り返ってみると、今世紀前半での分裂病脳の病理組織学的研究のなかで、新皮質で神経細胞の層構築に異常があり、神経細胞が斑状に抜けている部分(Luckenfelder)があることが指摘されていた。そのような点を考慮すると、障害は側頭葉内側部のみならず、新皮質まで広汎に波及していると考えるべきかもしれない。これらはこれから解明していかなければならない問題である。
(松下正明)
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c.精神分裂病の発病に関する仮説
a,ドパミン仮説 dopamine hypothesis
精神分裂病、特に妄想、幻覚を主症状とした陽性症状は、ドパミン受容体の過感受性によるとする説は久しく以前より知られている。この端諸は前記したように覚醒剤精神病の症状が分裂病の陽性症状(特に妄想型分裂病)と類似していることにあった。他方、両者の陰性症状の類似性について、最初に報告したのは台(1961)であった。彼は特にメタンフェタミンmethamphetamine連用動物がヒトの精神病のモデルとなることを示した。すなわちメタンフェタミン連続投与後3週間持続するラットの自己刺激の著しい減退と自発運動の抑制を認め、これらをメタンフェタミン依存者の同薬剤連用の中断後の長期間持続する無為、不活発、常同の平板化等の症状と比較検討し、メタンフェタミン連用動物は分裂病の陰性症状のモデルとなることを報告した。これより数年遅れて著者の恩師Randrup, A.は、アンフェタミンamphetamine(特にd-type)連用中の動物にみられる行動異常は妄想型分裂病のモデルとなることを報告し、さらにこの行動異常が抗精神病薬(特にdopamine receptor blocker、例えばハロペリドールhaloperidol)によって著明に抑制されることから、脳内ドパミンdopamine(DAと略)の代謝異常が分裂病の陽性症状発現と密接にかかわることを示唆した。これが“陽性症状にかかわるDA仮説”の端緒となったのである。
その後DA仮説の臨床的評価は、チオキサンチン誘導体のα-フルペンチキソールα-flupentixolの連用によってさらに確認された。α-フルペンチキソールは、DA感受性のアデニル酸シクラーゼ活性(特にD1受容体は、アデニル酸シクラーゼとGTP蛋白を介して促進的に共役する。9~10ページ参照)を阻害する(図1-3)のみならず、D2受容体への[3H]ハロペリドール高親和性結合に対する阻害作用すなわちD2受容体に対する著明な遮断効果をもち(図1-6、2-4)、しかも分裂病の陽性症状のうち幻覚、昏迷、思考の異常などの改善に著しく有効であることが判明した。これに対してアデニル酸シクラーゼ阻害効果、D2受容体遮断効果をほとんど有さないβ-フルペンチキソールには、このような治療効果はまったく認められなかった。その後行われた[3H]フルペンチキソール研究では、この薬剤の臨床結果は特にD2受容体遮断によることが明らかにされた。またα-フルペンチキソールはセロトニン(5-HT)受容体遮断効果についても、β-フルペンチキソールに比して強いことが確認されているが、受容体結合実験により得られた5-HT受容体遮断効果と抗精神病薬としての作用の強さとの相関性が低いので、α-フルペンチキソールの抗精神病作用は5-HT受容体遮断作用に起因しているとは考え難い。
一つの推論としては、DAの代謝回転(図2-5、2-6)が精神分裂病者の脳内では亢進しており、これが急性症状の発現と結びつくものと考えられる。しかしながら分裂病者の脳脊髄液では、DAの主要な代謝産物であるホモバニリン酸homovanillic acid濃度は正常者のそれと大差がなかった。すなわち分裂病者の脳のDA代謝回転の亢進は観察されなかった。
次に分裂病者の死後脳を用いた研究においても、分裂病者の脳内のDA代謝回転の亢進を示唆する知見は得られていない。またDA代謝酵素(TH, DDC, MAO, COMT他。図2-5,2-6)の活性も正常者死後脳のそれと同様であった。他方DA神経系と相互作用をもつGABA作働性およびコリン作働性ニューロンにも、分裂病者脳には変化は生じていなかった。
このようにDA代謝系は分裂病の発症に直接関与しているわけではないが、次に記載する受容体研究では一定の成果が得られている。
すなわち[3H]スピペロンspiperoneをD2受容体リガンドとして用いた研究では、分裂病者の脳では正常者脳に比べて著明なD2受容体数の増加が認められた。他のligandを用いた研究においても同様な知見が得られている。したがって分裂病者において生じていると考えられるDA神経系機能の亢進は、DA代謝系の亢進よりもむしろDA受容体(特にD2受容体数)の増加に起因することが推測された。
しかしながら、このD2受容体増加については一致した見解がない。動物実験では抗精神病薬の投与により、線条体のDA受容体は25~50%増加することが認められている。このため分裂病者脳におけるD2受容体の増加は、単に抗精神病薬の投与に起因しているのか、あるいは分裂病の病態に関連して生じているのかという問題点に関しては議論の分かれるところである。すなわち死亡前に薬物治療を施行されていない分裂病者の脳において、D2受容体数が増加しているという報告がなされているのと同時に、同様なケースの分裂病患者においてD2受容体数は対照患者の場合と差異が認められないという報告もなされているのである。
またハンチントン舞踏病およびパーキンソン病で死亡した患者のうち、死亡前に抗精神病薬の投与を受けた症例を、治療を受けていない症例と比較検討したところ、両群間に有意なD2受容体数の差が認められないことが判明したことから、分裂病者群に認められるD2受容体数の増加は、単に抗精神病薬投与に起因するものではないことが証明されたとする報告もある。これらの症例のなかには、分裂病者の場合と比較して、抗精神病薬の投与量が少ない症例もあるが、分裂病者の場合と同様の用量を数年間投与された症例も含まれている。その一方、分裂病者では対照者に比して、尾状核および側坐核においてD2受容体数が有意に増加しているが、この増加は死亡するまで抗精神病薬を投与された患者に限って認められるという研究結果もある。
以上のように、分裂病者脳におけるD2受容体の増加は、大方の研究において認められるけれども、分裂病者における抗精神病薬投与とD2受容体数との関連性については未だ未解決である。
その他の分裂病発症に関する生化学的仮説については、モノアミンオキシターゼ仮説を除いては否定的見解が多い。
以下、参考程度にDA仮説以外の分裂病仮説を紹介する。
b,メチル基転移反応異常
1)DMPE仮説
DAはCOMTによって3-MT(3-methoxytyramine)に変換される(図2-5、2-6)。正常者ではその次の物質(例えばHVA)に代謝されるときはメチル化されない。しかし分裂病者では異常にメチル化反応が生じているので、3-MTはさらにメチル化されて3,4-ジメトキシフェニルエチルアミン3,4-dimethoxyphenylethylamine(DMPEと略)に変換される。この物質が精神異常をきたすとの説である。初期の研究では分裂病者の尿中にDMPEは検出されるが、正常者尿には検出されなかったのでこの仮説が出された。しかしその後測定条件を厳密にした研究では分裂病者の尿中にはDMPEは検出されず、しかも正常者に1㌘までのDMPEを投与しても、精神的には何ら影響が出ないので、この仮説は否定された。
2)インドールアミン仮説
メチル化されたインドールアミン類、特にN,N-ジメチルトリプタミンN,N-dimethyltryptamine(DMT)が分裂病の症状(特に幻覚)を誘発するとの仮説である。食餌中のトリプトファンtryptophanはメチル化されてDMTに変換される。正常者ではこの変換酵素濃度は低いので、DMTは低いレベルにあるが、分裂病者ではこの酵素活性が高いので、多量のDMTが生成されるとの仮説である。しかしその後測定条件を厳密にした研究では、分裂病者血中のDMTレベルは正常者のそれとほとんど差がないので、この仮説も否定された。
3)メチオニン仮説
大量のメチオニンmethionineとモノアミン酸化酵素阻害剤(MAOI)を併用投与すると分裂病者に急性増悪(特に幻覚症状)が惹起されることから、この仮説が出された。すなわちMAOI処置下でメチオニンを患者に内服させると、メチル基供与体のS-アデノシルメチオニンS-adenosylmethionineが高濃度に生じ、その結果メチル化反応が高まり、症状を誘発するとの説である。しかしその後のわが国における研究において、MAOI(イソカルボキサジド)、メチオニン併用後の尿中のカテコラミンメチル化誘導体(ノルメタネフリンnormethanephrine, メタネフリンmethanephrine)濃度を測定したが、MAOI単独投与例と比べて差はなかった。また尿中フェノールアミンphenolamine, インドールアミンindole amineのメチル化物質も得られなかった。さらに観察された症状は、分裂病陽性症状ではなく中毒性精神病像であった。その後メチオニン仮説を否定する報告が続いたため、現在では研究のい対象ではなくなっている。
c,セロトニンserotonin(5-HT)仮説
化学構造上、5-HTに類似した多くの薬物、例えばハルミンharmine, ブホテニンbufotenine, リゼルグ酸ジエチルアミドlysergic acid diethylamide(LSD)、プシロシンpsilocin, プシロシビンpsilocybin などがヒトに知覚認識の変化、思考異常、気分変動、幻覚などを惹起することから、5-HTの脳内レベルの異常が分裂病の原因であるという仮説を生んだ。しかしこれらの物質の中には抗5-HT様作用を有するものもあるため分裂病が5-HTの過剰によるものか、あるいは欠乏に起因するものかについての推測をなし得ず、また分裂病者の死後脳を用いた研究によっても、上記のいずれが原因なのかを特定しうる知見を得られなかった。脳内の5-HT代謝過程の主要な最終代謝産物である5-ヒドロキシインドール酢酸5-hydroxyindoleacetic acid(5-HIAA)は、分裂病者脳内では変動が認められないことから、分裂病では5-HTの代謝回転には変化がないことは明らかである。ただし5-HT2受容体遮断作用の強力な薬物(リスペリドン、クロザピン、オランザピン等々)は、分裂病陰性症状に対する治療効果すなわち感情鈍麻の改善、意欲の賦活、抗自閉効果、疎通性の改善などをある程度もっているといわれているので、5-HTの関与をまったく否定しきることはできない。1996年6月以後D2遮断作用とともに5-HT2遮断作用の著明な前記リスペリドンが市販されている。
d,ノルアドレナリン作働系神経の欠落
分裂病者の思考異常は、中枢性ノルアドレナリン作働性ニューロンの変性の結果であるとする説である。分裂病者の死後脳の分析によると、ドパミンを加水分解してノルアドレナリンnoradrenalineに変換させる酵素(ドパミン-β-ヒドロキシラーゼdopamine-β-hydroxylase, 図2-5、2-6)の活性が低下しているとのことであった。しかしその後に報告された研究結果では、ドパミン-β-ヒドロキシラーゼ活性の低下を確認できないとしており、さらに脳内のノルアドレナリンおよびその代謝産物の濃度を測定した研究でも、分裂病者においてノルアドレナリン作働性ニューロンの欠落を証明する知見は得られていない。
e,アドレナリン受容体の関与
クロルプマジンchlorpromazine, チオリダジンthioridazine , クロザピンclozapine のように幻覚、妄想に対する治療効果よりも、むしろ精神運動興奮の抑制に著効を示す薬物(図2-7)は、D1受容体遮断(Ki値=10~300nM)およびD2受容体遮断(Ki値=20~160nM、表1-7)よりもアドレナリン受容体(特にα1受容体、表1-7)遮断効果の方がはるかに強力である。このことが、これらの薬剤の著明な自律神経遮断作用を理由づけているが、同時に精神運動興奮、不安、焦燥と脳内のα1受容体の増加との一定の関連が推測される。しかしα1受容体の選択的遮断薬で高血圧治療薬のプラゾシンprazosinには、抗不安作用はほとんど認められない。また非選択的α受容体遮断薬のフェノキシベンザミンphenoxybenzamine, ジベナミンdibenamine, フェントラミンphentolamineにも前記の中枢作用は認められない。したがってこの受容体機能の異常亢進が前述の分裂病陽性症状に関与するとしても副次的なものであろう。
f,モノアミンオキシダーゼ(MAO)仮説
この仮説は、慢性分裂病者における血小板MAO活性の低下と分裂病者へのMAO阻害剤の投与による病状の悪化などの治験から一時期注目された。しかし、その後の研究では血小板MAO活性値は正常者の例と差違がないこと、死後脳の分析でも、脳内各部位のMAO活性値には低下が認められないことから、MAO仮説を否定する者が多い。しかしながら、一部では現在も研究が続いている。
臨床精神薬理学(小林 著、1997)より
d.精神分裂病の神経解剖学的研究
近代精神医学の黎明期に、Kraepelin,Alzheimer,Nissl,Spielmeyer,Spatzらにより着手された精神疾患の脳研究は、今ようやく1世紀が過ぎようとしている。神経病理学の先駆者たちが精力的に精神分裂病(以下分裂病)に取り組んだにもかかわらず、その病理は明らかにされず、分裂病の神経病理学的研究は至難の技と考えられてきた。しかし、近年の神経科学の進歩、とりわけ画像解析と神経解剖学的研究の進歩により、分裂病といえども構造異常を伴う脳の疾患に他ならない、という理解に至っている*1。
神経発達過程における障害に分裂病の原因を求めようとする仮説は、分裂病の神経発達仮説(neurodevelopmental hypothesis)と呼ばれる。もっともKraepelinの時代から、胚種毀損が原因の一部をなすのではないか、という意見はあったようであるが、神経細胞の分化と複雑な神経回路の構築の基本原理が少しずつではあるが明らかにされてきた今日、脳の形成過程と分裂病に認められる神経解剖学的変異ないし異常との関連が具体的に議論されるようになってきている。
1 分裂病と脳の形態学的変化
脳室の拡大や脳萎縮が分裂病患者に認められることは、気脳写の時代に既に指摘されていた。しかしながら、脳の形態学的な研究が本格的に行われるようになったのはCTの登場以来である。CTやMRIにより、脳の2次元あるいは3次元再構成画像を定量的に解析できるようになると、分裂病の一部では、脳室拡大や皮質の萎縮などの所見が発病初期に既に認められること、しかも多くの場合、その程度が病前の不適応と関連し、分裂病の経過とともには進行しないことが明らかになってきた*2。すなわち、脳の萎縮は、分裂病の結果ではなく、むしろ原因と関係している可能性が示唆されたのである。
図1は比較的一致した解剖学的所見を図示したものである(Heymenら、1992)。すなわち、主要な脳画像所見として、側脳室の拡大、内側側頭葉構造の容積減少、皮質容積の減少などが認められている。
死後脳の剖検でも同様の所見が得られている。平均で脳の重量が健常対照者に比べて5%少ない、脳室の拡大、側頭葉、特に海馬、海馬傍回などの側頭葉内側の容積の低値などである。また、背内側視床、線条体、脳梁の容積の減少なども報告が多い。
萎縮が認められている部位において、細胞構築が詳細に調べられた。その結果、海馬の錐体細胞の配列に不整が認められている(Kovelmanら、1984)(図2)。また嗅内野(entorhinal cortex)では、第Ⅱ層に存在すべき神経細胞(pre-α細胞)が第Ⅲ層に存在するという誤配置も見つかっている(Jacobら、1986;Arnoldら、1991)。さらに最近では、前頭前野、側頭皮質、海馬体において、白質深部に残存する神経細胞が多いという所見が認めれている(Akbarianら、1993;1996)。これらの結果は、以下に述べるような神経細胞の移動(migration)に欠陥を生じた可能性を示唆している。
また、局所脳血流では、両側上前頭野、両側中前頭野での低下と、左側視床、基底核、両側前帯状回、右側下前頭野での増加が認められている。なかでも前頭葉の機能低下は陰性症状と関連があるとされ(Andreasenら、1992)、幻聴の聞こえている際には、側頭葉、左海馬、海馬傍回、右側線条体で強い活性が認められている(鈴木ら、1993;MaGuireら、1993)*3
このように初期のCT研究では、われわれの報告(Shimaら、1985;Kanbaら、1987)も含めて、技術上の問題もあり、結果の解釈は明解ではなかった。しかし、その後の脳画像解析技術あるいは神経病理学のさらなる進歩を受けて研究が推し進められ、一部の分裂病は、神経発達の障害に基づく、脳のマクロおよびミクロなレベルでの器質的異常を伴う疾患ではないかという可能性が導かれた。この点において、CTの登場は重要な技術革命であったように思う。
2 分裂病と脳の構築過程
これらの細胞構築の所見は、妊娠初期から中期にかけての胎児の脳の形成時期に、神経細胞が増殖し、その後移動し最終的な配置につく遊走過程(migration)、あるいはその後の神経回路の形成に際して起こるプログラム死(apoptosis)の過程に何らかの障害が生じた結果ではないかと考えられている(図3)。
例外はあるものの、分裂病の脳病理所見では一般的にグリオーシスが認められないことも、この発達時期の障害であることを支持する結果となっている。すなわち、神経細胞の分化・発達はグリア細胞のそれに先立ち、妊娠初期から中期に起こる。したがって、この時期に加わる障害はグリオーシスを生まないと考えられている*4。
また、神経細胞の遊走に際しては放射状グリア(radial glia)との相互作用が重要である。すなわち、終脳では、脳室付近で生じた神経芽細胞が放射状グリアの突起に導かれるようにして脳の表面に移動する(図4)。ここでは神経芽細胞と放射状グリア(小脳ではバーグマングリア)との接着に、細胞接着因子(cell adhesion molecule:CAM)をはじめ多くの因子が関与している。分裂病でCAMやその遺伝子の検索が盛んに行われている理由はここにある。
次に神経回路の形成が起こる。分化を終え所定の位置についた神経細胞は軸索を伸ばし始め、標的に向かって進んでいく。成長中の軸索の先端は成長円錐(growth cone)と呼ばれ、手のひらを広げたような扇型状の特殊な構造をしており、カハールにより1世紀も前にその存在が認められていた。ちなみに成長円錐はカハールの命名である。
成長円錐は、手探りしながら周囲の状況を感知しているかのような運動をし、接着因子、誘発因子、反発因子などの様々な因子を感知して突起進展の方向を決定し、目的とするシナプスを形成する。
脳の神経回路は生まれたときに遺伝的に決定される形で大まかにできあがっっている。その後生まれてからの知的学習あるいは運動性の学習によって、特定の神経回路が次第に強化される一方で、後天的に不要とされる回路は取り除かれていく。神経回路の選択淘汰に際してはプログラム死が起こっていると考えれられている。このような神経回路の形成仮説を指して、選択淘汰説、ニューロンダーウィン主義と呼ばれることがある。この過程は現在急速に解明されつつあり、分裂病の原因を神経回路の形成過程に見出そうとする研究が行われるのも時間の問題であろう。
3 脳の構築過程の環境因子
神経系の発生と分化の過程に起こる異常はそのすべてが遺伝的に規定されたものではないらしい。一卵性双生児の分裂病不一致例で画像と神経心理学的所見をまとめたものが表1である(倉知ら、1996)。これらの研究は、分裂病で認められている遺伝因子に加えて、何らかの環境因子が加わることで、疾患に至る場合のあることを示唆している。
環境要因として注目されているのが、妊娠中の母親のインフルエンザ感染、母体の低栄養や精神的ストレス、出産時の産科的合併症などであり、いずれも脳の発達形成障害に結びつけられて議論されることが多い*5。
分裂病患者の生まれ月が冬季に多いことはよく知られている。このため、患者は胎生期、特に妊娠中期にインフルエンザの流行に遭遇した可能性があるとして、コホート研究が行われている。例えば、ヘルシンキでは、1957年の秋にインフルエンザA2が猛威を振るったが、この時期に妊娠中期にあったコホートは、他の年に生まれたコホートに比べて、精神病院へ入院した分裂病の率が高かったという報告がある(Mednickら、1988)。
分裂病とウイルス感染症との関係を探る試みとして、患者の血清の抗ウイルス抗体の検出がある。患者の多くに検出されるウイルス抗体には、、ヘルペス、サイトメガロウイルス、エプスタインバーなどがある。最近では、死後脳における研究において、分裂病とボルナウイルスとの関連がいわれている。しかしながら、いずれもはっきりした結果は得られない*6。
4 分裂病の思春期発症の謎
小児期にピークとなるシナプスの数は、思春期になると30~40%減少するという。これをシナプスのpruningという(図3)。この時期に一致して、分裂病が好発することから、シンプスのpruningと分裂病と関わりも注目されている(Feinbergら、1983;Kesharanら、1994)。実際に、シナプスと関連するリン脂質であるシナプシンやシナプトフィジンが分裂病患者の内側側頭葉で低下しているとの所見が報告されている(Eastwoodら、1995)。Neuropilの容積や樹状突起のspineの数の減少も報告されている(Selemonら、1995)。また思春期を過ぎても一部神経系の髄鞘形成は持続することがわかっている。したがって、この時期の髄鞘形成の異常に思春期発症の要因を求めようとする仮説もある(Benesら、1989;1994)。
さらにこれらの思春期に起こる神経系の変化に対して、思春期にピークを迎える性ホルモンや副腎皮質ホルモンの影響が関わる可能性も否定できない(Stevensら、1992)*7。
本文、完
註
*1 立津らの報告した脳病理所見
1960年代、立津政順らを中心とする研究者たちは、特殊な銀染色技術を開発し、分裂病患者に特徴的な脳病理所見を報告した(立津、1967)。要約すると、軸索の肥大化・硬化・乱雑な配列、神経細胞の周囲の空隙が狭い、神経細胞およびその核が大きい、などの所見であった。立津が特に注目したと思われるのは、軸索の走行の乱れであり、それが特に前頭葉に強く認められたことであった。
*2 神経発達障害の傍証
分裂病患者には、身体形成にも微小な異常が認められることが多い(岡崎、1992総説)。特に頭部顔面に、また口、耳、眼、四肢、手指、指紋などに形成異常が報告されている。高危険児の追跡調査では、幼児期から神経学的異常や通知表による行動特徴などが報告されている。これらの所見は神経発達障害仮説を間接的に支持するものとして議論されることが多いが、結果の再現性、疾患との関連性をさらに検討していくべきであろう。
*3 注目される扁桃体の障害
側頭葉内側に位置する扁桃体は、ここで注目される、側頭連合野と前頭前野眼窩皮質を含むかなり広範囲にわたる皮質連合野ならびに海馬と連絡をもち、価値・評価の判断をする上で重要な部位である。分裂病の本質は、精神内界の失調あるいは知・情・意の乖離ではないかとみなされることがある。川村(1993)は、分裂病の研究を進めるに当たり、連合野と辺縁系、中でも扁桃体あるいは視床下部との機能的統合の障害に着目することの重要性を強調している。
*4 神経細胞の分化過程
神経管の最前部が脳の原器であり、神経管が屈曲して脳が形成されていく。神経管はもともとI層の神経上皮からできており、細胞は著しい細胞分裂を繰り返しながら、神経管の内部と外部とをエレベーター運動している。一部の細胞は分裂を終えて、神経芽細胞や神経膠芽細胞となり、移動した後、神経細胞やグリア細胞へと分化する。ちなみに神経細胞とグリア細胞は共通の前駆細胞に由来している。最近ショウジョウバエで見つかったglial cell missing (gcm) という遺伝子が働いて、グリア細胞への分化のスイッチを入れていることがわかった。すなわちこの遺伝子が作用しないと、前駆細胞はすべて神経細胞へと分化する。
*5 分裂病と周産期障害
遷延性分娩、早期破水、胎位の異常、鉗子分娩などが高率にみられるとの報告が多い。ただし、周産期障害は低酸素、虚血による脳の器質性障害を主体とするため、グリオ-シスを伴わない異常な細胞構築の原因としては考えにくい。
*6 分裂病ウイルス仮説
ウイルス感染が神経発達にいかに影響するかについてはいくつかの仮説が提唱されている。動物実験においてはA型インフルエンザウイルスをウサギに接種すると海馬、皮質、小脳の組織と反応する抗体が産生され、A群溶連菌、髄膜炎菌では、それぞれ線条体・視床下部および接着因子のCAMと反応する抗体を誘導することが報告されている。すなわち、妊娠中の母体がウイルスに感染して産生する抗体が、交差反応により胎児の脳の神経発達に影響を与え、成人後の分裂病発症の基礎を作るのではないかと考えられることもある。この仮説は、抗脳抗体の陽性率の高さとも関係して説明される。また、母体の受ける精神的ストレスが免疫機能を低下させ、その結果常在ウイルスの再活性化を招き、サイトカインの過剰産生などを通じて胎生期の神経発達障害やその後の分裂病の発症をもたらすとする仮説もある(Waltripら、1990)。いずれの仮説も、これまでのところ実証的証拠に乏しく、さらに今後の検討が必要である。
*7 分裂病とエストロジェン
女性では分裂病発症年齢が高いこと、性周期や妊娠に伴いエストロジェンが高値となったときに、症状の軽症化が認められることなどから、エストロジェンが分裂病の保護作用をもつ可能性が注目されている。エストロジェンには、数多くのモノアミン系や神経ペプチドに対する作用が報告されている(Lindamerら、1997)。しかしエストロジェンを含めステロイドホルモンによる神経発達あるいは伝達機能への作用と精神疾患との関係は間接的な議論にとどまっている。
1998.8. No. 11 Psychiatric Bulletin 神庭重信
e.躁うつ病の神経解剖学的考察
人のこころが知・情・意の側面を持つとすれば、躁うつ病はこのどの領域にも変化をきたす障害である。したがって、こころの座である脳において、その障害に巻き込まれる領域は、広範囲にわたるのであろう。知・情・意の3要素は、互いに独立したものではない。知を司る新皮質(特に連合野)、情を生みだし、知覚情報に生物学的意味を負荷する大脳辺縁系、意と関係が深い大脳基底核、これらの領域は密な連絡路で互いに結ばれている。したがってどこの障害が一次性であろうとも、その程度が強ければ、影響が広く及ぶと考えられる。しかもこれらの領域は、脳幹に起始し広く投射線維を張り巡らせているモノアミン神経系の入力を受ける。臨床的に有効性が確立している抗うつ薬の作用点が、モノアミン系の神経終末にあるトランスポーターやモノアミン酸化酵素であるという事実は、躁うつ病の障害部位を研究していく上で今後いかなる意味を持ってくるのであろうか。
神経科学はこころの座を明らかにしつつある。特に機能的画像研究の目覚ましい進歩によって、感情の座*1あるいは躁うつ病の障害部位を同定しようとする試みが盛んに行われるようになった。今回はこの領域の研究を紹介しようと思う*2。
1情動とその座
ここでまず情動と情動の座について説明を加えたい。なぜならば、躁うつ病の障害部位は情動の座を巻き込んでいると考えられるし、情動は実験動物で実によく調べられているからである。
情動とは、個体および種族維持のための生得的な要求が脅かされる、あるいは充たされた時の「感情体験」およびそれに伴う行動などの「身体反応」と定義される(堀、1991)。情動はまた、一次性情動と二次性情動とに分けられる。一次性情動とは個体の生存および種族維持の不可欠な身体的要求を知らせる感情であり、渇き、空腹、空気飢餓、求温、求冷、睡眠、休息要求、性欲などの欲である。二次性情動とは、一次性情動から派生する感情であり、基本的要求が充たされない(あるいは脅かされる)状況で発生するのが、不快、怒り、恐れ、不安であり、充たされそうな(あるいは充たされた)ときに生じるのが、快感、喜び、安心感、エクスタシーである。そして、これらの情動に基づく行動パターンが、攻撃、防御、探索、満足、落胆、愛撫であるとされる。
感覚入力には、外部環境や内部環境を背景として、情動的評価が付加される。この時、ヒトの二次性情動は、多くを学習に依存し、過去の体験により修飾を受ける。そして、その脳内過程には、一次性情動の主要な座である扁桃体と視床下部から構成される辺縁系の基本回路に、前頭葉腹内側部(主に、眼窩前頭皮質)が加わるとされる(永福ら、1998)。トラの叫び声は、動物園で聞けば感動を呼び起こすだろうが、闇のジャングルで聞こえたならば、身も凍るような体験に生まれ変わる。感動が、辺縁系と前頭葉の営みで決定されているがゆえに、この様な違いが生じるのである。
次に、なされた情動的評価に基づく行動への動機付けが生まれ、行動が決定される。ここでは、視床下部と大脳基底核の役割が大きい。そしてまた、視床下部を中枢とする神経内分泌系および自律神経系の反応が生まれる。
2 躁うつ病と前頭前野
前頭前野*3の障害によって生じる。無感情、意欲の欠如、無為、無気力などの症状は、うつ病の中核症状と類似している。このことから、Georgeら(1994)は、前頭前野の一時的な機能障害がうつ病に起こっており、うつ病でみられるその他の症状は、前頭葉と辺縁系などとの機能統合の障害の結果として生じるのではないかと推定した。さらに、躁病は前頭葉による扁桃体への制御の欠如が原因ではないかとも述べている。
MRIによる検討では、前頭前野の容積が、重症のうつ病患者(48名)では、健常者(76名)に比べて、7%少なかったという報告がある(Coffeyら、1993)。MRSで同部位に生化学的異常を報告した研究も数多い(加藤、1996)。FDG PETで、脳代謝率を調べたBaxterら(1989)の報告では、左前外側前頭前野(ALPFC)での糖代謝率が、すべてのうつ病患者で健常者に比べて低下していた。しかもうつ病の重症度と糖代謝率との間に負の相関がみられ、うつ病が改善した時には糖代謝率も改善したという。前頭前野、中でもALPFCの血流の低下も数多く報告されている。H215OPETで局所脳血流を測定したBenchら(1992、1993)によれば、うつ病患者(33名)は年齢をマッチさせた健常者(23名)に比べて、左帯状回(前部)および左ALPFCの血流が低下していたという。しかも、①精神運動制止の程度と左ALPFCの血流低下との間に、また②認知機能障害と左内側前頭前野の血流低下との間に、さらに③不安の強さと右帯状回および両側の頭頂葉下部の活動性の亢進との間に、それぞれ相関が認められている。SPECTによる血流測定においてもほぼ同様の結果が出ている。高齢うつ病患者ほど左前頭葉の血流低下が著明であったという報告もある(Anstinら、1992)。Maybergら(1994)は、再発性で治療抵抗性の重症うつ病患者において、前頭部、側頭葉前部。帯状回前部、尾状核の両側性の血流低下、中でも前頭葉下部、側頭葉前部、帯状回などの傍辺縁皮質での著明な血流低下を認めている。
精神作業負荷による賦活試験も行われている。ロンドン塔問題と呼ばれる、計画を立てて遂行する作業を与えると、健常者にみられる、右前頭前野、尾状核、帯状回前部での血流増加が、うつ病患者では著明に減弱していることを、Elliottら(1997)が報告している。
再発性家族性うつ病(躁病の家族歴がない)と双極性障害(躁病相)患者を対象として、PETを用いた脳血流と糖代謝率の測定に、さらにMRIによる体積の測定を組み合わせて、厳密な検討を加えたDrevetsら(1997)の研究が最近報告され、話題を呼んだ。彼らは、帯状回前部に位置し、脳梁膝に接して腹側に局在する無顆粒皮質領域(脳梁膝下野:subgenual prefrontal cortex)において、双極性障害うつ病相で、血流および糖代謝の低下を認め、単極性うつ病患者で糖代謝率の低下を確認した(図1)。また躁病患者では逆に、同部位の代謝率の代謝率の増加の認めた。さらに、MRIで同部位の体積を測定したところ、双極性障害および単極性障害ともに、健常者に比べて、体積が小さいことが判明した。同部位の体積は、病相が寛解しても変化はみられなかった。したがって、認められた器質的変化は、躁うつ病の脆弱性と結びついている脳の発達障害か、あるいは再発を繰り返した結果生じた器質的変化のどちらかであろう、と推論している。
以上みてきたように、比較的厳密に行われた画像研究の結果は、一致して、躁うつ病の病態に前頭前野が関わっていることを示している。Georgeら(1994)は、「前頭前野の機能障害が、自己、世界、未来に対する悲観的で、頑なで、自動的な考えを生み出してしまうのであり、前頭前野が正常に機能している状態では、外界からの感情的入力を適切に処理でき、あるいは自己の情動反応を柔軟に調節できるのであろう」と述べている。
前頭前野は大脳基底核や辺縁系などと密接な神経ネットワークを形成している。これらのループ機能の障害が躁うつ病の広範囲にわたる臨床症状の形成に重要な役割を持つのかも知れない。一方、前頭前野の機能障害が、皮質下に起こった障害の結果として生じている可能性も十分考えられる。そこで以下に、躁うつ病の皮質下の構造について行われた研究を紹介したい。
3 躁うつ病と皮質下構造
扁桃体
内臓感覚は直接に、他の感覚は視床あるいは感覚連合野を介して、すべての感覚が扁桃体に入ってくる。扁桃体は、これらの感覚刺激の価値評価と意味認知に深く関わっている。扁桃体はまた、視床下部と下位脳幹に密な線維連絡を持ち、情動の表出(情動行動、自律神経反応、内分泌反応)にも重要な働きをしている(Aggletonら、1986)。
Drevetsら(1992)は、単極性うつ病患者を対象に、H215OPETを用いて、血流を解析し、左扁桃体における血流の増加を認めた。前頭前野と扁桃体との間には密な同側性の線維連絡が存在すること、また扁桃体が感情の制御に深く関わっていることから、彼らは、扁桃体の機能異常がうつ病と深く関わっていることを推定した。
尾状核
尾状核をはじめとする大脳基底核とうつ病との関係は、この部位に器質性あるいは機能性変化を起こすハンチントン病や多発性硬化症あるいはパーキンソン病に、感情の障害が多くみられることから、古くより関心が持たれてきた。Drevetsら(1992)の上述の研究では、両側尾状核の血流低下も認められており、この結果はBaxterら(1985)の結果ともよく一致している。
近年では、MRIの普及により、神経学的に無症候性の脳梗塞病変(silent cerebral infarction:SCI)が発見されるようになった。その結果、初老期・老年期発症のうつ病患者の半数以上に、この領域にSCIが認められることが分かってきた(藤川、1997)*4(表1)。また初老期以降発症の躁病患者(65%)においては、SCIがさらに高頻度に認められている(Fujikawaら、1995)。高齢発症の躁うつ病とSCIとの関連性については、今後さらに検討を加える必要があろう。
海馬
かつてAxelsonら(1993)は、うつ病患者で、血中コルチゾール・レベルが高値であるほど海馬の萎縮の程度が強いという相関を見いだしていた。1996年になって、再発性うつ病患者(Shelineら、1996)とベトナム戦争で心的外傷後ストレス障害になった患者(Gurvitsら、1996)において、MRIで海馬の萎縮所見が報告された*5。海馬は、グルココルチコイド受容体が密に分布している部位であり、うつ病で高頻度に機能亢進がみられるHPA系へ、ネガティブ・フィールドバックをかける重要な部位と考えられている。動物実験では、グルココルチコイドが海馬神経細胞を傷害することが示されている。慢性うつ病や過度のストレスがグルココルチコイドの過剰な分泌を引き起こし、二次的に海馬の萎縮を生じたとすれば、注目に値する所見といえる。
本文、完
註
*1.感情の座
これまで感情の座を求める研究は、辺縁系など感情の座と考えられる部位を刺激したり破壊したりする実験的研究、あるいは偶発的に損傷を受けた患者を対象とした臨床的研究が主だった。しかし、刺激ないし破壊の及ぼす影響の範囲および時間的経過、他の脳部位の機能状態、個々の年齢やホルモン分泌の状態により、局所脳機能は異なったパターンを呈するので、これらの研究だけでは情動の中枢を明確に同定することは困難であった。
近年その技術が大きな発展を遂げた機能的脳画像研究により、健常者の感情の座がどこに位置しているかが調べられつつある。被験者が悲しい出来事を想起すると、前部帯状回、内側前頭前野、側頭葉、脳幹、視床、線条体の血流(活動性)が亢進し、喜びを体験すると右前頭、側頭-頭頂領域の低下が起こる(Georgeら、1995)。最近の報告(Laneら、1997)によれば、喜び、悲しみ、不快の感情は、ともに前頭前野(Broadmann
area9)、両側の側頭葉前部、視床の活性化と関連していた。また喜びは、両側の側頭葉中部~後部と視床下部の、悲しみは両側の側頭葉中部~後部、小脳外側部、小脳虫部、中脳、淡蒼球、尾状核の、不快は中脳の活動性の亢進とそれぞれ関連していた。
*2.躁うつ病の障害部位
本稿に恣意的に引用する研究結果が必ずしも決定的なものではないこと、いずれも否定的な追試報告があることを承知して読み進めていただきたい。将来、脳機能の時間・空間分解能の十分に高い新たな評価手段が開発される時が来るだろう。結論はそれまで持ち越されるであろうが、躁うつ病の脳局在に関する現時点での研究成果を簡潔にまとめることにする。
*3.前頭前野(PFC)系
眼窩前頭野(orbitofrontal area)は、報酬と罰についての情報を統合する機能を担い、将来の行動に影響を与え、複雑な社会生活に適応するために、現在および未来の状況を以前の情動的体験から推論および判断する上で重要な部位であるといいわれている(Damasioら、1990)。例えば、腹内側前頭前野に障害を受けた患者では、正および負の感情を呼び起こす反応に対して自律神経反射が消失し、結果を予測した社会的行動ができなくなるという。
脳梁膝下皮質は、サルやその他の動物で、扁桃体、内側視床核群、外側視床下部、側坐核、脳幹のモノアミン神経起始核との間に密な線維連絡を有していることが明らかにされており、情動行動や自律神経・神経内分泌反応に深く関わっていると推定されている部位である。
*4.潜在性脳梗塞(SCI)
SCIを合併する高齢うつ病患者は、抗うつ薬治療反応性が悪く、せん妄やパーキンソン症候群などの中枢神経系副作用を出しやすいことが指摘されている(藤川、1997)。
*5.海馬の萎縮
心理的ストレスが、脳に器質的な影響を及ぼす可能性は、脳の形成期においては、さらに重要な意味を持つかも知れない。胎生期、新生児期に受ける過度の心理的ストレスが、その後ミクロなレベルでの、脳形成に影響を与え、ストレス応答に過敏なネットワークを刻み込む可能性が動物実験で示されている。その逆に母親からの接触を多く受けて育った場合には、ストレスに対する耐性が高くなる可能性も指摘されている。脳の持つ可塑性は、遺伝子と環境とのダイナミックな相互作用の影響を受けながら、疾患への脆弱性あるいは逆に耐性 を作り出しているかも知れない。その輪郭がもうすこしはっきりしてきた段階で、取り上げてみたい魅力的な研究領域である。
1998.3 No.10 Psychiatric Bulletin 神庭重信
f.大脳辺縁系の機能からみたうつ病
1.はじめに
うつ病と大脳辺縁系の機能との関連性、ないしはうつ病における大脳辺縁系の機能状態を調べ、論じる方法には、おおよそ次のようなものが考えられる。①PETやSPECTを用いて、うつ病者の大脳辺縁系におけるグルコース代謝や局所脳血流量を調べる。さらに最近では、MRSを用いてモノアミンや他の脳内物質を測定することもできる。②CTやMRIを用いて、うつ病者の大脳辺縁系の形態異常の有無を調べる。③てんかん性症状としてみられる抑うつ(ictal depression)の発現に大脳辺縁系がどのように関与しているか、あるいは大脳辺縁系の電気刺激によって抑うつがひき起こされるかどうかを調べる。④抗うつ薬の作用部位として大脳辺縁系はどのように位置づけされるかを検討する。これには、モノアミン受容体の大脳辺縁系における分布も重要な関わりを持つことになる。⑤うつ病の動物モデルにおける大脳辺縁系の役割を明らかにする。⑥うつ病者に見られる症状や行動変化を、大脳辺縁系の行動上の機能と比較検討し、うつ病における大脳辺縁系の機能状態を推測する。
これらの研究方法のうち、③と⑥とを除いたものは本特集の他章で触れられると思われるので、本稿では③と⑥に絞って論を進めていくことにしたい。
2.大脳辺縁系の解剖および機能
大脳辺縁系は古くは旧皮質、古皮質などと呼ばれた脳部がその主体をなし、系統発生的にも下等な哺乳動物からよく発達しているが(図1)、また、情動脳とも呼ばれていたように情動との関連がよく知られている部位でもある。近年では、それに加えて記憶との関わりも強調されるようになってきているが、まず、これらの事情を簡単に概観していみたい。
1)解剖
大脳辺縁系は、図1に示されているように、大脳新皮質と間脳・脳幹部との間に狭まれる形で存在している。その内部構造はかなり複雑なものであるが(図2)、線維連絡や機能の観点から海馬・中隔系と扁桃核系の2つのシステムに分けられる。
大脳辺縁系へは、感知された環境刺激に由来するあらゆる種類の感覚情報が、大脳新皮質で情報処理された後に流入してくる。すなわち、視覚、聴覚、触覚などの感覚情報が、それぞれの第1次感覚皮質や連合野を経て側頭葉へ集まり、そこから皮質下へと下降して海馬あるいは扁桃核に到達する(図3)10)。この過程で、情報処理の各段階ごとに諸感覚情報は前頭前野へも送られる。
大脳辺縁系からの主な下降性遠心路について述べると、海馬からの出力線維は脳弓を通ってまず外側中隔に投射し、そこでシナプスを介してさらに外側視床下野などの脳幹部へ達する。扁桃核からは、分界条や腹側投射系を通って内外の視床下部や他の脳幹部へと投射する(総説参照)6)。
海馬および扁桃核からの下降性遠心路の共通の投射野となっているのが脳幹情動系の最重要部分である視床下部であることに、以下に述べるような極めて大きな意味が存在している。視床下部は情動(内側視床下野は怒りと恐れ、外側視床下野は快感)だけでなく、自律神経、内分泌、さらには生体調律系の最高中枢でもあることは言うまでもない。
2)海馬・中隔系の機能
ここで、海馬・中隔系の機能に関する研究の1次資料に触れるだけの余裕はない。それらについては他の総説7)や成書14)を参照していただきたい。この事情は次の扁桃核系についても同じである。
情動行動における海馬・中隔(外側中隔)系の機能は、先に述べた経皮質性の感覚情報を変換して、快感をもたらす脳幹情動系を駆動し、逆に怒りや恐れをもたらす脳幹情動系に対しては抑制をかけることであると考えられている。たとえば、ラットやネコの外側中隔を破壊すると動物は途端に凶暴となり、当然、性行動や食行動など快感と関係の深い本能行動は抑制される。逆に、外側中隔の電気刺激は動物に顕著な脳内自己刺激行動をもたらし、人間では強い多幸感、恍惚感を生じることが知られている3)。
記憶との関連では、海馬は、長期記憶のうち宣言的記憶declarative memory
と本質的に関わっているとされる14)。宣言的記憶とは、個人の過去の出来事の記憶(エピソード記憶)と世間一般の知識の記憶(意味記憶)のことである。海馬が損傷を受けると、これらの長期記憶を新たに獲得することができなくなり、また、損傷以前に獲得されていた記憶も逆行性に障害される(逆行性健忘)。
3)扁桃核系の機能
扁桃核系と海馬・中隔系とは、大脳新皮質で処理されたさまざまな感覚情報が流入する点では同じであるが、情動行動に関しては全く逆の機能を持っている6)。すなわち、扁桃核系は、そのような感覚入力を受けて怒りや恐れの脳幹情動系を駆動・促進し、性行動や食行動は抑制する。これらの機能は、その逆転像として古くから、扁桃核を含めた側頭葉を両側性に破壊されたサルにみられるKlüver-Bucy症候群としてよく知られているところである。人間でも、扁桃核を電気刺激すると怒りや恐怖の感情が起こる3,13)。
扁桃核系も記憶に関わっていることは、しばしば言及されるところであるが、なかでも刺激と報酬の連合過程に関与していることが示唆されている4,10)。
Klüver-Bucy症候群として知られる精神盲や怒り・恐れの喪失も、破壊以前には見られていた行動が変容したという点では、情動的意味に関する記憶障害の結果であると見なすことも可能であるが、学習の要素を必要としない生得的行動としての情動反応も障害されると考えられることから、単純に記憶障害として解釈することもできない。しかし、無条件反射性の情動反応を基にした条件反射の形成に扁桃核系が関わっていることは十分に可能なことであり、その意味では、刺激と報酬の連合と言うよりも、刺激と情動の連合に関与していると言うべきであろう。
4)前頭前野の機能1,5,9)
大脳辺縁系の機能や解剖を論じるにあたって、それとの密接な関連性なかでも相補性という観点から、どうしても考慮に入れておかねばならないのが前頭前野である。前頭前野とは前頭葉から運動皮質を除いた部分のことであり、ここへは環境刺激に由来し新皮質での情報処理を受けた感覚情報が到達することは先に述べたとおりである。
前頭前野は背外側部と眼窩面(傍辺縁系の一部と見なされている)とに分けられる。このうち情動行動との関連性が深いのは眼窩面である。人間や動物で眼窩面が破壊されると、衝動性が高まり状況に適応した行動がとれなくなる。このような行動変化は、この部位が自らの行動を、動因や行動がもたらした効果との関連で自己評価する機能を担っていることによると考えられている。背外側部は遅延交替反応や空間的遅延反応といった学習や反応の抑制的統御に関わっており、行動の時間的構成化(Fuster)をもたらすと考えられている。Luriaは、このような前頭前野の機能を総括して、記憶-知性過程を含めた行為のプログラミング、調節、制御であるとしている。先に述べた前頭前野への感覚情報の流入は、このような行為のプログラミング等に際して必要な手がかりを提供していると思われる。
大脳辺縁系が環境刺激を認知し脳幹情動系を駆動する入力過程に関与していると考えられるのに対して、前頭前野は、情動などの動因によって発動される行動のプログラミングやその評価、すなわち出力過程に関わっていると見なすことができる。情報の入出力の観点から、大脳辺縁系と前頭前野の機能関係を図示したものが図4である8)。
3.大脳辺縁系の機能からみたうつ病
うつ病の諸症状は、これまで素描してきた大脳辺縁系の機能という側面からみるとどのように理解できるであろうか。ここでは、大うつ病の典型的な症候学を念頭において検討を加えてみたい。
大脳辺縁系の主な機能は情動と関係していることから、当然のなりゆきとして、うつ病ではどのような情動・感情の変化がみられ、それは大脳辺縁系のどのような機能状態を示唆しているかということがまず第1の分折点となる。うつ病の症状が完成されると、生の喜びや愉悦の感情がみられなくなるだけでなく、怒りや恐れ(恐怖)の情動も抑制されており、情動のあらゆる面が凍結されているかのようにみえる。食欲や性欲といった欲動も減退する。これらの事実は、うつ病においては、快感や食欲、性欲に対して促進的に働いている海馬・中隔系の機能が低下しているだけでなく、怒りや恐れを促進している扁桃核系の機能も抑制されていることを物語っている。あるいは、脳幹情動系全体の活動性低下によるものかもしれない。時には食欲の亢進がみられることもあるが、その時に性欲の亢進とかを伴うわけではなく、食欲制御のメカニズムが単純ではないことの証左であろう。
うつ病では精神運動制止も顕著である。精神運動制止は刺激に対する反応の鈍さであり、一旦生じた反応(言語や行動)のテンポの遅さでもある。これは、環境刺激に対する入力ならびに出力過程の情報処理のスピードの遅さを反映していると言えよう。殊に、言葉や行動そのもののテンポの遅さは、先に紹介した前頭前野の機能抑制を想定させる所見である。逆に焦燥をみることも稀ではないが、これとても、少くともその一部は、効率のよい行動のプログラムの形成に至らない、前頭前野における情報処理の混乱の反映であると見なすことも可能である。
典型例でみられる日内変動や早期覚醒、さらにはREM潜時の短縮といったリズム障害としての側面は、視床下部や脳幹の生体調律機能の変調を示唆している。また、月経不順やデキサメサゾン抑制試験陽性などは視床下部-脳下垂体系の機能異常を示唆する。便秘、発汗、動悸、めまいなどの自律神経症状もしばしば見られる。これらのことを考慮すると、視床下部水準で考察しても情動系だけでなく、調律系、内分泌系、さらには自律神経系とあらゆる機能の失調の存在が示唆されることになる。
うつ病の中心的症状への言及が最後になってしまったが、抑うつ感、さらには無価値感とか罪責感といった、より高等な陰性感情を、大脳辺縁系の個別的機能から論じることははなはだ困難である。これまで推定してきたような大脳辺縁系、前頭前野、さらには視床下部を含んだ広範な部位の機能抑制を背景にして初めて発現する感情なのかもしれない。また、うつ病者にしばしば見られる心気的不安とか希死念慮なども大脳辺縁系などの機能から単純にその発生機序を推論することはできず、生物・心理。社会的視点が要請されてくる。
4.てんかん性抑うつ(ictal depression)
てんかんの発作症状として抑うつがみられることがある15.16)。報告はそれほど多くはないが、その1つによると16)、抑うつ発作の持続は通常の発作よりも長いものが多く、観察された21例中8例では1日以上の持続を示したという。これらの抑うつをすべて発作症状として理解するには多少無理があるように思われる。発作間欠時の脳波所見も、発作性の恐れや怒りでは側頭葉の前半部に棘波焦点をみることが多かったのとは対照的に、抑うつでは、脳の特定の領域の突発性異常に帰することはできなかった。発作時脳波による検討が待たれるところである。
一方、てんかんの外科治療などに際して、人間の脳、なかでも側頭葉や大脳辺縁系を電気刺激した記録もかなり残っている2.3.13)。Gloorら2)は、大脳辺縁系が刺激された時に恐れや怒りなどの情動や、幻覚あるいは錯覚などの体験反応が現れることを報告しているが、抑うつ反応の記載はない。このことは他の報告においても同様である。
これらの事実は、少なくとも側頭葉や大脳辺縁系の特定の部位に限局したてんかん性放電やその電気刺激が抑うつをひき起こすことはないことを物語っており、前項での考察と矛盾しない。
5.おわりに
本稿では、情動や記憶との関わりが深い大脳辺縁系およびその関連脳領域の機能という観点から、うつ病でみられる主要な症状を見直し、その評価に基づいて逆にうつ病における上記脳領域の機能状態を推測するということを試みた。その結果、典型的な内因性うつ病では大脳辺縁系を含む入力過程、視床下部、前頭前野を含む出力過程のすべてが抑制されていると推測した。
このように広範な脳領域が一様に抑制される機序は当然のことながらまだ不明である。この機序を仲介する候補の1つとして、抗うつ薬の作用機序との関連が強く、脳幹部からこれらの脳領域へ非選択的、全般的に投射する神経伝達物質であるノルアドレナリンやセロトニンの関与がまず挙げられよう11,12)。うつ病におけるこれらの神経伝達物質の代謝や受容体の動態は、本特集の他稿で述べられているとおりである。今後、脳の機能をも考慮にいれた総合的な精神医学の発展が期待される。
文献
1)Fuster, J. M,:The prefrontal cortex. Anatomy, physiology, and neuropsychology of the frontal lobe. Raven Press, New York, 1980.
2)Gloor, P., Olivier, A., Quesney, L. F., Andermann, F., & Horowitz, S.:The role of the limbic system in experiential phenomena of temporal lobe epilepsy. Ann Neurol, 12; 29-144, 1982.
3)Heath, R. G. : Brain function and behavir. J Nerv Ment Dis, 160; 159-175, 1975.
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12)Moore, R. Y., Halaris, A. E. & Jones, B. E.:Serotonin neurons of the midbrain raphe. Ascending projections. J Comp Neurol, 180;417-438, 1978.
13)Penfield, W. & Perot, P.:The brain’s record of auditory and visual experience-a final summary and discussion. ain 86;595-696. 1963.
14)Squire, L. R. (河内十郎訳):記憶と脳.医学書院,東京,1989.
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16)Williams, D.:The structures of emotions refiected in epileptic experiences. Brain, 79;29-67, 1956.
(こころの臨床ア・ラ・カルト、1994, Sept.前田久雄)
g.うつ病のモノアミン仮説はどう変わったか
-アミンの欠乏から受容体へ、そして脆弱性-ストレスモデルへ-
「ナットターナーの告白」や「ソフィーの選択」の著者として知られ、現代アメリカを代表する作家のひとりであるスタイロンは、1985年のパリ訪問後、重いうつ病に苦しめられることとなった。彼はこの時の経験を4年後にジョンスホプキンス大学主催の感情障害のシンポジウムで講演し、それをもとに「虚栄の市」というエッセーを発表した。「この世の闇Darkness Visible」はこのエッセーをもとに、うつ病の苦悩と回復の喜びを単行本にして上梓したものである。
彼は、うつ病というのは脳内のセロトニンやノルエピネフリンの欠乏やコーチゾルの上昇で起こるのであろうか、常用していた睡眠薬のせいではないか、いや幼児期の対象喪失が本当の原因ではないかと自問している。
一体何が原因で数ヶ月にわたり、死をも考える程の気分や意欲の低下、快感の喪失、身体的不調が生じるのであろうか。本稿では躁うつ病の基盤にある脳の機能異常や薬の奏効するメカニズムを考えるうえで、欠かすことのできないアミン仮説がどう変わったかを紹介し、この疑問に答える手掛かりを提供してみたい。
I.モノアミンと躁うつ病
1.脳のセロトニンとノルアドレナリン
精神疾患と関連の深いモノアミンは、カテコール核を有するドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンなどのカテコールアミンと、インドール核を有するセロトニンなどのインドールアミンに大別される。アメリカでは慣用的にノルエピネフリンといい、ヨーロッパではノルアドレナリンというが以後は後者に統一する。必須アミノ酸であるトリプトファンとチロジンは消化管から血中に吸収された後、血液脳関門を通過して脳内に入り、能動的に神経細胞体や神経終末に取り込まれ、簡単な合成過程により各々セロトニン(5-HT)やノルアドレナリン(NA)となって貯蔵され、ニューロン(神経細胞)の活動に応じて神経伝達物質としてシナプス間隙に遊離される。モノアミンを伝達物質とするニューロンの解剖学的特徴は、60年代にスウェーデンのカロリンスカ研究所の研究者によって明らかにされ、大脳皮質全体に軸索が延びていることが示されている。
それでは一体どういう経緯でモノアミンと躁うつ病が結び付けられるようになったのであろうか。
2.初期のモノアミン欠乏説の誕生
1952年にパリ大学のドレーやドニケルらによって、クロールプロマジン抗精神病作用があることが発見された。同じ年に、古代インドの医学書アーユルヴェーダ以来、高血圧や精神疾患に相応する病態に用いられていたインド蛇木から有効成分であるレセルピンが抽出され、クロールプロマジンと同じく抗精神病作用を有することが明らかにされた。クロールプロマジンに類似した化学構造を有するイミプラミンを合成していたスイスの製薬メーカー、ガイギー社は直ちに分裂病に対する臨床治験を行なったが結果は否定的なものであった。しかし気分昴揚作用を有することが示唆され、クーンにより早速うつ病に対する検討が行なわれた。その結果明らかな抗うつ作用が認められた。最初の三環系抗うつ薬の誕生である。同じころ抗結核薬として用いられるようになっていたイソニアジドやイプロニアジドにも気分昴揚作用のあることが注目され、とくに後者がイミプラミン同様、うつ病に有効なことが示された。
こうした薬剤の登場により、分裂病や躁うつ病の基盤にある脳の機能異常を研究する糸口がつかめたことになる。大著「無意識の発見」で有名なエレンベルガーの言葉を借りれば、ピネル、フロイトの革命に続く、精神医学の第3の革命である。
a.ノルアドレナリン欠乏説の登場
まずイミプラミンやイプロニアジドの薬理作用がうつ病の病態を解明する手掛かりとして検討された。イミプラミンはシナプス間隙に遊離されたモノアミンとくにノルアドレナリンとセロトニン細胞内への取り込みを強力に阻害し、その作用を増強することが明らかにされた。イプロニアジドは、アミンの分解酵素であるモノアミン酸化酵素(MAO)の作用を阻害し、同じくシナプス間隙におけるアミンを増加させることが示された。一方レセルピンを服用した患者の一部に(15%程度といわれる)、内因性のうつ病とまったく同じうつ症状が惹起されることが報告され、しかもレセルピンが神経終末におけるモノアミンのシナプス小胞への貯蔵を阻害し、枯渇させる作用のあることが明らかにされた。動物実験でもイミプラミンが、レセルピンなどのモノアミン枯渇作用を有する薬物の作用に拮抗することが明らかにされた。
このように脳内のモノアミンニューロンのシンプス間隙におけるノルアドレナリンやセロトニンを増加させることによりうつ病が回復し、減少させることによりうつ病が惹起されることが示唆された。
こうした研究成果をもとに、1965年にハーバード大学のシルトクラウトはアメリカ精神医学会誌の第122巻に「感情障害のカテコールアミン仮説」と題する論文を発表した(Schildkraut, 1965)。彼は、「うつ病は脳内のカテコールアミンニューロンのシナプス間隙において作用するノルアドレナリンの量が、何らかの原因で絶対的ないし相対的に減少することによって生じ、抗うつ薬はシナプス間隙におけるアミンの再取り込みや分解を阻害し、その濃度を高めることによって効果を発揮し、躁病は逆にシナプス間隙におけるノルアドレナリン量の過剰によって生じるのではないか」という仮説を提唱した。同じ年にバニィとデーヴィスも同様の仮説を提唱している(Bunney and Davis, 1965)。
b.セロトニン欠乏症
2年後の1967年にコッペンは、セロトニンの分解酵素であるMAOの阻害薬や、セロトニンの前駆物質トリプトファンがうつ病に有効ということから、前述のカテコールアミン欠乏仮説と同じ論理で、うつ病は脳内のセロトニンの欠乏によって生じるというセロトニン欠乏仮説を提唱した(Coppen, 1967)。トリプトファンは現在も英国では“optimax”という商品名で難治性のうつ病の補助的な治療薬として市販されているが、アメリカでは好酸球増加筋痛症候群という原因不明の副作用で死亡例も出たため禁止され、英国でもその使用は登録制になっている。
c.セロトニンとノルアドレナリンを組み合せた説
当時、脳のセロトニンのはたらきに関しては不明な点が多く、アメリカではノルアドレナリン説が、ヨーロッパではセロトニン説が有力であった。
これに対して、躁うつ病患者ではもともと脳のセロトニン系の機能が低下していて、ストレスなどによりノルアドレナリン系の機能が低下するとうつになり、逆にノルアドレナリン系の機能が亢進すると躁になるという説も唱えられ注目された。この説では病気になり易さ(脆弱性といい、おそらくは遺伝子レベルの問題)と発症のメカニズム(病態生理)とを区別している点が特徴である。
いずれにしても、これらの仮説では何故アミンの欠乏が起こり長期持続するのか、そうしたアミン欠乏からどのようにしてうつや躁の症状が出現するのかは一切説明されていない(図1a)。
Ⅱ.うつ病ではアミンの受容体に異常があるか
1.うつ病患者の脳でアミンは欠乏しているか
60年代後半に登場したアミン欠乏説を証明するため、うつ病患者の尿や血液、脳脊髄液を材料としてモノアミンの最終代謝産物の濃度を測定することが盛んに行なわれた。うつ病で脳内アミンの欠乏があればこれらの濃度が低下しているはずである。ノルアドレナリンの場合は3-メトキシー4-ヒドロキシフェニルエチレングリコール(MHPG)、セロトニンの場合は5-ヒドロキシインドール酢酸(5-HIAA)が測定されたが、結果は否定的なものであった。ただ髄液5-HIAAに関しては自殺(未遂)者で低いことなどから、衝動性と中枢セロトニン系の関連でなお注目され続けている。
2.受容体異常説の登場
アミンニューロンから遊離されたセロトニンやノルアドレナリンは、わずかの間隙を隔てたシナプス後部側のニューロンの膜に存在する受容体に作用して情報を伝えるわけであるが、70年代になって、それまで理論上の存在であった受容体の測定が可能となり、アミン仮説は新たな展開を迎えた。ノルアドレナリンの受容体には大きく4つ、セロトニンの受容体には7つのサブタイプがあるが、それに選択的に結合する物質(リガンドという)が得られれば放射性同位元素でラベルして、各受容体のサブタイプごとに、その数や親和性の変化を測定することが可能となった。
a.アミン欠乏説の矛盾
こうした状況のなかで、抗うつ薬によるアミンの取り込み阻害作用は試験管内ではすぐに現われるのに、実際にうつ病患者に効果が現われるのに2~4週間以上かかることの矛盾や(時間のずれ)、アミンの取り込み阻害作用を有するのにうつ病に効かない薬物が存在すること(例えばコカイン)、アミンの取り込み阻害を示さない第2世代の抗うつ薬(ミアンセリンなど)が登場し、アミン欠乏説では説明がつかなくなってきた。これらの事実から、抗うつ薬を2週間以上投与したときに生じる、大脳皮質ニューロンのアミンの受容体の変化が抗うつ効果と関連しているのではないかと考えられるようになった。さらに既存の抗うつ薬や電気けいれん療法(略してECT、動物実験の場合は電気けいれんショックECS。現在わが国でも重症うつ病の治療方法として、欧米なみの無けいれん療法が再評価されている)に共通する作用を明らかにすることにより、うつ病の基盤にある脳の機能異常が解明できるのではないかと期待され、多くの研究者により追及されるようになった。
b.うつ病のβアドレナリン受容体機能亢進説
抗うつ薬を反復して動物に投与すると、ノルアドレナリンニューロンによって調節されている皮質ニューロンに存在するβアドレナリン受容体の数は次第に低下し、うつ病患者で効果が出始める2週間後には平均20~30%程度減少する(これをダウンレギュレーション、下向き調節と呼ぶ)。ECTの反復施行でも同じ変化が生じることが明らかとなった。一方セロトニンの受容体に関してはとくにセロトニン-2というサブタイプが、抗うつ薬では減少するのに、ECTでは逆に増加と一致する結果が得られなかった。アセチルコリンやヒスタミン、ドーパミンなど、うつ病との関連が推定されるその他の伝達物質の受容体にも一致した変化はみられなかった。
1981年に米国のチャーニィらはそれまでの研究成果をまとめ、「受容体の感受性と抗うつ薬治療の作用メカニズム」と題する論文を発表し大きな話題となっった(Charney et al., 1981)。抗うつ薬やECTは慢性投与により、脳のβアドレナリン受容体とくにそのサブタイプのひとつであるβ1アドレナリン受容体数を減少させ、ノルアドレナリンの神経伝達を低下させることにより効果を発揮すると考えられるようになった。
このことから逆にうつ病患者では大脳皮質のβアドレナリン受容体数が増加していて、ノルアドレナリンの神経伝達が異常に亢進しているのではないかと考えられるようになり、自殺者の脳を調べた研究などからもこれを支持する報告がみられるようになった。これがβアドレナリン受容体機能亢進説で、アミン欠乏説とはまったく正反対の説である(図1b)。
3.セロトニン受容体機能亢進説
一方セロトニンに関しても、わが国における躁うつ病の生物学的研究の中心であった故高橋良らの研究グループにより、うつ病では素因として脳内のセロトニン受容体とくにセロトニン-2受容体の機能亢進があり、ストレスによりセロトニンの放出が亢進するとセロトニン系の伝達が過剰となり発症するという、うつ病のセロトニン機能亢進説が唱えられ一時かなり注目された。
このほかにも、感情障害ではノルアドレナリンニューロンの細胞体や神経終末にあって、神経の活動やアミンの遊離を抑さえ、自己調節のはたらきをしているα2アドレナリン自己受容体に異常があり、抗うつ薬はこの受容体のはたらきを正常化することにより効果を発揮するという説や、β受容体と同様にシンプス後部側にあってノルアドレナリン系の神経伝達を担っているα1アドレナリン受容体を介した神経伝達が躁うつ病治療薬の作用点で、これを介した神経伝達が異常に低下するとうつになり、逆に亢進すると躁病になるというα1アドレナリン受容体仮説なども提唱された。
このようにアミン欠乏説とは逆に、ノルアドレナリンかセロトニンの機能亢進がうつ病の基盤となっているという2つの説が一時期風靡した。もしこの説が正しければ頻脈や高血圧症の治療に用いられているβブロッカー(その代表であるプロプラノロールはアドレナリン受容体だけでなくセロトニン受容体の阻害作用も有する)が即効的な抗うつ効果を示すはずであるが、逆にうつ状態が惹起されることが報告されている。
Ⅲ.アミン機能低下説の再登場
80年代になって、伝達物質が受容体に結合した後、どのようにして細胞内の中で情報が伝達され、生理的な反応が生じるのか次第に明らかとなってきた。脳はニューロンの発火パターンの変化により情報を処理しているが、これらは主にアミノ酸伝達物質により直接開閉される孔を通じたイオンの出入りによって調節されている。
1.セロトニンブームとセロトニン機能低下説の再登場
これに対して、ノルアドレナリンやセロトニンの受容体はその後の情報伝達の仕組みが異なっていることが明らかとなった。アミンの受容体は膜に存在するGタンパクと呼ばれる情報を増幅する分子と組み合わさっており、その後細胞内の2次的、3次的な情報伝達のメッセンジャーとなる物質を介してゆっくりと生理的な機能を発揮する。受容体にはさまざまな種類があるが、細胞の中の情報を伝達する経路はどの細胞でも共通していて、数種類に限られ、異なる受容体からの情報が細胞内でクロストーク、すなわち相互作用していることがわかっている。
現在米国を中心に、選択的にセロトニンの取り込み阻害作用を示す抗うつ薬(SSRIと略す)が爆発的といってもよい程、広く使用されるようになっている。セロトニンニューロンの活動に及ぼす抗うつ薬の作用を研究してきたカナダのプリエやドゥモンティグニィらは、SSRIをはじめとする多くの抗うつ薬は、慢性投与によりシナプス後部のセロトニン-1A受容体を介した伝達を高めることにより抗うつ効果を発揮すると主張し、かなり受け入れられている(de Montigny and Blier, 1984)。このことから再びうつ病ではセロトニンの神経伝達が低下していると考えられるようになってきている。
2.セロトニン/ノルアドレナリン機能低下説
これに対して著者は、うつ病では、種々のストレスにより相対的にノルアドレナリン系やセロトニン系を介した伝達効率が低下し(アミンの欠乏によるものではなく、これらの経路のどこかの機能が低下すれば起こりうる)、抗うつ薬やECTは慢性投与により次第に低下した伝達を正常化することにより効果を発揮するのではないかと考えている。両者に共通した生理的な機能である皮質ニューロンの信号/雑音比が広範に低下することにより(ラジオに例えるとチューニングが合わず、雑音が多くて聴くき取りにくい状態)、“arousal覚醒レベル”や“readiness反応準備性”が低下することが抑うつ症状の基盤にある脳の情報処理障害ではないかと推定している。これも初期のアミン欠乏説の修正版といえる(図2)。
3.ドーパミン機能異常説
これらの説では抗うつ薬の効果が出始めるころには、多少の受容体の減少があっても、シナプス間隙に遊離されるアミンの量は増加しているので正味の変化としてみれば神経伝達は増加していると考えているわけで、あとはセロトニン、ノルアドレナリンのどの受容体を介した伝達を重視するかの違いである。
ところで躁うつ病の発症に脳内ドーパミン神経が関係していることは、躁病にドーパミン遮断薬である抗精神病薬が有効なことなどから、以前から推定されていたが、カナダのフィビガーらはドーパミンの神経伝達の亢進によって躁病が、低下によってうつ病が生じるという感情障害のドーパミン機能異常説を唱えている(Fibiger, 1990)。最近の研究で、前頭葉におけるドーパミンの遊離を種々の抗うつ薬が促進することが示されており、この説を支持するデータも多くなっている。
いずれにしてもこれらの神経系は相互に機能が関連しているので、どれもなんらかのかたちで躁うつ病の発症に関与していると考えるのが妥当であろう。
このようにうつ病のアミン異常説というのは、抗うつ薬の作用から逆に類推されたもので、うつ病の原因というよりはうつ状態の基盤にある脳機能の異常のごく一部、すなわちひとつのニューロンレベルでの異常を説明する説に過ぎないことがわかる。うつ病といってもその原因や発症のメカニズムはタイプによって異なるものと考えられている。とくに遺伝的な基盤が重視されている、躁とうつを反復する双極性障害の患者では、受容体からの情報を増幅変換して細胞の中に伝えるトランスジューサーの役割を果たしているGタンパクの機能が遺伝的に異常に亢進しており、これによって神経伝達の異常な亢進や低下が生じることが発病の原因ではないかというGタンパク機能異常説なども提唱されており、今後の検討が期待されている。
おわりに――遺伝子レベルの研究から、包括モデルへ
最近C型肝炎治療のためのインターフェロンによるうつ状態や自殺が問題となっている。また癌患者の心理状態と免疫能の関連がサイコオンコロジーという学問となり注目されている。免疫細胞から放出されるサイトカインと呼ばれる一群の物質は、近年ニューロンやグリア細胞などからも放出されることが知られており、インターフェロンもその一種である。一方従来よりうつ病患者の血中コーチゾルは高値を示すことが多く、デキサメサゾン抑制試験で抑制されない例が多いなど、ストレス反応に関与する視床下部-下垂体-副腎軸のホルモンの調節異常が注目されてきた。
このように生体内では神経系と内分泌系、免疫系の3つが相互に関連しあって情報を伝達し、種々のストレスに対する防御機構として働いているが、躁うつ病もこれらの系に異常が生じているものと推定される。最近ではストレス刺激により遺伝子レベルでの変化つまり長期に持続する蛋白合成の変化が生じることも明らかとなり、遺伝的な脆弱性と心理社会的ストレスを組み合せた病因モデルの物質的基盤が示され、より包括的なモデルと、それによる新たな治療法、治療薬の開発が可能となりつつある。
参考文献
ここでは個々の引用論文は割愛させていただき、米国の躁うつ病患者のユーザーグループの文献リストの筆頭にも挙げられているGoodwinらの本と、Paykel編集の最新のハンドブックを示すにとどめたい。
Goodwin, F. K.& Jamison, KR:Manic-Depressive Illness. Oxford University Press, New York Oxford, 1990.(著者のGoodwinはごく最近まで米国国立精神保健研究所の所長で躁うつ病研究の大家である。938ページにもわたる大部の本を2人で著しており、詳細かつ強迫的ともいえる記述と文献リスト、脚注が付いている。残念ながら翻訳されていない)
Delgado, P. L., Aprice, L. H., Heninger, GR &Charney, DS:Neurochemistry. In (Eds.), Paykel, E.;Handbook of Affective Disorders. Churchill Livingstone Edingburh London Madrid Melbourne New York and Tokyo, p219-253. 1992.(これも英国におけるうつ病の臨床研究の大家Paykelが編集したハンドブックで、Goodwinの本よりも新しく、最新の研究がまとめられているが、やはり翻訳されていない)
(こころの臨床ア・ラ・カルト、1994, Sept. 田島 治 )
h.躁うつ病(単極型うつ病を含む)および抗うつ薬のモノアミン仮説
monoamine hypothesis
躁うつ病の症例に比べて単極型うつ病症例がはるかに多いため、もっぱらうつ状態の研究報告が多数を占める。
躁うつ病治療薬の歴史の項で触れたが、1950年代後半に、より良い抗精神病薬を得るためchlorpromazineの構造を一部変えた薬剤を合成し、臨床応用した。この薬剤は分裂病のため諸症状を改善することはなかったが、その代わりうつ病の若干の症状を著明に軽減した。これがimipramineであり、モノアミン仮説の端緒となった。当初imipramineの抗うつ効果として考えられたものは、本剤による脳内monoamine再吸収阻害作用であった。すなわちうつ状態とは神経端末からシナプス間隙に放出されるmonoamineが正常者より著しく再取り込みされ、したがってより早く不活性化されてしまう状態であること、換言すれば生物活性をもつnoradrenaline(以下NAと略)、serotonin(5-hydroxytryptamine,以下5-HTと略)の脳内での減少が神経伝達を停滞させ、これがうつ病を起こすとする考え方であった。ところでimipramineはシンプス間隙に放出されたNA,5-HTの再取り込みを阻害する結果これらのアミン量を増やすので、今までうまくいかなかった神経伝達が円滑にいくようになり、これがうつ病を改善させるとの解釈であった(図1-5)。その後この取り込み阻害作用と治療効果が時期的にずれることが明らかになったので、この古典的仮説は否定されているけれども、これをきっかけにimiparamine類似薬すなわち一連の三環系抗うつ薬が合成された。
次に脳内monoamineを不活性化するもの一の機構として酵素による分解があげられるが、その分解酵素の一つであるmonoamine oxidase(MAO)の活性の異常な高まりがmonoamine levelを低下させるので、これがうつ状態を発現するものと考えられた。事実MAOの活性を阻害する薬物すなわちMAO inhibitor (MAOI)は、結果的に脳内monoamine level を高めるのであるが、とにかく抗うつ作用を示した。本剤使用の発端は結核の治療薬のiproniazidであり、1952年Delay,J.らは同薬剤を投与された結核患者に気分の高揚と食欲の亢進を見出した。しかし肝毒性のため使用は中止された。これを契機にうつ病の治療薬として多くのMAO阻害薬が合成されたが、肝毒性のためそのほとんどの薬剤の使用が中止された。現在わが国で発売されているのはsafrazineだけであって、難治性うつ病や遷延性うつ病に限り一部の臨床家が三環系抗うつ薬と併用して投与している。しかしながら当初推定されたうつ病者におけるmonoamine代謝関連酵素の活性の異常は、その後の研究では認められていない。すなわち血漿や脳脊髄液(CSF)中のdopamine-β-hydroxylase (DBH)活性あるいは赤血球のacatechol-ο-methyltransferase(COMT)活性はうつ病と対照者との間に著明な差はないし、血小板のMAOの分析では当初うつ病者ではこの活性が亢進していると報告されたが、その後の研究では構想の活性は家系と密接に関連しているけれども、うつ病、躁病とは関連がないことが明らかになった。
Monoamineの欠乏とうつ病とを関連づけた他の成績には、1960年代にはreserpineを血圧降下剤として投与された患者の一部にうつ症状が発現したことにあった。また抑うつ発作歴のある患者には、本剤の連用で自殺することもあった。reserpineは、NA,dopamine(DA)、5-HTの貯蔵顆粒への取り込みを阻害する。その結果、神経終末内に遊離されたNAはMAOによって分解される。また、DAは貯蔵顆粒内に存在するDBHによる作用を受け得ないため、その多くはNAに転換できない。さらに細胞質内に入ったDAはMAOによって分解される。こうしてresepineは脳内monoaminesを枯渇させるのだが、これがうつ状態の発現と関連づけられた。
このようにimipramine, MAOI,reserpineなどの薬理作用から“monoamine 欠乏仮説”が生まれ、1960年代から1970年代にかけて活発な研究が行われた。これらの研究は主として、さまざまな体液中のmonoamineやそれらの代謝産物を測定することによって、うつ病者のmonoamine系伝達物質の活性の低下あるいは量的変化を見出すことを試みていた。
1)5-HT代謝の異常
1960年代のCSFを用いた研究では、うつ病者における5-HTと5-HIAA濃度が正常者よりも低値であるといわれていたが、近年の研究では、一致した結果が得られていない。加えてCSFを用いた研究報告は、現在のところ著しく減少している。この理由の一つは、人道上の問題である。すなわちCSFを採取するための腰椎穿刺法が患者に不必要な危険を与えるという理由である。次に脊髄には活動性の高い5-HT神経が存在しているので、腰椎部から得たCSFにおける5-HT、5-HIAAの濃度変動の主要側が脳か脊髄かの判定には困難なことがある。事実、脳室と腰椎部のCSFを同時に採取した実験では、両部位のindolamine量に相関がないとされている。少なくとも現時点では、腰椎部のCSFの5-HT、5-HIAA濃度は、脳のそれではなく、脊髄にある5-HT神経の活動性を反映しているものとも考えられる。
いくつかの報告にみられるうつ病者の5-HT、5-HIAA量の低値は、おそらくうつ状態にしばしば伴う運動量の低下を単に反映しているものであり、脳にもともとあった神経化学的な欠陥を反映しているわけではないようである。
死後脳を用いた研究は、CSFの研究とは別の意味での問題点をもっている。特に自殺者の場合、うつ病の既往をもっていたとしても、自殺した時点で本当にうつ状態にあったかどうか不明である。というのは、自殺者の若干は、死直前に通院加療を受けていないからである。またすでに記載したように、うつ病の回復期にも自殺しばしば認められることから、うつ病発現に関与している生化学的変化は、自殺時点(すなわち回復期)では正常域に近づいている可能性もある。
2)catecholamine代謝の異常
かつては、躁うつ病の素質のない脆弱性は5-HT系の活動性の低下であり、これにcatecholamine(特にNA)系の活動性の低下が現れるとうつ病が、増加によって躁病が発現すると考えられていた。この一因として躁うつ病のうつ期の症例にMAO阻害剤、三環系および四環系抗うつ薬を過量あるいは長期投与すると躁転することが認められたためのあった。またこの説を支持する臨床生化学的研究として、躁うつ病のうつ期の症例の尿では、NAの代謝物のMOPEG量は低いが、躁期には上昇するとの成績を示した。ただしこれらの変化が患者の気分と関係があるのか、あるいは気分変動に対応した運動性変化の結果二次的に惹起されたものかは不明である。他方、躁うつ病者のCSF中のcatecholamineとその代謝物を測定した結果は当然のことながら一致しておらず、また死後脳におけるcatecholamine量には、正常例と比べて著変はない。さらにCSF、血液中のDBH活性、赤血球のCOMTの活性も正常者と比べて大差はなく、当初うつ病者に認められた血小板MAO活性の変動も、その後の追試によって躁うつ状態とは関連のないことが示された。
ところで、三環系抗うつ薬のシナプス間隙におけるNA、5-HTの再取り込み阻害作用(図1-5、表1-5)については既述したが、これが投与後ただちに起こってくるのに対し、抗うつ作用の発現は1~3週間投与してからでないと認められないので、これらamineの取り込み阻害の対象のamineに対する選択性の違いは、臨床効果の違いと関連するのかもしれない。例えば第二級amineに属するdesipramine, nortriptylineはNA取り込み阻害はきわめて著明であるが、5-HT取り込み阻害は軽度である。そしてこれらの薬物は意欲賦活作用をより著明にもっているので(表1-5)、狭義の気分障害(病的な悲哀感、抑うつ感、孤独感等々)に対する治療よりも、精神運度抑制、意欲減退等に対する治療に向くといわれる。その一方、第三級amineに属するimipramine, clomipramineのように他の抗うつ薬に比べて5-HT取り込み阻害がきわめて著明な薬剤(表1-5)は、狭義の気分障害に対する治療効果が大であるといわれる。このように三環系抗うつ薬に限って言えば、おのおののamineに対する阻害効果の違いに対応して治療効果が異なってくるのだが、これがどういう仕組みによるのか、あるいは偶然そのような組み合わせになったのか、現在のところは不明である。
ところで四環系抗うつ薬のmaprotilineは、desipramine, nortriptylineと類似の構造をもつ二級amine(図1-5、図2-21、112ページ参照)であって、しかもNAの取り込みを著明に阻害する(表1-5)。したがってNA神経系活動を賦活するものと考えられるが、臨床効果としては精神運動抑制、意欲減退に対する治療効果に併せて気分障害(特に抑うつ気分)をも改善するといわれる。これらの効果の発現は、他の抗うつ薬と違って比較的早期(4日間)である。
maprotilineのように主としてNA神経系活動を促進するものが、抑うつ気分をも改善する事実は、情動障害は必ずしも5-HT levelの選択的低下あるいは5-HT神経系の活動性の低下によるものではないことを示唆している。
躁うつ病のモノアミン仮説を否定する治療として、mianserin, setiptilineのようにmonoamine再取り込み阻害作用がきわめて低いか(表1-5)、あるいはイプリンドールiprindoleのようにそれをほとんど示さず、しかもmonoamine levelに目立った影響を与えない薬物にも強い抗うつ作用が認めれることがあげられる(表1-6)。さらにチアネプチンtianeptineのように5-HT再取り込みを逆に促進する薬物の連用が抗うつ作用をもたらすことも、この仮説を否定する材料になっている。
1980年代の初期には抗うつ薬のreceptor down regulation(受容体数の減少)が注目された。その理由は、受容体数の減少が臨床効果の発現と時期的に一致していることにある。投与後間もなく臨床効果を示すmianserinは、すみやかに受容体数の減少を引き起こすが、三環系抗うつ薬では2~3週間投与した後でないとそれが起こってこない。さらにうつ病の動物実験モデルと考えられる強制水泳ラットでは5-HT受容体の数が増えており、うつ病がmonoamine receptorの感受性亢進によるものだと仮定すれば、これらの受容体数を減らす薬物が抗うつ作用をもつ理由ともなりうる。
多くの研究において三環系抗うつ薬の慢性投与は、共通してラット脳のβ受容体(小脳以外のすべての脳部位のβ受容体の約60%をβ1が占める)を減少させることを確認した。この理由として、ラット脳におけるβ受容体の減少は、三環系抗うつ薬によるNAのシナプス間隙における取り込み阻害の結果、同間隙内のNA量が日数の経過につれて増加し、一定levelに達した時にfeedback mechanismによって二次的に生じてくるものと推測されたが、iprindoleのように再取り込み阻害効果のないものでも何故かβ受容体のdown regulationを引き起こすので、前記の推測では不十分であろう。いずれにしても抗うつ作用が認められる時点でβ-receptorのdown regulationが発現するため、一部の研究者はβ-receptorのdown regulationが抗うつ薬の作用機序であると提唱した。換言すればβ-receptorのup regulationが抑うつ状態をもたらすということになる。しかしβ受容体の働きは、主として心機能の促進、脂肪分解促進(いずれもβ1)、平滑筋弛緩(β2)にあって、中枢作用は不明である。例えばβ遮断薬のうちプロプラノロールpropranololは容易に中枢に移行し、実験動物に大量投与するときは鎮静をもたらすが、それが脳内のβ受容体を遮断(結果としてdown regulationと同じ)した結果かどうかは不明である。加えて、ヒトに投与した場合には、抗不安薬の代償効果は認められるが(208~209ページ参照)、抗うつ効果は示されない。したがって各種抗うつ薬の慢性投与の結果β受容体のdown regulationが認められても、それで抗うつ作用を説明することはできない。
またα1およびα2受容体を抗うつ薬が減少させる可能性であるが、現在のところ抗うつ薬の慢性投与はラットを用いた実験において、α受容体結合に対して一定の変化を示していない。
次に、抗うつ薬の効果で最も注目されているのは5-HT2受容体数の変動である。前述したように強制水泳ラット(“実験的うつ病テスト”)にみられる5-HT受容体のup regulationを勘案すると、この受容体のdown regulation が抗うつ作用と密接に関係してくるかもしれない。事実、一連の抗うつ薬を少なくとも3~4週間毎日投与するとラット皮質の5-HT2受容体のdown regulationが起きる。このメカニズムは不明だが、少なくとも、5-HT再吸収阻害によるシナプス間隙の5-HT tlevelの高まりが、二次的に5-HT2受容体のdown regulationを起こしたわけではない。というのは、desipramine, mianserin, iprindoleのように、5-HT取り込み阻害効果がきわめて低いか(表1-5)、あるいはまったく認められない抗うつ薬でも5-HT2受容体のdown regulation が認められるからである(表1-6)。もっともシタロプラムcitalopramやフロキセチンfluoxetineのような選択性の高い5-HT取り込み阻害薬をラットに連続しても皮質5-HT2受容体のdown regulation をもたらさないが、この場合もMAO阻害薬をシタロプラムに併用すると急速に(投与後3時間)down regulationが起こる。
抗うつ薬にみられる5-HT2receptor down regulationは、もちろんこれら薬物の作用機序と直接つながるものではない。まして5-HT2receptorのup regulation がうつ状態を誘発する可能性は臨床では明示されていない。しかしながらうつ病の中のある一定の症状の発現とその持続を抗うつ薬が抑制していく過程に、このdown regulationが随伴してくる可能性は否定できない。
次に、抗うつ薬の慢性投与が5-HT1受容体数、GABA受容体数に及ぼす効果についてであるが、これについては一定した結果が得られていないし、現時点では前述のβ受容体、5-HT2受容体数の変動と比べて注目に値する成績は得られていない。
以上、躁うつ病(およびうつ病)および抗うつ薬に関するモノアミン仮説の概略を記した。
躁うつ病(およびうつ病)は、既述したように観念奔逸(逆に精神運動抑制)、活動性亢進(逆に意欲減退)、爽快感(逆に悲哀感、抑うつ感)、自我感情の亢進(逆に停滞)等々を主症状とし、それに付随して不安、焦燥、心気症状、妄想などの精神症状を始め複雑な身体症状を伴う多彩な疾患群の総称である。この総称は言うまでもないことだが、一貫した病理組織学的、生理学的裏付けをまったく欠いたものである。したがってこれらの疾患群を共通の機構の下での一定の伝達物質の働きと考えることは、研究を袋小路に追い込むだけであろう。
同様の問題は抗うつ薬(および抗躁薬)の作用機序についても言えることである。現在筆者らが知り得ている薬剤は、実際のところ、既述した症状の多くを一様に消退させるものではなく、それぞれ限定されたいくつかの症状を改善するだけであり、その効果の強度、違いはおのおのの抗うつ薬(および抗躁薬)によって多様に異なってくる(表1-5)。それにかかわらず、おのおの症状とそれに対する薬理作用を対比した研究を軽視して、いたずらにこれら薬剤の作用機序を共通の機構にまとめる努力を続けることは、Elliott, J.H., Stephenson, J. D.が言うように、まるで“血圧降下薬のすべてを共通の作用機序にまとめ上げる努力”を続けるのと同様ではないだろう。
近年ラットを用いて、wet-dog shakesを始めとする5-HT mediating behaviourに対する各種抗うつ薬の作用と、その効果に関する生化学的機序の解明が地道に続けられている。もちろん小動物の5-HT mediating behaviourがただちにヒトの躁うつ症状と結びつくわけではない。それは基礎学的研究の限界でもあるが、こうした控え目な実験の積み重ねは、遠い将来確立されるであろう抗うつ薬の多元的な作用機序の解明の一助となってゆくものと考えられる。
臨床精神薬理学(小林 著、1997)より
i.抗うつ薬と“モノアミン仮説”
抗うつ薬についても、ニューロンのシナプス機構に及ぼす効果から、一定の作用機序が考えられている。これを抗うつ薬の“モノアミン仮説”という。
三環系抗うつ薬および数種の四環系抗うつ薬について従来成書に記載された作用機序は、図1-5に示すように、脳内において神経末端からレセプター間隙へ放出されるノルアドレナリンあるいはセロトニンの再取り込みを阻害することにある。その結果として、シナプス後膜にあるレセプターの、これら内因性アゴニスト(神経伝達物質)の量は増加するので、今までうまくゆかなかった神経伝達が円滑にゆくようになり、これがうつ病の治療効果と関連すると考えられた。三環系抗うつ薬の中でもトリミプラミン、クロミプラミン、四環系のシタロプラム、ジメリジンは主にセロトニンの再取り込みを阻害するが、他方三環系のデシプラミン、ノルトリプチリン、アモキサピン、四環系のマプチロリンは、主にノルアドレナリンの再取り込みを阻害することがわかっている。(図1-5、表1-5)。一方、他の四環系抗うつ薬のミアンセリンにはそうした作用はないが、前のシンプスのα2受容体、後シナプスの5-HT2受容体を遮断する。これも言わばモノアミン仮説に属するであろう。
抗うつ薬はまた、慢性投与によって脳内モノアミン受容体数を減少させる(表1-6)。しかしながらこれらの変化がどこまで抗うつ作用と結びつくのか、現在のところ確たる見解はない。
臨床精神薬理学(小林 著、1997より)
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